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迷宮に仕掛けられた罠



「………」


口があんぐりと間抜けに開いたまま閉じない。

目の前で起こった訳の分からない事象を脳が受け入れてくれない。


「おお……こんな艶やかで大きな林檎初めて見たよ。この世界の農業は発達しているんだねぇ。こんな品種があるなんて」


小柄な吸血鬼は右手にじょうろを持ったまま、左手でもぎ取った林檎を眺める。

枝からもがれた林檎はセラさんの瞳に負けず劣らず……いや綺麗さでは劣るが比較対象になる位には紅い。

値上がりが続きダンジョン黎明期の災害で経済に止めが入った昨今は、果物も野菜も思わず顔が引きつる数字が記された値札がぶら下がっている。こんな立派に実った物は外で幾ら程の値が付くだろうか。


「……セラさん」


「おや……どうしたんだい大きな口を開けて。食べたいのかい?いっぱい実ったし切ろうか?」


「いや……いえ………」


「遠慮することないよ。何ならアップルパイにしようか。こんなに質が良いんだきっと美味しいよ。君の世界のほうむせんたーというのは凄いねぇこんなものを売っているなんて」


「凄いのはセラさんですよ……?」



セラさんがダンジョン内での植物の生育に長けていることを知った翌日、つまり今日。

俺はホームセンターに出向いて、運よく懐に残っていた現金を使い色々買い漁ってきた。作物の種だったり苗木だったり諸々を。


今日の社会に至っては今日食べる物に困る人間も随分増えた。治安の悪いこの辺じゃ尚更だ。社会福祉も機能していないこの世界で食い詰めて探索者になって、しかし栄養も碌に取れていない身体ではまともに魔物と張り合えず命を落とす奴なんてごまんといる。ダンジョン内で消息を絶ったそういう身寄りのない人間の遺体を回収する仕事まである程だ。

そう考えると皮肉なものだ。飯の為に仕事をしていたのに自分が他人の飯のタネになるなんて。


だから元手無しにまともに食える物がある場所というのは希少な筈。それが店では手の届かない作物などなら尚更。ダンジョンに人が集まっている今の内に新たな魅力を提示してやるべきだ。

セラさんも大きく頷いて自分の意見に賛同してくれた。


そう“昨日”話し合って、“今日”に種や苗木を持ち帰ったのだ。



「……植えた傍から、何で苗木が、こんなぶっとい木になって実までつけて………」


「日光も無いのに不思議かい?それはねこの洞穴の壁には淡く光る苔があるだろう?簡単に言うとこれが日の光の代わりをだね──ん?あれ、違う?」


それも不思議だったけど今はそれじゃない。


自分の表情を見て、何となく言いたいことを察した様子でダンジョンマスターは一旦言葉を区切る。


「……あ、言ってなかったかい。迷宮(ダンジョン)の魔力を操ったのもあるけど“回復の泉”あるだろう?あれをよーく薄めた水をやるとすくすく育つんだよ。私が迷宮(ダンジョン)の魔力を用いて操作してるのもあるけどね。こんなに魔力が集まったの初めてだからやりやすかったよ」


コンコン、と空になったじょうろが尖った爪に叩かれる。


「いやおっしゃってました……言ってましたけど………知覚できる速度ですくすく育つとは思わないじゃないですか……」


タイムラプス見てるのかと思った。


「これは……成長速度を早めたという認識でいいんでしょうか」


「そうだね。まぁやり過ぎるとそのままの勢いで枯れるところまで行ってしまったりするから調整して……この位になったなら後は普通に成長してもらって……実が少なくなってきたらまた早めたりするかな。お客さんがとりっぱぐれないように」


客って。

相変わらず気を遣い過ぎる人だ。


「探索者のことは栄養分位に考えたって構わないと思いますよ。ガンガン絞っていきましょう」


「……サジ君は探索者というか同族に対して情が無さすぎないかい……?」


セラさんが優し過ぎるだけじゃないだろうか……でもそうは割り切れないからこの人は異世界でもこの世界でも苦労しているんだろうな。


「……あ、今更だけど、何も無かった迷宮(ダンジョン)にいきなり作物が生えてきてるの変に思われないかな……そもそも食べようと考える人いるのかな」


その懸念は最もだ。また探索者組合に匿名報告という名の宣伝をしておこうと思うが、それでも、ダンジョン内の食物というのは抵抗があるだろう。

実際、ダンジョンの中にたわわに実った果実を見つけ欲望のまま手を出した探索者が泡を吹いて帰らぬ人となった、という事例はそれなりに耳にする。


つまり、ダンジョン側が探索者をその肉体ごと糧とする為に“思わず手を出したくなる毒物”を用意しておくのはそう珍しいことではないのだ。

経験を積んだ探索者ならばそう簡単にそういったものに手を付けない。

やるとしても一旦持ち帰って毒性の検査を終えてからだろう。 


「まぁ流石に最初は食指が伸びないと思います。時間を掛けて徐々に相手が慣れるのを待ちましょう」


「そうだねっ……ん?」


大理石によって楕円形に囲われた泉に向かって、小柄な吸血鬼が歩みを進め、噴き上がる水の陰へと姿を消す。


「ちょ、セラさん!水汲みでしたら俺がやりますから!」


「ああいや、違うんだ。ちらっと陰に何か見えてね……これは、忘れ物かな?サジ君が帰ってくる前に一人来てたからその人のかも」


忘れ物?

おっちょこちょいの探索者が泉の傍に鞄でも置きっぱなしにしたか?


とりあえず、セラさんの傍に駆け寄る。

泉から距離を取って貰わないと。


「セラさん。そんなの片付けは俺がしますから──」


「変わった忘れ物だねぇ。多分これ鍋か何かだろう?入り口の箱に持って行くよ」



その細い腕に持ち上げられていたのは、蓋をがっちり閉めた圧力鍋。



「この回りに瓶詰めの釘とかも置いてあったんだけど、なんだいこれは?サジ君何か知ってる──」



タイマーが付いている。百均で売ってるような安っぽいキッチンタイマーが音を立てず時を刻む。

画面が示す残り時間はあと五秒。


ふざけるな。どういうことだよ。

憤怒、驚愕、困惑。

感情の整理が何もつかないままセラさんの手から“それ”をひったくり──


「あっ!?えっ!?」


あらん限りの力を振り絞り、遠くへぶん投げ、セラさんに覆い被さる。


一瞬、周囲が強い光に包まれて──


第三階層を、鼓膜を突き破る爆音が襲いかかった。



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