別れと、日常
その次の日。
俺は、皆が飾った短冊を一つ一つ読んでいた。
そこには、皆の将来や願い事が書かれてあった。
あれから、数週間が過ぎた。
そんな、七月二十日。
七夕で使った笹を、薪にする為に干している時だった。
俺の元に、一通の手紙が来た。
俺は、何も考えずに、それを開けた。
「………っ!!」
俺は、その場に崩れ落ちた。
それは、秋山龍玄さんと古来吉原さんが、
亡くなった知らせだった。
いつまでも帰って来ない、俺を心配して、
空が出てきた。
「隆平さん!!ドウシタノですか!」
「………いや、何でもない……」
そう言って、俺は奥へ行った。
そこには、壱助が、陸と一緒にメンコをしていた。
「………壱助…!」
「なんだ〜?」
楽しそうな声。
俺は、言う事を躊躇った。
この雰囲気を、壊したくなかった。
「………隆平さん!」
その時、陸が俺の名を呼んだ。
「言って下さい!何か、あったんですね!」
皆が、心配そうにこちらを見ていた。
俺は、悟った。
あぁ………皆は、本当に優しいなぁ。
「…………一通の手紙が来たんだ!」
俺は、その手紙を差し出した。
ーーー
次の日。
俺達は、あの子達の元へ行った。
あの手紙を、読み上げる為に。
正直、胸が痛んだ。
彼等が居なくなった初日以外は、
誰も喋りやしなかった。
俺達を気遣ってくれて居るのだと分かった。
だから、俺達も言わなかったのに。
こんな形で、伝えないとなんだなと思った。
ギィィィ
俺は、扉を開けた。
その扉は、やけに重い岩のようだった。
「隆平さん!!」
そう言って、飛び付いてきた。
それが凄く嬉しくて、呪いのようだった。
「皆、今日は大事な話があるんだ!
席に着いてくれ!!」
そう、壱助が呼び掛けた。
そうすると、皆は席に着いた。
俺達は、一番前に立った。
そして、俺は手紙を取り出して読み上げた。
ーー
手紙には、こう書いてあった。
拝啓、隆平様。壱助様。
始めまして、僕は功績係の武田と申します。
単刀直入に、言わせて頂きます。
貴方の兄様。秋山さんと古来さんは亡くなりました。
2人は、自身の立場等気にする事も無く、
勇敢に立ち向かい、敵を打ち負かしました。
それにより、敵国は一時撤退を致しました。
本当に、尊敬に値する兄様達で羨ましい限りです。
ーー
表の手紙を、読み上げた。
皆は、哀しみの顔をしていた。
「………皆を、裏切る様な事をして申し訳ない!
もう一度、会わせてやる事も出来なくて…………!」
俺は、深々と頭を下げた。
「良いんです!隆平さんが、悪いのではありません!」
誰も、彼も、涙を流した。
俺らにとっては、託してくれた軍人さん。
彼らにとっては、唯一の兄達だった。
そんな物は、戦争と言うもので、簡単に切り離された。
「そして、続ける!」
壱助は持っていた手紙を、奪って言った。
皆が、一斉にこっちに向く。
ーー
そして、これは僕ごとです。
これは、上の圧力とかそんなの関係無い話です。
貴方達の兄様達は、本当に活躍してくれました。
そして、よく話してくれました。
掛けなしの金で、孤児院を運営していること。
頼りになる、弟達が居ること。
何より、呉市が美しい町であったことを。
兄様達は、皆のことを誇りに思っていました。
本当に、仲が宜しかったのでしょう。
一度、お会いしてみたかったです。
ですが、北海道は大空襲を受けて、
それどころではありません。
いずれ、落ち着いたら、皆様の所へ伺いたいです。
どうか、それまでお元気で。
ーー
そう書いてあった。
皆は、泣いていた。
俺は、戦争を恨んだ。
戦争など無ければ、大切な人など死ぬ事は無かった。
「でも、お兄ちゃん達は、日本国民らしく散ったんだよね?」
幼い女の子が、見上げながら言った。
「…………あぁ…」
俺は、小さく答えた。
「なら、良かった!」
そう、小さく微笑んだ。
それが虚しくなった。
これが、今の日本なのだと思った。
その日は、皆でシャボン玉を上げた。
このシャボン玉が、空まで飛んでいって欲しいと思ったから。
夕方の日が、暮れそうな時間。
今度は、駄菓子屋のおばあちゃんの元へ行った。
「あら………この間の!上がりゃっしゃい!!」
おばあちゃんは、微笑んだ。
俺は、躊躇って壱助を見た。
壱助は、小さく頷いた。
俺は、覚悟を決めた。
そして、手に持っていた1枚の紙を渡した。
おばあちゃんは、それを受け取ると、
静かに微笑んだ。
「………私の孫達は、天皇の面目を潰さなかったんやね!」
でも、泣いていた。
俺達は、何も言えずに、頭を下げてその場を離れた。
ーーー
それから、その4日後。
7月24日〜28日までは、
俺達は孤児院を、行ったり来たりしていた。
その間、外では大きな音と、振動。
火の粉が、こちらへ飛んでくることもあった。
やがて、殆どの軍艦はやられてしまったと、
大人達が話してるのを聞いた。
もう終わりだと、言う声すら聞こえた。
そんな中を、ただ忙しく走り回った。
皆を、餓死などさせない為に。
そんな、30日。
おばさんが、軽めの体調不良を起こした。
「……おばさん、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ!」
そう言って、微笑んだ。
でも、無理をしているように思った。
「ドコ、行く…のですか?」
空に聞かれた。
「食料を調達してくる!」
俺は、そう答えた。
ある訳無いのに。
「それと、陸!」
「はい!!」
「母さんに、手紙を出しといてくれ!」
届くかも分からない、少しの希望を任せた。
「分かりました!出しておきます!!」
そして、俺は色んな所を走り回った。
少しでも、皆がお腹いっぱい食べれるように。
ーーー
夕方。
俺は、家に帰るためにとぼとぼ歩いていた。
周りは、活気も消えて、
静かな町に、俺の足音のみ響いていた。
「ただいま………」
そう言うと、壱助がゆっくりこっちに来た。
そして、真っ青な顔をして、俺に言った。
「下腹部から血が出ている………
まさか、重い病気では無いのか?
早く、医者を呼ばないと!!」
そう、焦っていた。
その後ろで、おばさんは大焦りになりながら、
あたふたしていた。
俺は、呆れて、大笑いした。
「な、何故、笑うんだ!!一大事だぞ!!」
と、怒鳴ってきた。
「いや………壱助!それは……生理だ!!」
そう言うと、ぽかんとした後に、
顔を真っ赤にしていた。
「おばさん、庭から綿を取ってきますね!」
そう言って、俺は外に出た。
それに、壱助も着いてきた。
「2人も驚いて、庭に居るんだ!」
そう言って、見てみると、
片隅に手を繋いでブルブル震えていた。
「見たこと無いのか?」
そう言うと、皆、一斉に無いと答えた。
俺は、面白くて、微笑んだ。
それが、面白くなかったみたいで、
しばらくブツブツと文句を言われた。
俺は、縫い物に綿を入れて、
それを渡した。
「おばさん、どうぞ!」
「あ、ありがとうね!」
「良いんです!後は、布団でゆっくりしていて下さい!」
「……手慣れているのね…」
「………俺が小さい頃に、母さんが教え込んできたんです!
将来、役に立つわ!と言って!!」
「………やはり、近衛の本家は違うわね!」
「十分、おばさんも凄いですよ!」
「凄くないわ!いつも、八重ちゃんには、勝てないもの!」
母さんの名前を言った。
「昔から、知り合いなんですか?」
俺は、驚いて聞いた。
「そうよ!昔は、近くに住んでたの!」
「それじゃ、東京に住んでたんですね」
「えぇ!」
少し寂しそうに、おばさんは微笑んだ。
「でも、引っ越して……
八重ちゃんは、私の事を忘れてると思っていたわ!
でも、来てくれて………凄く嬉しかったわ!」
嬉しそうに、話してくれた。
俺は、昔の母さんを知れたようで、嬉しかった。
やがて、夜になった。
俺は空を見上げた。
幼かった母さんも、
こうやって空を見上げて居たのだろうかと、考えながら。
ご覧いただき、ありがとうございました。




