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 僕はやっと16歳になった。

 伯父さん達との約束通り、僕は騎士の儀式を受けるための申請をしに領主様の館へと向かっていた。

 く心のままに走る僕は、来る前のミハイルにぃを思い出していた。

「ミハイルにぃは騎士にならないの?」

「ん? ああ。俺はならねーよ。もし儀式で俺が死んだら……親父達を泣かせちまうだろ。そこまでして騎士になる情熱も理由もねーしな。俺はこのまま親父の牧場を継ぐさ」

 誰もが一度は夢見る英雄への道。もし騎士になって騎士団へ入れば僕らには見たこともない天上の生活が約束されるだろう。

 あまりにも魅力的なその未来。

 それを違うと。自分の幸せはそこにないのだと。ミハイル兄は一切の未練も後悔も見当たらない笑顔で胸を張って言い切った。

「見てろ。俺がいつかきっと、今以上に美味いチーズやミルクをたっくさん作ってみせるからな。そしてガキどもにたらふく食わせてやるよ。ほっぺが落ちるまでな。それが俺の今の目標だ」

 僕とは違った道を選んだミハイル兄のそんな夢は、僕には誇り高く眩しく、そして大きく見えた。

 今も毎日ミハイル兄は伯父さんたちと一緒に牧場の世話をしている。

 やっと小高い丘の上にそびえ立つ大きな館が見えてきた。そこに僕の町を含めた一帯を治める領主様がいる。

 近づいてまず門番さんに声をかけようとしたところで、その館から知っている顔が出てきたことに驚いた。

「幸成?」

「よぅ。エミリアノか」

 のっぽな幸成は昔よくケンカしていた子供グループのリーダーだった。

 彼のグループではよく暴力が振るわれていたみたいだけれど、不思議とそれでも周りには慕われているようだった。そして彼もまた、乱暴であることを除けば面倒見がよかったっていう話を聞いたことがある。

 当時は弱いものイジメばかりする嫌なヤツだと思って僕は毛嫌いしていたんだけれど、どうも向こうは違ったらしい。時々すごくフレンドリーに話しかけてきたりする。

 僕は敵同士なのにどうしてそんな態度をとるのか分からずにいつも困惑していた。

 今日も幸成は人懐っこい笑みを浮かべて片手を挙げて近づいてきた。

「はっは。そう構えるなって。今だから言うが、俺はミハイルも含めてお前ら二人は嫌っちゃあいねえんだよ。むしろ気に入ってるくらいだ。そっちはあんだけ散々ボコり合って何を言うかって思ってるだろうけどな」

「……そう」

「ガッツのあるヤツ、負けん気の強いヤツ、そして何よりも真正面からぶつかってくるヤツ。あー! まったく、ここまで俺の好みだってーのに仲間じゃなかったのが本当惜しいぜ」

 ふと、幸成の言葉に引っかかった。

「そうだ。今だからって……どういう意味」

「ああ、それそれ。それなんだよ。俺は一週間後に騎士の儀式を受けるぜ。ようやく金もできて、今その申請を受理してもらったところだ。19歳と他より遅めで、その分死ぬ確率は低くなってるがこれがお前と会える最後かもしれねーからな」

 僕の目が大きく見開かれる。

「俺は騎士になるぞ、エミリアノ。儀式で絶対に騎士の力をもらい、必ず生き延びて鍛えて鍛えてひたすら鍛えて、俺は聖騎士団に入ってみせる」

 その言葉は僕を呆気にさせた。

 聖騎士団。それを指す騎士団は世界で唯一つ。

 ダーンドール神国が誇る世界三大騎士団の一角、ノヴァ神聖騎士団だ。

 徳と調和の騎士。神聖にして高潔。至高にして最強。光の聖騎士。祝福された神獣の森の守護者。

 かつて同じく世界四大騎士団の一角であった東の青狼国の黄風騎士団がなくなった今、このフィーラル大陸最強の騎士団だ。

「お前が……聖騎士団に?」

「ああ。笑ってもいいぜ。俺はのし上がってみせる。相棒のジャンナと二人でな」

 幸成が不敵に、そして獰猛に笑う。

 単なる夢物語ではない。幸成のその目には野望に燃える苛烈な炎があった。

 聖騎士団に入るということは、世界でもごくごく一握りの超エリート騎士になるという事だ。ただの騎士団に入ることとはわけが違う。

 そもそも騎士の儀式を通過した『準騎士』から一定の能力を求められる『騎士』になるのでさえ厳しい訓練を必要とし、かなりの数が脱落している。そこから更に軍人としての訓練を受けて『正規騎士』となる。ここまで来て、ようやく一般の騎士団員だ。

 その世界に無数ある騎士団の中でも、名実共に世界最高峰と謳われるのが世界三大騎士団。そこに属する騎士はそれこそ掛け値なしで一流の精鋭揃いだ。

 目の前の青年は、昔から殴り合ってきたこの男はそこまで駆け上がってみせると僕に宣言した。

 できるわけがない。そう言うのは簡単だった。だけどできなかった。笑うことなんてできるはずがなかった。

 そう。こいつならやりかねない。そう思わせるだけの迫力があった。

 思わず唾を飲み込む。

「僕は……僕も騎士になりに来たんだ」

 後退りしそうになる両足を強く踏みしめて、幸成を真正面から睨むようにそう言った。

 こいつにだけは負けたくない。そう強く思った。

「そうか。お前がどんな騎士になるか楽しみだ」

 口の端を大きく歪めて幸成は僕の頭をつよくかき混ぜる。

「ちょ、こらっ!」

「もし騎士になれたら、いい騎士になれよエミリアノ。俺とは違ってな」

 そのまま幸成はその高い背を向けて丘を下りていった。

 僕は改めて騎士の儀式を受けるためのお金が入った皮袋を強く握り締め、幸成と入れ替わるように前へと進む。

 もう不安も迷いもない。

 ミハイル兄と幸成の二人の背の幻影を押しのけ、僕は一歩一歩を力強く踏みしめて領主の館の門を叩いた。



 ☆☆☆☆☆



 町外れの山の奥、清水の流れる川の傍に大きな切り立った崖がある。そこに建てられた簡素な神殿。その中にこの国にいくつか存在するスポット、つまり気脈の吹き溜まりの一つがあった。

 いや、正確にはスポットのある地に神殿が建てられたっていうのが正しい。

 スポットは国によって管理され、常時警備兵がついている。スポットは世界各地に存在し、湧いたり枯れたりを繰り返している。規模の大きなスポットになるとほとんど枯れることはないが、小さなスポットはいつ消えるかは分からない。

 だから国は常に新しく湧いたスポットがないか探し続けている。もし偶然誰も知らないスポットを見つけ、こっそり利用して騎士になろうものなら法で裁かれてしまう。

 僕はようやく巡ってきた自分の番を前に、その前夜に家族みんなの前でこれまでの感謝を告げた。

 伯父さんは強く励ましてくれた。

 伯母さんは張り切ってたくさんの美味しい料理を振舞ってくれた。

 ミハイル兄はこれまでの僕らの昔話をまじえながら一緒にひたすら食べた。そして最後に「騎士になって戻って来いよ」と活をいれてくれた。

 ユーリヤは……9歳になる妹は僕の膝の上から一歩も動かず、ぐすぐす鼻を鳴らしながら僕の腰にしがみついていた。時々合うアンバーの目には、涙がにじんでいた。

 僕が「大丈夫だから」と何度繰り返しながらその背中を撫でても、強く首を横に振って僕の腰にまわした腕を強くするだけだった。

 そうして当日。

 僕は一人でスポットの地に向かい、警備さん達に名前を告げて証明用の札を見せてからいざ神殿へと入った。

 神殿の奥には丸い石の台座があり、そこで最長で3日間一人きりになり、台座の上から動かずに気脈を浴び続けなければならない。

 無論、食事や生理現象も予め用意してその場で済ませないといけない。男の僕はまだともかく、女性の人は色々と大変だろうなと横手に置かれた壷を見て思ってしまった。

 気脈といってもまったく見えないし、何も臭わず、音もしない。ただ、近づくと空気がかすかに動いているような感じがする程度だ。

 それを肌で感じ続けながら、僕は念願の儀式を始めた。


 『声』が聞こえたのは二日目の朝。

 夜明けと共に眠りから覚め、ゆっくりと起き上がると耳の奥に聞いたことのないかすかな『声』が途切れ途切れに届いていた。

 『声』と言っても、それはハッキリしたものではなく何かの唸り声や吠え声に近かったように思える。強いて言うなら強い風の声。

 僕はそれに気付くと、つい大声を出して拳を天に突き上げてしまった。

 まずは無事、騎士の力を発現できたんだ。後は、やがてやって来るであろう死の高熱に耐えるだけ。

 僕は神殿を出て、警備兵さん達に儀式の終わりを告げて町へと戻った。

 家の皆にもみくちゃにされながら結果を報告する。これから起こるであろう事に、ミハイル兄が厳しい顔をして僕の胸を叩いた。

「よかったな。あとはゆっくりしろ。気合いれて熱なんか吹き飛ばしちまえよ」

「うん。見ててミハイル兄。僕は騎士になるから」

 ふと下を見るとユーリヤが両手を僕に伸ばしてきていた。それが抱っこの合図だと知っている僕は柔らかいその両手をとって胸に抱き上げる。

「どうしたの、ユーリ」

「エミリお兄ちゃん……ユーリヤがいるよ。ずっといるから。だから、だから……ね。いなくなっちゃやだ……」

「ユーリ……ありがとう。でも心配いらないよ。三日もすればきっとケロっとしてるからね。だからそんなに泣きそうな顔しなくていいんだよ」

 そして翌朝、ついに僕は高熱に襲われ起きてすぐベッドに倒れた。


 頭がぼうっとする。

 汗が気持ち悪い。

 気分が悪い。

 吐き気がひどい。

 体が重い。

 ああ、確かにこれは……きつい。

 まともに寝てもいられない。視界がゆがんで、焦点が合わない。ともすれば意識が朦朧とするのを必死に繋ぎ止めていた。

 どうやら家の皆は交代で僕の看病をしたり、様子を見にきてくれているようだった。

 中でもユーリヤはずっと僕の側から離れなかった。

「エミリお兄ちゃん……」

 僕の荒い息が部屋の数少ない音として聞こえてくる。

 額の布が取り去られ、ユーリヤが新しい水で絞ってから再びかけられる。

 ああ、冷たい。

 ん……喉、乾いたな。水は……

「あ、何? お水?」

 ユーリヤが手ずからカップの水を口に運んでくれる。

 ああ、生き返る。

「……ん。もういいよ。ありがとう、ユーリ」

「他に何かない?」

「大丈夫だよ」

 水を飲んで少し楽になったおかげで、体から力が抜ける。でも食欲がまったくわかないな。下手に食べるとすぐ吐きそうだ。このままだと、熱が収まるまで食事なしかな。

 ぼんやりとしていると、ふとユーリヤが僕の手を握ってきた。

 するとその手から暖かいお日様のような何かが流れ込んでくるような感じがする。

 ほんの少しだけ、気分が楽になったような気がした。

「ユー……リ?」

「うん。ユーリヤだよ」

 ぼんやりとした視界の端に、僕を覗き込むユーリヤの顔が映った。ユーリヤの肩にかかったアッシュブロンドの髪が流れ落ちる。

 潤んだ琥珀色の瞳が綺麗だと思った。

「……もう少し、そのまま手を握っててくれるかな」

「うん、いいよ」

 ユーリヤの白いワンピースの胸の前で、そっと僕の手がユーリヤの両手で包まれる。大事そうに、壊れ物を扱うように。

 そして、手の甲に何か柔らかいものが触れる。

「え……」

 横目で見ると、妹の小さな桜色の唇が僕の手と重なっていた。

「……おまじない」

 にっこりと微笑みながら、それでいて今にも泣き出しそうな顔でユーリヤは言った。

 それは、女神もかくやという微笑みだった。

「そっか。ありがとう、ユーリ」

 なけなしの気力を振り絞って、片手を挙げてユーリヤのアッシュブロンドの髪を少しだけ撫でる。

 ユーリヤはそれに目を細めてされるがままだった。

「また、一緒におさんぽに行こうね。外を走り回って、ミハイルお兄ちゃんと一緒に遊んで、グループの皆と追いかけっこしたりして、川で泳いで……」

「ああ……そうだね」

 力が抜ける。

 心地よい睡魔が襲ってくる。

 溶けるような温もりに包まれて、それから僕は意識を失った。







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