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Lesson4 遠見の筒(1)

コレットの新しいお話が始まりました。

みなさまに、またお付き合いいただければ、幸いです。

≪ Lesson 4 遠見の筒 ≫


 木漏れ日の中、裏庭に置いたテーブルに花を一輪咲かせながら、コレットは師匠のカップにアップルティーを注いでいた。


「美味しいわぁ」

「それはよかったです」

「やだ、でこちゃんてば、そっけないわね」

「そうですか」

「怒ってる?」

「怒ってません」

「じゃ、なんで冷たいの」

「ご自分の胸に聞いて下さい」


 うーんと胸に手をあて、ほんの少し首を傾げるテレーズ。


「大きさにやきもち?」

「違います!」

「さっぱりわからないわ、なんで不機嫌なの?」

「お師さま、試験を覗いていたでしょう」

「えー、何のことかしらぁ」


 テレーズは、おっとりと紅茶を飲みつつ、またほんの少し首を傾げる。今日はずっとこんな感じでフワフワしているのだ。その原因の半分は、美味しいお菓子が戻って来た喜びによるものだが、残り半分は、弟子が初級試験で楽しく暴れてきたのが嬉しかったせいだ。


「とぼけても無駄ですよ。初級試験、一部始終を覗いてましたね」

「やだ、覗いてる所を覗いていたわね」

「また、わけのわからないことを…」


 結局コレットの初級試験は不合格であった。精霊キングまでやってきて、もはやコレットの制御出来る範疇を逸脱していたため、テレーズが事態の収束を図ったからだ。出番が少ないと渋るキングには、膝枕一回を約束してお引き取り頂いた。そして荒れ狂うガキ共、もとい小精霊達は蹴散らした。


「あんなにタイミング良く、お師さまが来るのはおかしいです」

「弟子のピンチを素早く察知したのよ」

「嘘くさいです」

「疑り深いわねぇ」


 ほほほ、と焼きたてマドレーヌを頬張るテレーズとは対照的に、テーブルに頬を貼り付けて深いため息をつくコレットであった。


「あーあ、頑張ったのになぁ」

「あら、合格するつもりだったの?」

「そりゃあ、できれば。いつまでも見習いは情けないですし、お師さまに恥をかかせるわけにもいきませんし」

「別に受けなくても見習いは卒業できるわよ?」

「え?」


 魔法使いの見習い期間というものは、それぞれの師匠が独自に判断するものだ。本来は、師匠が試験を行い、一人前と認めた時点で見習いの称号が外れ、魔法使いと認められる慣例なのだが、この手続きが結構面倒臭い。

 そのため、魔法使いの協会が出来てからは、誰にでも判りやすい画一的な試験制度が導入され、手続きが簡略化されたのだ。

 現在は、競争心を煽るため初級~上級までランク設定され、専門の学校まで用意されている。


「と、言うことです。でこちゃんは、私がちゃんと試験して手続きまでやるから、別に受けなくてもいいのよ」

「お…」

「お?」

「お師さまが受けろって言ったんじゃないですかーっ!」

「そうだっけ」

「そうですよ!」

「覚えてないわー」

「思い出してくださいっ」

「あ、そういえばなんか思い出してきた。確か、落ちたら弟子に当たるって言ったような」

「あわわわ、うそです。やっぱり思い出さなくていいです」


 あわてて、おかわりの紅茶を注ぐコレットの姿を見て、テレーズは楽しそうに微笑む。


(ああ、やっぱり苛めるとカワイイわー)


 大変ブラックな微笑みを浮かべていると、白テンのラクネが足元に姿を現した。


「ラクネ、何かありましたか」

「はい、テレーズ様。いくつか文が届いております」

「読み上げてくれる」

「かしこまりました」


 基本的に手紙の類は直接読まないようにしている。これは、読むと体を乗っ取られたり、読み終わると突然燃え上がるような、危ない魔法がかけられている事がある為で、予防策として使い魔に読ませているのだ。使い魔にはそういったトラップは発動しない。


「最初は東の風の精霊王様からです。『テレーズちゃん、膝枕はよう。いつ来てくれるの』です」

「次」


「はい。サエナ様からです。『弟子の修行に試験を利用するな、クソババア』だそうです」

「…次」


「はい。カロリーヌ様からです。『シモンヌちゃんが泣きながら帰ってきたわ。合格したのにどういうことなの!何があったか聞いても教えてくれないのよ、絶対に貴女が変な事をしたに違いないわ。もう今度という今―』」

「次っ!」


「はい。ゲロルト様からです。『ナナルが意味不明な事を喚いている。宮廷音楽家がどうとか、一体何のことかわかるか?知っていたら教えてくれ。ああ、それと時間が合ったら俺とディナーでも―』」

「もういいわ!」

「はい」


 グッタリとテーブルに突っ伏したテレーズだったが、こっそりとその場を逃げ出そうとする弟子を、見逃すほど甘くは無かった。


「でこちゃん」

「あい!」

「おかしいわね、私はいつからクソババアになったのかしら」

「いえっ、お師さまはいつもお綺麗で、少女のようです」

「そう、でも膝枕をしないといけないの。変態キングに」

「き、きっとかけがえのない体験ができるのではないかと!」

「優秀な新人が2人も壊れてしまったわ」

「時が解決してくれます」


 コレットは、敬礼したまま口をへの字に結び直立していた。


「はぁ…面倒だわー、いやだわー」

「あの、すみませんでした」

「いいのよー、カワイイ弟子のためだしー」

「ごめんなさい、今度フルーツタルトに挑戦しますから…」

「アップルタルトね!よし、やるわー、片っ端から終わらせるわー」

「うわぁ…」


 テレーズは、以前からタルトという食べ物が食べたくて仕方なかった。何度かコレットに挿絵を見せたり、料理本を見せたりしてアピールをしていたのだが、『作ったことないです』とにべもなく断られていたのだ。それだけに、タルト効果は抜群だった。


「ちょっと変態キングの所に行ってくる」

「ま、待ってください、お師さま。今日は来客がありますっ」

「あれ、そうだっけ」

「アルムスター公爵のご子息が注文の品を受け取りにいらっしゃいます」

「…誰?」

「お師さまぁ~」


 泣き出しそうな顔になったコレットを見て、慌てて記憶を探る。


(ハムスター?どこかで聞いたような…)


「ああ!」

「思い出しましたか」

「自動で歩くホウキを注文した小太りのおじさん」

「それは麓の村のマルコ村長です」

「お風呂で噴水が出る仕掛けを注文した、油ギトギトの成金?」

「貿易商のアントンさんです」

「じゃあ、じゃあ…」

「遠見の筒を依頼されたヘンリッキ=アルムスター様ですっ」

「へぇ~」

「お師さまぁ~」

「ちょっと、冗談だってば。まだボケてないわよ」

「でもでもでも」

「ええい、うるさいっ」


 テレーズチョップが脳天に炸裂すると、しがみついていたコレットがようやく剥がれた。ボケでかわそうとしたが、予想以上に記憶力のよい弟子に阻まれ、内心舌打ちをしていた。遠見の筒は注文を受けたものの、素材が一つ足りなくて放っておいたのだ。納期までまだ1ヶ月はあると思っていたが、勘違いしていたらしい。


「でこちゃん、ちょっとお願いがあるの」

「はい」

「実はアレ、まだ完成してないのよね」

「アレとは」

「遠見の筒」

「…」

「それで、ちょこーっとお願いがね」

「あ、あ…」

「北のエルバレッシュ湖に行って氷の精霊から『溶けない氷』を―」

「あほですかーっ!」

「きゃー」


 公爵家からの依頼となれば、これはもう国王からのそれに次ぐ重要な案件だ。納期までに仕上げなければ、普通の魔法使いならば良くて永久追放、ヘタすれば磔になってもおかしくない。

 くるりと背中を向けたコレットだったが、テレーズにガッシリと抱きつかれる。


「は、はなせーっ!私はまだ死にたくないのですー」

「やだわぁ、でこちゃんてば大げさね。大丈夫よ、私がお待たせしておくから」

「そんなこと言ったって、エルバレッシュ湖なんて飛んでいっても1日がかり、そのうえ氷の精霊と言ったら排他的で非協力的な精霊ワーストワンじゃないですか」

「今晩は、ご子息に泊まって頂くから大丈夫、一日だけなら余裕があるわー」

「ちょ」

「何もしないわよ?」

「まだ何も言ってません」


 ほんの少し顔を朱くしたコレットに、すかさずテレーズは畳みかける。


「でも、でこちゃんが協力してくれなかったら、何かされちゃうかも~」

「かも~、じゃありません。大体お師さまはですね…」

「お話中申し訳ありません」


 コレットが説教しようと手を振り上げた時、白テンのラクネが突然割り込んできた。


「恐れ入ります、あと一通文が届いております。話題のエルバレッシュ湖からですが」

「何かしら。もしかして、気を利かせて『溶けない氷』を用意してくれたとか」

「そんな都合の良い事があるわけないです」

「読んで」

「かしこまりました」


 ラクネが感情をこめず、淡々と読み上げていく。それを聞いていた2人の表情は、段々と青くなっていった。


「『ということで、本年分の溶けない氷は生産を終了いたしました。ご愛顧ありがとうございます』だそうです」


 ラクネが読み終えた途端、ダッシュで逃走しようとしたコレットだったが、テレーズの緊縛魔法に捕まり、ジタバタと暴れる。


「お師さま、長いことお世話になりましたーっ」

「逃がさないわよ」

「嫌ですー、もう無理ですー、放してくださーい」

「逃げたら、でこちゃんの恥ずかしい事をバラす」

「なっ」

「カボチャパンツの事とか、お尻の…」

「わー、わー、わー!」


 こうして、極めて低次元な戦いは終わり告げ、迫り来る危機に向けた生き残り作戦が開始されたのである。

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