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カラスの死体  作者: Mr.Y
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カラスの死体

挿絵(By みてみん)

結局、カラスの死体を模写することになった。


飛んでいるカラスは見慣れている。

朝、学校へ行く途中のゴミステーションで何か食べ物はないかと群がっていたり、夕方に電線に止まり並んでこちらを興味なさそうに見下ろしていたりした。

その真っ黒な鳥は俺にとって風景の一部だった。


それをこうやって完璧に死んで硬直しているカラスをスケッチブックに模写している。

黒い羽毛、黒いくちばし、黒い瞳、どこまでも黒い身体……俺の人生でこんなにもカラスを真剣に見たことがあっただろうか?今まで見ているようで見ていなかったカラス。その全てが新鮮だった。


小雨がぱらついてきたので一緒に模写していた三雲に声をかけようとした。しかし声をかけることができなかった。

三雲はカラスを模写しながら笑みを浮かべていた。

それは気味の悪い笑みではない。子供の微笑みに近かった。

カラスの死体を模写するにふさわしくない笑み。




俺の通っている高校はどこにでもある普通の高校だ。

甲子園を目指すほどの野球部も、東大を目指すほどの頭脳もない。

みんな揃ってどんぐりの背比べ、背の高いヤツは足を引っ張られ、低いヤツは死なない程度に軽く踏みつけられる。夢を語るヤツは多いが、熱く語るほど情熱はなく、へらっと笑って冗談交じりに口に出して人に話せばそれで満足。


そんなごく普通の連中が通う、ごく普通の高校。

その普通の高校で普通ではない全国上位レベルの実力をもっている部活がある。

我が美術部だ。

色々なコンクールに出展して、そのほとんどで賞をもらっていた。

夢なんて口に出さない。ただうまく描ければそれでよし。

志は高ければ高いほど良い、低いヤツは容赦なく潰されるべきだ。

夢を語るより黙って白い紙を美しく埋めろ。以上。


そんな普通の高校で普通でない美術部の部員十二名……のはずなのだが、いつも決まって部活で見かけるのは同級生の三雲文貴(ミクモ フミタカ)、ただ一人。

俺と三雲、二人でこの美術部は成り立っていた。

少数過ぎるかもしれないがヘタなヤツが集まってやいのやいのと、賑やかにやっている部活動なのか、お絵かき倶楽部なのか分からないものよりマシだろう。

美術部十二名から選び抜かれた少数精鋭とでも言えばカッコはつくか?

しかし、精鋭部隊は無駄がないのが利点でもあり、欠点でもある。

人物画の練習をしようにもモデルがいない。


「あのさ、三雲、おまえがモデルやれよ」

「はぁ?前のコンクールさ、雨宮が優秀賞でボクが佳作だっただろ?この美術部全体のレベルアップを考えて雨宮がモデルやってよ。いいからいいから、脱がなくて」

ちなみに三雲が言った雨宮が俺の苗字だ。

雨宮真司(アマミヤ シンジ)」これが俺の名前。

「脱がねぇーよ。モデルもお前がやれよ。部長命令」

「うわ、酷ぇ、副部長あっての部長だろ?つか、二人しかいない美術部なんだからさ。部全体の技術レベルの向上を考えるのが部長じゃね?ほら!もうやるしかないって」

いつもの不毛な会話。こうなってはお互い絶対に譲らない。

同じ高校の同じ部活の同級生だとしても、一番身近なライバルだ。

俺はケータイを取り出しアドレス帳を開いてすぐつかまりそうなヤツにかけた。


「誰かアテあるのかよ?」

「まぁな」

「誰よ?」

宮坂香奈(ミヤサカ カナ)

「アイツさ、バスケ部じゃなかった?」

「辞めたんだよ」と言おうとした時にケータイに香奈が出た。

「よう俺、今ヒマ?」

『うん、ヒマって言えばヒマだけど』

「今から美術室来ないか?モデルやってほしいんだけどさ。いいかな?」

『なんかくれる?』

「絵やるよ」

『雨宮の絵かぁ、あんま興味ないな』

「失礼なヤツだな。これでも俺、前のコンクールで最優秀賞だぜ?高校生で一番ってことだ。言ってみれば甲子園で優勝したと同じこと。その俺の絵をやろうっていうんだ。ありがたく思えよ」

『思えないよ。興味ないし。でもまぁいいや、待ってて、すぐ行くから』そう言ってケータイは切れた。

「へぇ、スゲーじゃん。宮坂とデキてたなんてなぁ。プライベートでヌードとか描かせてくれるん?」

「違うよ。つき合ってるワケじゃねぇし。ただアイツさ。バスケ部、辞めて美術部は入りたいって言ってきたからさ」

「へぇ、じゃあ入れれば」

「でもアイツさ。致命的に下手なんだよ、絵」

「じゃあ、ダメだな。バスケやってりゃいいのになぁ」

「アイツ、アキレス腱切ってバスケ部やめたんだよ。一時期、松葉杖ついていたから分かるだろ?」

「うーん、宮坂のやつに興味ないから見てないや。どうしてアキレス腱なんて切ったん?」

「部活で必要以上に頑張って疲労が溜まってアキレス腱が切れたみたいでさ。ホラ、一応、ウチのバスケ部さ。県大会までいっただろ?そんでアイツがエースだったしさ。必要以上に頑張ったんじゃね。怪我しちゃ元も子もないんだろうけどさ」

「ふうん」三雲は興味も無さ気に相槌を打った。

そして「運動部だろ?筋肉とかいいもん持ってんじゃね?マジでヌードになってもらうぜ」と宮坂がアキレス腱を切ったことについてまるで興味がないように冗談交じりに笑って言いながら、教室の真ん中の机をぶっきらぼうにどけた。そしてそこに椅子を置いて、窓のカーテンを調節しながら、どういった絵を描くか思案している様子だった。


いつも思う。人なんてどうせ自分の事しか考えてないのだ。それは分かる。俺もそうだ。けれど三雲は特にそうだった。県議会議員や大企業の重役ともつき合いのある銀行の社長の息子だ。上流階級の人間ということもあるだろうが、こいつは何か違うのだ。うまく言い表せないが。そんな時、がらがらと美術室のドアを空け、宮坂が恐る恐る顔を覗かせた。


「雨宮いる?」

「そんな恐る恐る入ってくることねぇじゃん」

「だって静まり返ってるし、不気味じゃん」

「美術部は静かなもんだろ?」

「そうそう、ダムダムダム……ってゴムボールを床に叩きつけ、クソうるさくて汗臭い体育館より知的だろ?」

三雲は言い捨てながら「どうぞ」とレストランのウェイターのように無駄なく洗練された動作で教室の真ん中に配置した椅子に宮坂を案内した。

三雲は普段の話し方やこういう時の動作は惚れ惚れとする。

何か訓練を受けたわけでもないのに自然に優雅に振舞えた。

やはり金持ちは何か違うのだろうかと疑わずにはいられない。

もっとも金持ちはこいつしか知らないわけだから比べようはないが。


「で、どうすればいいの?」

宮坂が言った。

「脱いで」

さっきの上品さを漂わせたままの笑顔で三雲が言う。

「いやだよ」

三雲の返答に宮坂は間髪要れず反論して少し不安そうに俺の方を見た。

「コイツの言うことは気にしなくていから、そのまま動かずにいてくれればいい」

「できれば息もしない方がいい」と三雲が混ぜ返すが宮坂は三雲を無視することに決めたらしい。懸命な判断だと思う。そして三雲と俺とで模写し始めた。

しかし何分も経たないうちに「ねぇ、なんかそんなに見られると恥ずかしいんだけど……それにここ何か変な薬品臭くない?」と宮坂は言い出した。

確かに美術室全体に油絵の絵の具の臭いがついていた。

慣れている俺たちは平気だが慣れてない宮坂には不快かもしれない。

俺は窓を開けようと立ち上がろうとした。

しかし、俺が立ち上がる前に三雲が「黙れ。動くな」と不機嫌そうに吐き捨てた。

三雲の反応に思わずびくっと宮坂は驚く。


「外にしない?」と、俺にすがりつくような目で言う。

「なぁ、三雲、外に出よう」

俺は三雲に言った。せっかく得たモデルに逃げられるもの嫌だ。

三雲は俺の言葉に無表情に頷いた。

そしてスケッチブックに描いた宮坂の絵に大きく罰点をいれた。



 ○



外に出ると宮坂は校庭で「どういうポーズをとろうか」と鳥かごから開放された小鳥のようにはしゃいでいた。良く笑う子だ。アキレス腱を切った時は一時ふさぎ込んでいたが、今ではそんなこと忘れたかのようだった。

「どうでもいいから早くしろ」俺にしか聞こえないように三雲が言う。

「じゃあ適当に立っていてくれよ」と俺は宮坂に頼む。

そして小声で「逃げられたらどうするんだよ。合わせてくれよ」と言ったが、三雲は俺の言葉を無視して芝生の上に座ってスケッチブックを広げた。

しかしほんの数分で宮坂のケータイが鳴って、彼女はケータイに出て楽しそうに話始めた。

「ごめん。友達がさ。用事があるんだって」と宮坂は言うが早いか鞄を持って走り去っていった。

「もう一本アキレス腱切れればいいのにな」

宮坂の後ろ姿を見ながら三雲が言った。

「そういうこと言うもんじゃないぜ」

「言うもんじゃない?だったら何も言わず取り押さえてアキレス腱を切ればいいのかよ」

へらっと笑いながら言った。

そして何か思い出したように「それよりカラスの死体描かないか?」と言った。

急に「カラスの死体」と言われ、その言葉を認識するまで少し時間がかかった。

モデルがいなくなったから「カラスの死体」ってどこでどうなったらそんな発想がでてくるのか……。

「カラスの死体?」

俺はオウム返しに三雲に聞き返すと「ああ、カラスの死体。あんな箸が転がるのを見て笑ったり、あーだ、こーだ、ぎゃーぎゃー、ピーピーうるさくなくて、ケータイなんて持っているヤツじゃなくて。柔らかな曲線、美しい黒い身体をもっている完璧なモデル」と三雲は答えた。

「それにカラスの死体なんて珍しいだろ」笑って言葉を付け加える。



 ○



三雲に案内され、いつも通学している路線の電車に乗った。

「それにしても宮坂をそんなに嫌うなよ」

俺は言った。確かに宮坂は少し浮ついた様子だったが、それにしても冷たすぎやしないか、と思う。もともと三雲は何事に関してもクールに振舞っていた。今更言っても仕方ないが宮坂を呼んだ俺の気にもなってくれ。

「見ろよ」

俺の言葉を無視して三雲は電車内の広告を指差した。

AERAアエラがどうした?」

「違うよ。隣の女向けファッション雑誌の広告」

「それが?」

「モテってなんだろうな」

ファッション雑誌の広告には「モテ服」という言葉が書いてあった。隣には「愛され」という言葉も見える。

「やっぱ女は男に好かれたいんだろ?」

「そうだよな。それにしても表紙の見出しにあるモテブラって何なんだろうな。モテ服とか分かるぜ。モテって不得的多数の男に好かれたいってことだろ?女のフェロモン撒き散らせばいいって感じ?けどさ、モテブラってなんだよ?不得的多数の男にブラジャーでも見せるん?」

「ただの宣伝文句だろ」

「そうそう宣伝文句。でもモテという言葉が好まれる。誰も不思議がらない。雑誌を読んだ人の購買力が上がる。だから宣伝文句として成り立つ。女はさ。男に見られてこそ価値があるって潜在的に分かっているんだよ。男に見られてなんぼのもん。それが女のファッション……だろ?」

俺は頷いた。

「だから宮坂も黙って座っていればいいんだよ。しゃべることが女じゃないんだって、女の価値は男に見られること。モテることが女の価値なんだよ。男女の心理は男尊女卑。それが本能。それが女の本質さ。わっかんないヤツだよな」

俺は少し納得しながらも「違うんじゃね?」とその独善的な解釈に一応、反論しておいた。

「おまえも分からないヤツだな」と三雲はため息を漏らした。



 ○



電車を降りて高台の住宅街に向かって歩く。

この地域の高台には社会の上層部の人たちが住みそうな洗練された家が立ち並んでいた。

ごく一般的な中流階級の家庭の俺には一生縁がなさそうな感じだ。

その住宅街に向かう途中の坂の下の草むらに土で汚れたブルーシートがかけてあった。

おそらく三雲がどこからか捨ててあったものを拾ってきてかけたのだろう。

「ボクの家もこの辺でさ。通学途中で見つけたんだよ。ここでカラスの死体。最初見たときはあまり何も思わなかったんだよね。まぁカエルが車に轢かれているのを見て、汚ねぇなって感じだったんだけどな。でもよく考えたらカラスの死体だぜ?カラスってどこにもいるけど死体は見たことねぇじゃん?駅まで行ったけど思い返して戻ってきて、その辺に落ちてたブルーシートをかけて置いたんだよね」

三雲はカラスの死体を模写するのが嬉しいのか、次第に饒舌になってゆく。

「大体、宮坂のヤツ、何なんだ?ホント、美術部に入りたかったのかよ?女って、いつもああだよな、責任ないって言うか、言葉が軽いんだよ。モデル引き受けておいてお友達に呼ばれたから行きますって、なんだよそりゃ」

ぶつくさ言いながら三雲はブルーシートを剥がした。確かにカラスの死体だ。

一見、どこにも外傷はない。

「多分、自然死。カラスの完璧な自然死だぜ。珍しいだろ?こんなに都会にたくさんのカラスがいてさ。見たことあるか?カラスの死体」

俺は首を横に振った。

「だろ?それが今ここで死んでいる。完璧に外傷なく」

そう言って三雲スケッチブックを取り出し、絵を描き始めた。俺もそれに倣う。でもこんな場所で高校生二人が真剣な表情でカラスの死体を模写しているのを他人に見られたらどう思われるだろうか。

人通りは少ないがなんだか不安になり鉛筆を止め辺りを見回した。

「こんなところでカラスの死体なんて描いて大丈夫なのかよ?」

「大丈夫。見ても誰も何も言わないよ」

俺は三雲の方を見た。三雲はカラスの死体から目を離さず言った。まるで目を離したら今そこにあるカラスの死体が消えるんじゃないかと思っているくらい食い入るようにして見ている。

「雨宮さぁ。他人の目なんて気にすんなよ。今ここにカラスの死体があるんだぜ。今まで腐るほどカラスを見てきたのに死体はまだだろ?朝、目が覚めればゴミステーションに群がるカラスを嫌ほど見ているのに。むしろそんな生き物、風景の一部としてしか見てないのにさ。それがここでこうやって完璧に死んでいる。何か隠しそびれた秘密って感じがしないか?」三雲は一切、手を止めずに話す。

「人間だって同じじゃね?雨宮さぁ、死んだ人、何人見た事がある?せいぜい親戚の年寄りだけだろ?でも世界……いや、日本でも、今この瞬間にもどこかで死体ができあがっている。でも誰もそれを見せない。隠してるんだよ。遺族のためとか、死んだ人のためだとか、そういう理屈は分かる。でも確実に死んでいるんだ。毎日毎日、大量にできあがる死体。それを隠して燃やしてる。カラスもどこでどうなっているのか知らないけど死体を見せない。けれどコイツは見せてしまった。面白くね?」

俺は三雲の言葉を無視して絵を描き始めた。

はっきりいって三雲の話についていけない。

けど三雲の話によってカラスの死体に魅力を感じ始めてきた。

俺が描き始めると三雲も黙った。

お互いカラスの死体を模写する。紙に黒鉛を走らせ、そこにあるカラスの死体を写していく。むしろ存在を切り取っていく。その黒い羽一枚一枚を、その黒いくちばしを、その生気のない黒い瞳を、見たまま忠実に切り取り、紙に載せていくのだ。

そのカラスの死体が紙の上で形になってきた時、小雨が当たってきた。

俺は三雲の方を見た。

笑っていた。心底嬉しそうに。


「雨当たってきたな」

スケッチブックに雨水が少し吸い込み鉛筆の走りが悪くなってきて、始めて三雲は雨が降っていると言う事実に気付いたらしい。スケッチブックを閉じ、ブルーシートをカラスの死体にかけた。

そしてスケッチブックの宮坂を模写しかけた絵の裏に「模写しています。動かさないでください」と書き置き、その下に自分のケータイの番号を書いて風に飛ばされないように石で固定した。

「今日はここまでだな。なぁ雨宮、ボクんち、寄ってく?」

空は暗くなり雨脚は強くなる一方だった。

遠くで夏の終わりを告げる遠雷が聞こえた。

「いや、帰るわ」

俺は断ってスケッチブックと鉛筆をまとめて駅に向かって歩き始めた。

三雲も俺と一緒に歩く。

「駅まで送るよ。送るってほどの距離じゃないけどな」

電車が来るまで時間があった。

その間の時間潰しに三雲と一緒に話すのもいいかもしれない。

「カラス、どんなになった?」

俺が聞くと三雲は嬉しそうにスケッチブックを開いた。

負けた。完全に負けた。絵を見た瞬間そう思った。

そこにあのカラスの死体が写っていた。

同じカラスを描いたにも関わらず、俺のカラスとまるっきり違っている。

俺のカラスの死体は絵その姿を忠実に写し描いただけだ。

しかし、三雲のカラスの絵は完全に死んでいた。

同じものを描いたのに。

いつもならライバル心が燃え上がってくるはずなのに今回に限っては何も燃え上がらない。

むしろ感動した。完成した絵が見たい。



 ○



俺たちは駅に向かって歩き出した。

雨脚は次第に強くなっていく。俺たちは鞄から折り畳み傘を出した。

スケッチブックに雨が当たらないように抱きかかえて歩く。


「雨だな。夜には大雨になるかな。カラス、腐らなけりゃいいけど」

「何言ってんだ。雨宮。腐るからいいんじゃね?ただの模写なんて面白くないだろ?そこに写った事実を描くんじゃなくてさ。もちろん描かなきゃなんだろうけど……ボク自身がどう見たかが重要だと思うんだよ。死んだカラスを見てボクがどう感じたか?あれは死体だ。腐って当たり前、腐る死体を模写しなかったらカラスの死体を本当に模写したことにならない」

「ワケ分かんない」

「ボクも自分で何言ってんのか分からない」

三雲は肩をすくめて言った。


駅に着くと電車が来るまでまだ少し時間があったので自販機で缶コーヒーを買って立ち話をした。

カラスのことから奈良美智はアートなのかイラストなのかどうかから、最近、見た映画のワンシーンで出てきた太陽の塔の作者の岡本太郎について、そしてロン・ミュエックの作品を生で見てみたい欲求などなど……こんな話をしても大概のヤツはついてこないし、興味もなさそうだが三雲は別だった。

話がよく合うし、三雲自身の意見も面白い。最後に何の前振りもなく三雲が高校生らしいことを言った。


「あと雨宮さ。宮坂とどうなんだ?」

「どうって?」

「宮坂、おまえに気があるぜ。やってしまえば?」

「やってって……」

何の前振りもない、降って湧いたような言葉に俺の思考が停止した。

「だってそうだろ?ボクらはもう高二だぜ?もう来年は受験だし、高校生活なんて終わりも同然だ。こんな時って皆、想い出作りたくてウズウズしだす時じゃね?やっちゃえよ、雨宮。おまえは宮坂のこと好きなん?」

「別に好きでもないけど」

「だったら好都合じゃね?やるだけやって、はい、さようなら……これから一生を決める受験に別々の大学生活、自然に別れられるし、想い出作りにピッタリじゃん」

「想い出作りって……」

「やったことないだろ?」

そういうと言うことは三雲は「やった」ことがあるということなのだろうか?

これが他のヤツなら見栄とも考えられるが、三雲は見栄を張るヤツではない。

俺は三雲にカラスの絵で負け、性的な面で遅れていることに対して自分自身にイラついてきた。

俺は三雲の問いに答えず切符を買って改札口に行こうと思ったが、その行為が三雲から逃げているようで悔しく思い、俺は三雲に「三雲、おまえ、どこの女とやった?」と聞いた。


「妹」

少し自虐めいた笑みを浮かべながらごく短い返答をした。

目は笑っていない。

俺は言葉を失った。

そんな俺を見て三雲は「じゃ」と軽く手を挙げ踵を返して雨の中、帰っていった。

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