お婆さんとエレベーター
マンションの管理人木村が入り口あたりを眺めていると、小柄なお婆さんが近づいてくるのが見えた。腰はやや曲がっているがその割にはしっかりした足取りだ。
お婆さんは、マンション入り口の厚いガラス扉を開け、オートロックの前で止まった。キーを持っていないようだし、訪問先の部屋番号を押して開けてもらう方法もわかりにくいようだ。
木村はお婆さんのそばに急いだ。
「ここにお住いのかたに御用ですか」
「はあ?」
お婆さんは深いシワだらけの顔を木村に向けた。九十歳は越えているだろう。
「お一人で来られたのですか」
木村はお婆さんの耳元で大きな声を出して聞いた。
「いいや、孫と一緒に来たんです。孫がそこの店で買い物をするから先に行っておいてと言ったんでな」
お婆さんはエントランスのガラス越しにマンション横のコンビニを指さした。そして、木村にメモを見せた。
このマンションの住所と五〇五号室の門田さんの名前・電話番号が書いてある。
「門田さんのご親戚の方ですか、始めて来られたんですか」
「ええ、ええ。……しかし、町は変わっていくもんですねえ」
「そうですか」
「五十年以上田舎から出てないもんやから、見るもん見るもんが初めてのもんばっかりで……、駅には動く歩道があってびっくりしましたで」
「ああ、なるほど」
「都会の人は、平坦な道でも機械に乗って移動するんですかねえ」
「そうですね」
「私ら毎日山道を上って山の途中の畑まで行くもんやから、平坦な道を歩かないというのは信じられないんやけど……」
「そう言われてみればそうですね」
「孫は動く歩道に乗ろうとしたんやけど、私は足が弱る言うて乗らなかったんや」
「そうですか、お疲れでしょう」
「いやいや。せやけど私も年やから、これからは頭を切り換えて便利なものの恩恵にあずかるようにしようと思ってますのや」
「そうですね。ところでお孫さん遅いですね。門田さんのお宅へ先に行かれますか」
「そうしましょうかね」
木村はオートロック横の操作盤で五〇五を押し、住民の女性に訪問客のことを告げ、お婆さんを中に入れた。
「門田さんのお宅は五階の、五番目の部屋です。このエレベーターで行かれるといいですよ」
木村は、エレベーターを開けてお婆さんを乗せた。
「このエレベーターとやらは勝手にそばまで動くんですか」
「ええ。ご一緒しましょうか」
「大丈夫だと思います」
「はい、じゃ押しておきましょうね」
エレベーターの五階を押して、木村はドアが閉まるのを待った。
エレベーターは五階で止まった。
木村は管理人室に戻り、モニターでお婆さんがエレベーターをおりるのを見届けた。そして通常業務に戻った。
その後五分ほどして、先のお婆さんの孫の青年が現れた。お婆さんが先に行った事を伝えると彼は礼を述べてエレベーターで上っていった。
その後すぐ、門田さんから電話があった。孫が到着したがお婆さんが着いていないとのこと。
大騒ぎになった。もうとっくに着いているはず。
みんなで手分けして五階を探したがいない。階段を調べてみたがいない。万一、落ちたりしていてはいけないので、植え込みも探したがみつからない。
その数分後、十階一〇〇五号室の住人から管理人室に連絡が入った。見知らぬお婆さんが、家の前に座っているとのこと。
十階に駆けつけた木村たちに向かってお婆さんは言った。
「このエレベーターとやらはあんまり役に立ちませんなあ。五号室の前まで運んでくれるかもしらんけど、そこから階段探して五階あがるのに苦労しましたわ」
動く歩道と同じだと思って、エレベーターを出てから、五階分階段をあがったらしい。
お婆さん、ごめんなさい。エレベーターは平行移動はしないんです。




