旅 その4
いつの間にか、そのまま眠っていたみたいだ。
布団が掛けてあった。
目の前には、薄暗い中、
蝋燭を一本だけ立てて本を読んでいる坊さんが居た。
「おや、起きたんだね……」
坊さんは、俺に気付いて、本を閉じた。
「あ、はい!」
「もう、出発すると良いよ」
坊さんは、急に言ってきた。
「……!どうして!!」
「この先の、宇治までは相当遠いですよ……」
「…!行き先を、知ってるのか?」
「行くならば……そこかなと思っただけだよ」
「………分かりました!そうします!」
俺は、少し考えた末に行くことにした。
坊さんが言うからには、間違いないのだと思って。
「えぇ、無事に辿り着くことを祈っています!!」
俺は皆を起こして、準備を終わらせた。
そして、また歩き出した。
そんな背中を、坊さんはずっと見ていた。
ーーー
出たのが、早かったからだろう。
その後、年下2人は眠りに着いていた。
「それにしても、お前と出会ってから、
心が凄く楽になった気がするんだ!
少しづつ、眠る事も出来るようになった!ありがとうな!
僕は、お前と出会えて良かったと、心から思っている!」
壱助が、そう言ってきた。
「いや!俺だって、荷車押すの楽になったんだ!
お互い様だ!」
俺は、微笑んだ。
「あぁ…そう言ってくれて、ありがとう!!」
壱助は、それに対して満面の笑みを浮かべた。
やがて、日が昇り出した。
そんな太陽は、俺達を歓迎している様だった。
俺は、何故だか分からない。
でも、まだ生きていたいと思った。
ーーー
かなり日が昇った時。
陸が、起きた。
「おはようございます!」
「おぉ!!おはよう!」
壱助が、軽めに挨拶をした。
「起きたのか。起きたなら、手伝ってくれ!」
「寝起きなんですよ!こき使わないでください!
隆平さん!」
陸は、面倒くさそうに答えた。
「良いだろ?言っててくれればって、前言ってただろ?」
「…………まぁ、そうですね!」
陸は、後悔しているように言った。
「本当に、仲良しなんだな!羨ましいぜ!」
「別に、混ざっても良いですよ!」
「……そうもいかないだろ?僕は、部外者だ!」
「俺達だって、最初は他人だ!一緒だ!!」
「そうですよ!気にする必要なんて、ありません!
仲良くなれば、皆友達です!!」
そう言うと、少し微笑んで、
「ありがとう」
そう言った。
あれから、しばらく経った。
辺りは、温かい空気を纏って、
俺達を取り囲んでいた。
「伏見の手前で、西へ迂回しましょう!!」
「何故だ?」
「どうやら、検問が敷かれてあるみたいです!
あのお坊さんが、そう言っていました!
ですから、そこで、引っかかる訳にも行きません!!」
「分かった。迂回して行こう!」
そうして、俺達は迂回して、進んでいった。
その内、辺りは真っ暗になっていた。
月明かりの中、俺達は代わり番子で進み続けた。
いつ夜が明けたのか、覚えていない。
ーー
そんな、朝。
「本当に、こっちか?」
俺は、陸に聞いた。
「そのはずです!ほら、進んで下さい!!」
陸に急かされて、俺は急いだ。
そろそろ、日が一番上まで昇りそうな時だった。
「兄ちゃん!お腹…空いた!!」
三太郎が、そう言い出した。
「この飯、あげても良いか?」
「別に良いですよ!まだ、ありますからね!」
「なんで、お前が答えるんだ!」
「良いでしょう!貴方は!まだ、食べれませんからね!」
「…っ!!」
(ムカつく………)
「あ!農村だ!!」
三太郎が言って、そっちを見た。
何人かが、訝しげにこちらを見ていた。
俺は、怖くて、急ぎ目にそこを通り過ぎようと思った。
でも、その一人がこっちに来た。
「あんたら……」
そして、そう呼び止められた。
仕方が無く、そちらに振り返った。
「何でしょうか?」
「何処から、来た?」
「…………あ、愛知県からです!」
「疎開児童か?」
「そうですよ!」
その場は、緊張感があった。
陸すら、息を潜めて、見守っていた。
「…………名札は?縫ってないのかい?」
「あ…………と、取れちゃって!!」
「なら、縫い直してやろうか?
あるなら、出来るでしょ?」
そう聞いてきた。
「………大丈夫です!自分で、直します!」
俺は、にこやかと笑った。
そうすると、「そうか」とだけ言って、
去って行った。
その間に、早足でその場を離れた。
大分、歩いた。
辺りは、もう真っ暗だった。
その時、一つの灯りが見えた。
「光が見える………」
「暗幕は、持っていないのでしょうか?」
陸が、不思議そうに言った。
「持ってないんだろ!僕の家も無かったからな!」
「規則違反になりますよ!どうしていたんですか?」
「………まぁ、頑張っていたよ……!」
壱助は、そっぽを向いた。
現実から、逃げる様に。
「そういえば、船でこの先は渡ることも出来ます!
歩きますか?船に乗りますか?」
「………歩きじゃないか?」
「船に乗って、バレるって事はしたくないしな!」
「……まぁ、そうだと思っていました!!」
その時、勢い良く扉が開いた。
そして、老婆がギロリとこちらを凝視した。
「……………何処の子だ?」
掠れた声で、喋った。
「始めまして!僕は、陸!愛知から来ました!」
「…………愛知…」
小さく呟くと、また無言になった。
その時、辺りはもう寒く、
中のふわっとした温かさに、惹かれた。
中からは、微かな炭の匂いがした。
「おばあちゃん!!中、温かい?」
そう、三太郎が聞いた。
「コラッ!!勝手に………!」
壱助は、慌てて止めた。
「…………毛布はやる!でも、もう去れ!
なるべく早く!!」
少し沈黙の後に、そう言って奥へ戻った。
俺達は、呆然とそこに立っていた。
やがて、老婆が帰ってきた。
「ほら…………」
そう言って、毛布を投げると、
扉を勢い良く閉めた。
「……………行きましょう!」
陸が言って、俺達は歩き出した。
「何なんでしょうか!少しぐらい、家に入れてくれても良いと思うんですが!!」
陸が、プンプンに怒っていた。
「僕は、守ろうとしていた様に見えたよ!
何か、成し遂げたい事があったのかも!」
三太郎は、笑いながら答えていた。
それを見て、陸は黙った。
俺達は、それを横目に見ながら、歩き続けた。
しばらく経った時だった。
ピタリと風が、止んだ。
俺は、不思議に思って、辺りを見た。
ピカッと、強く光ったと思ったら、
ドカンッと大きな音が鳴った。
俺達は、驚いて、そっちを見た。
さっきまで、俺達が居た所から煙が上がっていた。
そして、ブゥンと一機の飛行機が真上を横切った。
「こっち来い!!」
俺は、そう言われて、腕を引っ張られた。
そうして、俺は壱助によって、草むらに隠れた。
「ありがとう……」
「咄嗟に、隠れないとと思っただけだ!
気にする必要なんてない!」
そう言って、空を見つめていた。
「………そうか…」
俺は、小さめに言った。
やがて、辺りは静かになった。
敵は、行ったみたいだ。
炎は、ずっと燃え続けていた。
でも、助ける事も、向かう事もしなかった。
壱助が、首を横に振ったから。
俺達は、その場を離れて行った。
後ろからは、焦げ臭い匂い。
「ゴホッ…ゴホッ………!」
陸達は、咳き込んでいた。
「もう少しだ。もう少しで、抜けるから!」
そう、慰めるしかなかった。
俺達は、町のギリギリまで来た。
そこから、陸が示した方へまた歩き出した。
ご覧いただき、ありがとうございました。




