その後の生活と、再開
母さん達が広島に行ってから、数日が過ぎた。
「ごめんよ!
紙持ってないなら、配膳は無理なんよ!」
「それじゃ、〇〇さん宅に届けに行くから!
残り物だけでも…………」
「そんなもん、あるわけ無いだろ!!」
「ただでさえ、飯も無いってのに!」
ガンッ
「イタッ……」
俺は、押されて床に倒れ込んだ。
「ちょっ!!お前ら………!」
いつも良くしてくれる、配膳のおじちゃんは、
止めようと前に出た。
「全く……ガキ一人残して、疎開するなんてな!
酷い親だな!穀潰しは、さっさと連れていけよな!」
「……母さんを、馬鹿にするな!」
ボコッ
「うるせぇ!!目上の者に、逆らうな!」
「……っ…」
俺は、涙が溢れてきた。
でも、我慢した。
いくら泣いても、変わらないのだろうから。
「……分かりました…諦めっ…」
ウゥーン
近くで、大きな音が響いた。
空襲警報だ。
「…………きゃぁぁぁ!!」
人々が、慌てて逃げ回った。
俺は、何処にも行かず、
近寄ってくる飛行機を眺めて死を待った。
その時、ぐいっと引っ張られた。
「……うわっ!?」
「逃げるよ!!」
それは、近所のおばさんだった。
おばさんは、俺の手をぎゅっと掴んで、走った。
やがて、防空壕に辿り着いた。
「早く、入りな!!」
「は、はい!」
ガシャンッ
ドンッ
周りからは、様々な音や、
地響きが、混ざり合って聞こえてくる。
「………死ぬ気やったの?」
おばさんが、話し掛けてきた。
「…………もう、こんな世界で生きたくないから……」
「馬鹿言わないで!」
「………っ」
「あんた死んだら、家族どうする?
あんた死んだら、悲しむ人達が沢山居るんだよ!
あたしだって、あんた死んだら悲しいよ!」
そう、おばさんは静かに言った。
俺は、涙が流れた。
自分がどれほど、愚かで馬鹿な行為をしようとしたかを実感した。
「………はいっ……すみません………。
もう……言いません…!」
その内、辺りは静かになっていた。
周りは、のっぺらぼうで、
黒い煙と焼けた人達だけが残っていた。
俺は、Kの写真を取り出して眺めた。
端は、綻び始めてて、いずれ壊れるのが目に見えた。
それを、もっと長持ち出来るように、
バックの方へ仕舞った。
やがて、1月の中旬になった。
外はもう、雪が降っていた。
「………」
(もう行く予定だったけど、この雪じゃ駄目だな……)
俺は、雪解けを待つことにした。
やがて、2月になった。
今日は、雪が凄く吹いていた。
「………ありがとう…ございます……」
「良いんよ……端で、震えてるの見たから、助けただけ!」
そう、近所のおばさんが言った。
その手には、温かい粥があった。
自分すら、食べるのが困難な米。
そんな米を、俺の為に使ってくれた。
「……俺は、要りません!どうか、自分の為に食べて下さい!」
「……そうも言えんよ!子は宝だよ!
元々、子も居ない。夫も、帰ってくる見込みなんて無い。
そんな、一人ぼっちだからね。
余計に、助けてやりたんよ!」
おばさんは、優しく微笑んだ。
俺は、それが嬉しかった。
そんな日々は、過ぎた。
「こんぐらいの雪なら、行けるかもな……」
もう、月は3月3日になっていた。
なんとか、雪が少ない日が出来た。
俺は、それを逃さないように、行くことにした。
「……おばさん。これ、何かあったらここに連絡下さい!
それに、戦争が終わったら、荷車を返しに会いに来ます!
この恩を、必ず返させてください!!」
「………良いんよ、あんたが元気ならそれで良い。
他は、何も要らん!それだけで、良い!」
おばさんは、首を横に振った。
でも、俺は必ず会いに来ようと決めた。
「また、会える日まで!」
「……ふふっ、そのうちね!」
(全く、頑固な子……)
そして、俺は広島に向けて行く為に、駅に向かった。
ガヤガヤ
駅は、多く集まっていた。
「また、落ちたなんて……怖いな!」
「駅もやられて、汽車出るかも不明だってよ!」
「待ってくれ!!出ないかも、しれないのか……?」
俺は、つい聞いてしまった。
「あぁ……結構前に名古屋駅が、襲撃受けただろ?
だから、その影響で運行出来ないらしい!」
「………そ、そんな……」
俺は、仕方なく出ようと思った。
「はぁ……」
そんな時、小さな体が目に入った。
それは、1年前に京都で出会った少年だった。
「…………!」
体は、前よりもガリガリになっていた。
それに、顔には無数の殴り跡があった。
「………は…晴彦君……」
そう言って、体を揺すった。
「……………………」
でも、返事は無かった。
もう、返事を出来るほど元気じゃ無いのだろう。
「……………………水……水が飲みたい……」
そう、彼は掠れた声で言った。
俺は、すぐに自分の残して置いた、
たったコップ一杯の水を注いだ。
そして、俺は少しづつ口に流し込んだ。
彼の喉が、小さく動いた気がした。
そして、確かにこっちを見て、
あの時の笑顔を見せてきた。
でも、すぐに彼は眠るように、目を閉じた。
「…………?」
俺は、ただ安心して眠っただけだと思った。
仕方が無いから、友達を置いていくわけにも行かない。
その為、連れて行こうと手を掛けた。
その時、気付いてしまった。
彼がもう、息をしていないことに。
「…………は、晴彦……?」
「…………………………………」
「……まっ………待ってくれ!いかなっ……!
そんな……俺……そんなつもりじゃ…………」
きっと、俺が水をあげたせいだ。
こんな事になるなんて、思っていなかった。
これならば、あげるべきでは無かった。
周りはただ、ヒソヒソと話してるだけだった。
可哀想だの、人殺しだの。
俺の気持ちを蔑む事しか耳に入らなかった。
「………聞く必要は、ありません!!」
そう、幼い声が聞こえた。
俺は驚いて、振り返った。
そこには、知らない。
明らかに、金持ちの小さな子供が立っていた。
「……僕は、陸です!!大事な友なのでしょう!
きちんと、埋葬してあげませんか?」
見た目からは想像できない程、
大人びている子だった。
「………さぁ、行きましょう!
背負ってください!!」
言われるがまま、俺は晴彦を背負って、
駅を離れる事にした。
「ここが、彼の家です!」
そう言われた場所は、思ったよりも離れておらず、
今まで気付かなかったほうが奇跡と言えそうな程だった。
「手を貸してください!埋めます!!」
「い、いや!そんな……簡単に………!!」
「……?何が、いけないのでしょうか?」
「……………分かった…そうしよう……」
俺は、この子に従う事にした。
少しばかし、この子の幼さゆえの考え方に、
縋りたくなった。
しばらくして、俺達は晴彦を埋めた。
「………晴彦…安らかに、眠ってくれ!!」
「……それでは、参りましょうか!」
そう、その子は言った。
「……参る?一体、何処にだ?」
「広島にです!行きたいのでしょう?」
そうニコニコして、言った。
俺は、それが怖くなった。
それと同時に、希望が湧いた。
正直、広島までの事をどうしようか悩んでいた。
「……あぁ…行きたい!!」
だから、俺は行くことに決めた。
ご覧いただき、ありがとうございました。




