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Lesson4 遠見の筒(4)

 夜も更け始めた頃。テレーズの館では、ヘンリッキ=アルムスターとその一行がブラウニー達による小演奏会を楽しんでいた。濃紺の儀礼服を身にまとい、中央に座しているのがアルムスター公爵の四男、ヘンリッキその人である。縮れた金髪は軽くウェーブがかかっており、兄妹の中で最も見栄えが良いと評判だ。


 その彼を囲むように、3人の男と1人の女性が座っていた。四男坊とはいえ、公爵家の子息である。さすがに森の手前までは中隊が護衛しているが、一度テレーズの領域に入ってしまえば、外敵の心配がなくなるので護衛もたった4人でも十分なのだ。


「うーん、幻想的ですばらしい演奏だな、クロード」

「誠に」


 言葉少なに相づちを打っているのは、護衛隊長のクロード。色黒で短髪なうえ、筋骨隆々な体つきとゴツイ顔のせいで、小さい子には良く泣かれる。しかし、根は優しく人情派な男である。


「クロードにわかるわけ?」

「隊長に芸術の才能があるとは思えんがね」

「そういう顔じゃないですからねえ」


 部下達からは言われ放題だが、実際わかっていないので反論はしない。クロードにとっては、主人が満足しているとわかれば、それで十分なのである。


「ロード・ヘンリッキ=アルムスター、お楽しみいただけましたか」


 丁度間奏に入ったところで、後ろから甘く、脳がとろけるような声がした。振り返ったヘンリッキの口元はすでに緩んでいる。予想通り、ナイトドレスを身にまとったテレーズが、小首を傾げて微笑んでいた。


「ああ、麗しきマリア・テレーズ。かくも素晴らしき演奏会に招待いただき、望外の喜びです。それと、私のことはヘンリッキと呼んでいただきたい」


 鼻の下が伸びているだろうなぁと自覚しつつ、ヘンリッキは強靱な精神力で貴族の体面を保っている。


「もったいないお言葉です、ロード・ヘンリッキ。ところで、ご注文の品の事ですが…ただいま最終調整をしておりますゆえ、明日の朝お引き渡しとさせていたきたく存じ上げます」

「ふむ、それは構わないのだが。すると今宵は野営地に戻った方が良いかな」

「いえ、とんでもない事です。このような狭苦しい場所で申し訳ございませんが、よろしければご宿泊の準備を整えましたので、ごゆっくりなされて下さい」

「それは、なんという、なんという…マーベラス!!」

「口元が」


 クロードが耳元で囁き、ヘンリッキはさりげなく後ろを向いて涎を拭う。


「いやあ、それにしても見事なバラだ」


 一瞬でキリッと顔を変貌させたヘンリッキに苦笑しながら、テレーズはバラを数本手折る。


「有り難う御座います。弟子が喜びます。なんでもこのバラは特に香りが特徴的なのだとか」


 バラの花を手のひらに乗せると、魔法の詠唱を始めた。テレーズの指先に輝く小さな魔方陣が、花を分解し、香り成分を抽出し、手のひらの空間へと凝縮していく。

 流れるような一連の動作をクロードはうっとりした表情で見つめる。


「さあ、できましたわ」


 テレーズの柔らかそうな唇が少し尖り、甘い吐息が漏れた…とヘンリッキ脳には伝達されていた。


 ふうっ


 軽く手のひらの香り玉を吹くと、濃密なバラの香りがヘンリッキの全身を覆った。


「これはっ」

「バラとの相性がとても良いようですわ」

「なんとかぐわしい」

「ふふ」


 袖や襟を嗅いでは恍惚の表情をするヘンリッキに、クロードはこめかみを押さえた。


(相変わらず、美人に弱いな。面倒なことにならなきゃいいが…相手は魔女だしなぁ)


 クロードは視線を部下に向けるが、皆楽しそうに目を逸らすのだった。



 丁度その頃、コレットは遙か上空で歓喜の最中にあった。


「きぃやああああっほーう!」


 垂直上昇をした後、一瞬魔力を切って無重力を楽しむ。すぐに自由落下が始まるが、そのまま真横にホウキを倒して失速反転すると、一気に魔力を再点火した。

 ゴオッと激しい風が顔を打ち付け、わずかの間髪を揺らす。しかし、ホウキの先端についた術式のおかげで、強風はすぐに適度なそよ風へと置き換わり、コレットを優しく包み込んだ。


「気分最高です」


 出力を半分程度に抑え、ゆっくりと夜空を見渡す。満天の星と満月を堪能し、上空の澄んだ空気を肺一杯に吸い込んだ。


「行きますよぉ~」


 水平飛行に入っていたコレットは、ホウキごと横に2回転捻ったかと思うとそのまま急降下し、縦の円を描いていく。あざやかなループが出来上がると、再び水平飛行に戻った。アウトサイドループと呼ばれる高度な曲芸だ。


「うひっ」


 最新のホウキは、横回転も縦回転も出来ない。途中で保護機構が働いて安定飛行へと自動復帰してしまうのだ。当然飛行中に魔力を切る、なんて無茶なことも不可能だ。

 しかし、このバラークRSRに保護機構は付いていないし、姿勢制御は「飛ぶ」という最低限の部分にしか介入してこない。腕さえあれば、やりたい放題であった。


「たぁのしぃ~!」


 すっかりお使いの事を忘れ、満月の夜空を満喫するコレットが、はたと自分の使命を思い出したのは、カクラ滝の上でキューバンエイトと呼ばれる8の字飛行を決めていた時だった。

 慌てて戻ったが、すでに日付は変わっていた。こそこそと工房を覗くと、真っ暗なようだった。


(よかった、お師さまは先にお休みしたみたい)


 ほっとため息をついて工房の扉を開けると、真っ暗な部屋の中でテレーズが出迎えてくれた。付きの青白い光は、能面のように凍り付いた微笑のテレーズを映し出す。


「おかえりなさい、コレットちゃん」

「コ、コレットちゃん?」

「どうかしたのかしら」

「いえっ。お師さま、ただいま戻りました!」


(やばい、最高潮に不機嫌だ)


 これまで経験したことが無いほど、テレーズは不機嫌だった。


「あの、何かあったんですか?」

「何かって」

「アルムスター公爵のご子息、無事到着されたんですよね」

「…」


 テレーズはニコニコと笑ったまま、何も答えない。これは本格的にヤバいと思ったコレットは、素早く話題を切り替える。


「あ、そうだ。お師さまの言いつけ通り、『溶けない氷』を手に入れてきましたよ」

「そう、助かったわ。早速取り付けてしまいましょう」

「はい」


 ホッとした表情を見せたのはコレットだけではない。テレーズも心底喜んでいる様子だ。よっぽど接待が嫌だったのだろうと同情しつつ、小箱を手渡した。


「なんでも、ここ100年で見たことが無いほど良い出来だそうです」

「ちょっと…これは…」

「どうですか、すごいですよね、えへん」

「でこちゃん」

「はい、褒めて頂いても良いんですよ」


 胸を反らせ、得意げなコレットだったが、テレーズは神妙な面持ちだ。しばらく思案した後、作りかけの『遠見の筒』へ『溶けない氷』を仮組みを始める。その状態で夜空を見上げるテレーズ。


「どうですか、お師さま。良い感じで見えますか?」


 しかし、コレットの問いに対し、帰ってきたのは深いため息と、衝撃的な答えであった。



 

「この『溶けない氷』、使い物にならないわ」


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