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Lesson5 モータルの競技会(2)

 魔法の空飛ぶホウキは、数あるウィッチクラフトの中でも特に有名だ。軽やかに空を舞い、実に楽しそうである。

 しかし、現実はそんなに甘くない。そもそも長距離移動に適さない構造をしており、使用時間が1時間を超えると搭乗者に苦痛を与える拷問道具と化す。


 それでも、『クリーパー・ボルツマン』のように、制御が自動化され風量調整が完璧なリムジン型は、まだ快適に過ごす事が出来る。寝そべっていても搭乗者が落ちることは無い。しかるに、コレットのホウキは…


「じ、地獄です。少し休みましょう」


 誰に言うでもなく独り言を呟くと、コレットは『バラークRSR』を地上に見える草原へと降ろした。


「ふぉぉ」


 へにょり、と草原にへたり込む。バラークは言ってみればレース仕様のホウキだ。操縦者の快適性など一切無視している。しかも姿勢制御は最低限しかないため、ひと時も気が抜けず、精神的にもキツイのだ。長距離用のシートを取り付けてはあるが、それでも3時間身動きできないと体中がバキバキになってしまう。


「お尻的にも3時間が限界ですね」


 コレットは指をかざしてクルリと一回転すると、草原一面を紅桃色に染めた。鎮静効果の高いハーブ、タイムを咲かせてそこに寝転がる。実に贅沢だ。


「ちょこぉっと、お休みしますか~」


 むにゃむにゃと無防備に花畑で眠るコレット。そのうち花の小妖精達が群がってきた。頬をつついたり、お腹の上で飛び跳ねたりしていたが、そのうち一生懸命髪を編み始めた。

 途中、群れからはぐれた狼が姿を現し、花の小妖精たちが頑張って追い返してたりもしていたが、本人は全く起きる気配も無く幸せそうに安眠していた。


「ふあああ」


 たっぷりと休息をし、目覚めの大あくびをする。ボーっとした目で周りを見ると、日が傾きかけていた。明るいうちに、予定の村に入らなければ最悪野宿という事になってしまう。


「やばっ、急がないと」


 花の小妖精達に気がつくことも、お礼を言うことも無く慌ただしく旅立っていった。まあ、髪に悪戯したりして小妖精達も楽しんでいたので全く気にしていないようだが。


 さて、こんな感じでのんびりした旅を続けて3日目。予定より少し遅れ気味だが王都まであと3時間という所まで到達していた。その日辿り着いたのはフスという町だった。


 王都に近い事もあり、流通も盛んで町の規模もそれなりに大きい。あまり都会に慣れていないコレットは、少し気後れしつつも泊まれる宿を探していく。

 魔法使い協会に所属していれば、ギルドに宿を斡旋してもらうことができるのだが、あいにくテレーズは協会が大嫌いだ。故に、自力で探さなければならないが、これが一苦労なのである。


「悪ぃな、お嬢ちゃん。酒飲めるようになったらまた来な」

「何ぃ1人だと?保護者は居ないのか。厄介ごとはゴメンだぜ」

「い、いいよいいよ君なら。と、特別な部屋があるからさ、どうかな格安で」


 まともな宿には断られ、残るのは倫理的にヤバそうな宿ばかりである。野宿を覚悟したその時、ホウキの看板が目に飛び込んできた。


― ホウキの曲がり角亭 ―


(なんですか、この適当なネーミングは)


 意味不明なその店名に若干不安を感じながらも、看板のホウキに惹かれてつい扉を開けてしまった。カランと鈴が鳴ると、店内の客が一斉にコレットの方振り返り、わずかの間喧噪が止む。


(むさ苦しいですっ)


 一見して冒険者風の男達、それに混じって数人のドワーフ、工房の職人らしきオジサン達がひしめき合っている。汗と酒の匂いで息が詰まりそうだ。

 コレットの喉がゴクリと鳴る。

 まるで異端を見るかのような目。ああ、ここも駄目かと諦めて引き返そうとした時だった。


「お客さん、もしかしてオペラントか?」


 カウンターの奥から男が声をかけた。ビクリと方を震わせてそちらを見ると、見た目が恐ろしい中年の男がいた。赤い髭にスキンヘッド、身長は190cm近くあるだろうか。ゴーレムと良い勝負の強面をしたその男が、エプロンを付けてコップを洗いつつ、コレットへ視線を投げてきている。


 あまりの怖さに、声を出すこともできず、コクコクと頷くと、周りから一斉にどよめきが上がった。

 オペラントとは、競技会でホウキに騎乗する選手達の総称で、有名なオペラントになると貴族扱いになることも多い。もっとも駆け出しのオペラントでは、酔っ払いにすら相手にされないが。



「おおおお」

「マジで、本物?」

「いや、でも子供だぜ」

「生意気に、ホウキ持ってるぞ」

 客の中でもひときわ若い金髪の男が、コレットの方に近寄ってホウキに触れようと手を伸ばした瞬間、カウンターの奥から怒声が鳴り響いた。


「フリオ!」


 フリオと呼ばれた男は立ちすくみ、店は静寂に包まれた。


「ホウキ持ってんだから、立派なオペラントだ。失礼したら許さねぇぞ」

「わ、わかってるよ」

「脅かして悪かったな、お嬢さん。あんた名前は?」


 あまりの急展開に、口をパクパクさせていたコレットだったが、名前を告げると少しずつ緊張が解けてきた。


「コレットさんか。で、今日は飯かい、それとも…まあ酒はちと早いか」

「いやその、ご飯とですね、どこか泊まれないものかと」

「競技会が近いからなぁ、どこも一杯だぜ。おい、フリオ、どこか宿空いてるとこ知らねぇか」

「安いとこは全部駄目ですよ、ロベルト兄ぃ。高い宿は子供を敬遠するし…ってわりぃ、馬鹿にしてるわけじゃなくて」


 フリオは、先程怒鳴られたのでビクビクしていた。


「いえ、本当にその通りでしたから。いいです気にしないで下さい」

「しかし、野宿ってわけにもなぁ」

「取りあえず食事だけでもいただければ嬉しいです」

「カウンターなら空いてるぜ」

「はい」


 そうしてコレットが腰を落ち着けると、ようやく酒場の喧噪が戻って来た。ちらちらとコレットを盗み見る男もいたが、店主のロベルトが睨みをきかせているので、あからさまなヤジは飛んでこない。

 スツールからは足が着かないのでブラブラさせたままメニューをジックリと眺めていると、ロベルトが酒を造りながら話しかけてきた。


「さて、コレットさんは何を食うのかな」

「オムレツで!」

「ほう」

「酒場でオムレツなんて珍しいですね」

「まあな。任せておけ」


 何故かニヤリと笑って厨房へと姿を消したロベルト。後ろからはひそひそと「可哀想に」とか「やっちまったな」とか不穏な台詞が聞こえてきた。振り向いたが、一斉に視線を逸らされたところを見ると、なにやら危険な料理を頼んでしまったらしいとわかったが、そんな事は直ぐに意識の外に放り出されてしまった。何しろ振り返った瞬間に、とんでも無いものが目に入ってしまったのだ。


「ベ、ベラ―ネク・デセトおっ!?」


 思わず叫んでしまった。

 『ホウキの曲がり角亭』の壁一面には、地図と大量のホウキが飾ってある。そのうちの一つに、赤のベラーネクと呼ばれた有名な骨董品を見つけてしまったのだ。

 ホウキマニア垂涎のそれは、魔法の空飛ぶホウキ創生期に作られたもので、ホウキ作りの原点が凝縮されている。


「確か大陸に3本しか残っていないはず、なんでこんな所に」

「おっ、なんだい良く知ってるじゃねぇの」

「いいねぇ。話が合いそうだ」

「でもあれ、レプリカだけどな」


 いつの間にか職人らしき男達が、わらわらとコレットの周りに寄ってきていた。


「ああなんだ、そうですか。ビックリしましたよ。でもレプリカだとしても、凄いですよ」

「あ、作ったの俺」

「ホントですかっ」

「お前は制御を手伝っただけだろ、骨格作ったのは俺ですよ」

「馬鹿、ホウキの魂、穂を作ったのはワシだろが」


 どうやら、共同製作品らしい。ワイワイと言い合っている男達が子供っぽくて少し笑ってしまう。そんな中、コレットのホウキに目をとめた職人の一人が、首を傾げながら言う。


「うん?お前さん、随分古くさいヤツに乗ってるのぅ」

「あ、はい。バラークの古いタイプです」

「ちと見せてもらえんか」

「どうぞ」


 コレットからホウキを受け取ったのは、顎に長い白髭を蓄えたドワーフのような男だった。心の中で『ヒゲさん』と名付けたのは秘密だ。


「おい、みんなこれ見てみぃ」

「なんだ、今時手動制御かよ。ってうわ、何これコワイ」

「リミットブレイクしてんじゃん」

「てことは、あれか。バラークの…」


「RSR!」


 全員の声が揃ったところで、一斉にコレットに質問が飛んできた。曰く、こんなピーキーな代物を何処で入手したのかとか、尻が痛くなるだろうとか、帆翔(ソアリング)するとバランス調整が地獄なんだって、とか。

 揉みくちゃにされそうになった所で、丁度ロベルトが料理を持って現れた。


「おらー!おめーら何やってんだ、怖がってるじゃねえか。散れ、散れ!」


 職人達を蹴散らし、オムレツをドカンと置いた。


「待たせたな、特製オムレツだ」

「あ、美味しそうですね」

「そうだろう」


 コレットの後ろでサインを送ろうとしている男達を、ギロリと睨む。


「いただきまぁーす」


 ぱくっと一口目を口に運ぶ。


「うまっ」


 ぱくぱくと口に運ぶ。

 コレットは美味しいを連発しながら、オムレツを口に運んでいる。その姿をハテナ顔で見守る観客達。

 そのうち、一人が耐えきれなくなって近づいてきた。


「あのさ、コレットさん。俺にも一口貰えないかな」

「え、いいですよ、フリオさんでしたっけ。美味しいですもんね!」

「あ、ああ」


 フリオはロベルトからスプーンを受け取ると、恐る恐る口に運んだ。


「ぎぃやああ!」


(馬鹿なヤツ)

(わかってた事だろうが)

(安らかに眠れ)


 その場にいた全員が、生ぬるい目でフリオを見ていた。


「辛ぇ~!」


 フリオは、泣きながらテーブルに突進し、エールの入ったマグを3杯一気飲みし、そして倒れた。そう、ロベルトのオムレツは超絶激辛なのだ。それはオムレツと呼ばないのでは無いかと、誰もが忠告しているのだが改名するような気配は全く無い。常人が耐えられるとは思えないその料理が、何故メニューにあるのかといえば、単なる店主の趣味である。


「そんなに、辛いですかね」

「判るヤツにだけ、判ればいいんだ」

「美味しいのに」


 ロベルトはニコニコ顔だ。初めて理解者が現れたのだから、そりゃそうだろうと客達も頷く。


「まあ、なんだ。コレットさん、よかったら俺の工房の2階を宿につかうか?」

「えっ、良いんですか」

「ああ、以前は宿にしてた事もあるしな。好きに使ってくれていい。宿代はそうだな、銀貨1枚くらいでいいか」

「相場の半分以下ですよ」

「正式な宿じゃねぇしなあ。そんなもんでいいよ」

「たすかります~」


 うるうるした瞳で見つめられ、ロベルトは頭を掻いている。しばらくして、ロベルト=幼女好き説が流れたとか、握りつぶされたとか。

店主のロベルトは、ホウキ工房の親方でもあります。

今はわけあって休業中ですが。

その工房は酒場の隣にあるので、コレットはここの

2階に寝泊まりすることになりました。


オムレツは…ほら女性って辛いのに強いという

じゃありませんか。

そしてエルフは辛いのに強いんですよ、きっと。

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