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おいでよ“元”吐叶市へ


「……うーん」


コポコポと軽い音を立てて緑の温水を湧き立てる回復の泉。

その流れを堰き止める大理石の縁に沿わせて、外で探してきた“落とし物”のバットのグリップ部分をチャポリとつける。


……前に印を付けておいたところまで入らない。


「……次の策を考えないといけませんね。このままではいけない」


滑らかに磨かれた大理石で形作られた回復の泉を見て、ポツリと呟く。


「え?順調なのにかい?……あ、ここにキズある」


「ちょ……セラさんあんまり近づかないで欲しいです。吸血鬼(アンデット)にとっては毒なんでしょうこの泉」


ちょこちょこと周りの薬草を踏まないよう歩み、泉に近づこうとする色白のダンジョンマスターの前に遮断機の如く手を下ろして制止。

危なっかしい。


「そうは言ってもアレで入る人が怪我したらいけないし」


「どうしても気になるなら自分が補修しますしそもそもそうなっても泉で治せば済むじゃないですか……それより今は“回復の泉”に次ぐ探索者の餌の用意を考えた方がいいですね」


「え、餌って……いやでもさっきも言ったけど順調なのに」


そう。順調だ。とても順調だ。

順調に回復の泉の水嵩が低くなっている。


「……水を持ち帰られてるのも原因ですが、この泉……怪我を癒す度に減っていますよね。もう中々浅くなっている」


「ん?うん。魔力を消費して治すからね。その度に継ぎ足していたよ」


扱いが秘伝のタレみたいだな。


「成程。ちなみに向こうではどのくらいの頻度で足してました?」


「うーん本当にまちまちだったんだけれども……平均すれば半年に一度位かな。そう考えると確かに相当減りが速いねぇ。たくさん人が来てくれてる証拠だね。それにしても随分減ったけれど」


ゆったりとした外套に身を包む吸血鬼はふぅんと満足げに鼻を鳴らす。


それはいい。探索者が増えるということはセラさんのダンジョンを運営する魔力も集まるし、自分の目的としても助かるんだけれども──


「これならそろそろ足さないといけないね。材料を取り寄せないと」


「……ユニコーンの角は相応に貴重な素材だと思うんですが、伝手はあるんですか?」


「勿論。安心して欲しい」


天に向かって──洞穴の中なので天井に向かって自慢げに吸血鬼はその細く白い人差し指を立てる。


「そうじゃなきゃこんなもの作れないからね。昔から吸血鬼相手でもこっそり取引してくれる商人に心当たりがあるんだ贔屓にしてるん──────だけどっ……ここ………異世界じゃないかっ……」


ピンとそそり立った指が水分を失ったキノコが萎びるようにへなへなと垂れてゆく。

伝手がもう生かせないことに気付いてなかったらしい。

無理もない。いきなり知らない世界へ飛ばされて、今までの常識や習慣、それに伴う思考から直ぐに抜け出すのは難しいだろう。


「……サジ君。ちなみに尋ねるんだけど聖角馬(ユニコーン)の素材に心当たりとか」


「申し訳ないです。ありません」


「ウウッー……」


思わず頭を押さえて蹲るダンジョンマスター。感情表現が豊かなお人だ。


「だけど……人が集まりはじめて魔力も収集できているんです。大丈夫ですよ。だから今から次の案を練ればいいんです。泉も直ぐに枯れる訳じゃありませんし、そもそもひょんなことから泉の材料が手に入るかもしれません」


「そ、そうかな。そうかな?」


「はい。大丈夫ですよ」


セラさんの不安を少しでも取り除けるよう、目線が同じ高さになるように屈んでにこやかに励ます。


まぁ泉が枯れようが枯れまいかどちらにせよ、運営を“回復の泉”一本頼りにするのは危険だ。


高度な魔術を用いているとはいえ、外の企業なりなんなりに解析されて似たようなものを造られる可能性はゼロじゃない。

利便性の良い別の場所に似たようなものが出来れば探索者達はそちらに流れてしまうかも。

……やはり別の魅力が必要だ。


立ち上がろうと地面に手を着く──と柔らかくさらりとしたものが指の股をくすぐった。



「……薬草」


「あー……そういえばこれはあんまりこっちでは人気ないね。向こうでは多少持って帰って貰えたんだけどねぇ」


野原に芽吹く小さな花を愛でる乙女を思わせる姿で薬草を眺めるセラさん。きっとシロツメクサの花冠が似合うだろう。


「泉の水とは違ってこっちは迷宮(ダンジョン)の外へ持ち出しても効果があるんだ。この泉の水をよーく薄めて水やりに使うととってもよく育つんだよ原液そのままだとちょっと大変なことになるけどそもそも薬草という草は無くてあくまで俗称で一口に言っても種類は細かくて此処に植えたのは外傷用に潰して軟膏に近い形で塗り込むのを想定して品種改良したもので迷宮(ダンジョン)の魔力の流れも使って、あっ勿論食べても悪影響は出ない様に………にぃ………ごめん。話すと色々ややこしいんだけどそういう風に育ててあるんだ。こういう植物が育てられるのも迷宮(ダンジョン)ならではなんだよ」


……急になんかヒートアップしかけたな。ガーデニングというか自家菜園が趣味なんだろうか。何かに打ち込める趣味があるのはいいことだ。


………菜園か。


「為になる話をありがとうございます……売りになるかもしれませんね。植物」







この辺り………吐叶(はくとう)市を取り仕切る探索者組合。

正確にはもう“市”じゃないらしいが。役所が潰れちまったから。


ダンジョンレイメイキ?に魔物があふれ出した(スタンピード)影響で役所とか警察とかそういう機関がぐちゃぐちゃになって、代わりにいち早く魔物退治とか便乗して暴れた人間の鎮圧に乗り出して成功したのが……“牛尾(うしお)組”。


吐叶(はくとう)市をかつてショバにしてたヤクザ。平和だった時代には青色吐息だったそれが今やここら一帯の支配者。オレも絶縁されてなきゃ今頃組で甘い汁吸えてただろうに。

探索者組合の中にある売店が出す絵の具を水で溶いたみてぇなコーヒーを啜らなくてもよかっただろうに。


だが、今それは問題じゃない。


「……例のダンジョンって組合が管理してるわけじゃないのか?」

「違うみたいねー、新しいダンジョンだからかな?」

「いや、そもそもあんまその辺の管理してないくさい。此処の探索者組合。……あんまり評判もよくないな」

「………あんまり大きな声で言えないけど、取り仕切ってるのが元々反社の組織みたいでさ」

「あー……終わったらさっさと帰った方がよさげだな」

「だね、お目当ての“回復の泉”さっさと行こう」

「私、水筒持ってきたんだけど持ち帰っても効果あるんだっけ?」




ここ最近、あの手の連中が増えた。

例の“回復の泉”があるとかいうダンジョンのせいだ。


思わず、舌打ちが出る。

貧乏ゆすりが止まらない。頭が熱いのに背中がやけに冷たい。へんな汗が出る。


オレは泉なんてもんに興味は無いし、自分の飯のタネにならないならどうでもいい。

問題はそのダンジョンが生えてる場所。



あの周辺は、丁度オレ達が死体を放り捨てた辺りだ。


思い返せば割に合わねぇ仕事だった。あまりにも。


『指定されたダンジョンでしか見かけない珍しい魔石を取ってこい』ただそれだけ言われた。


そう難しくない内容に似つかわしくない高い報酬。今になって考えてみりゃあまりに怪しかったが、あん時はそこまで頭が回らなかったし、そもそも断れる状況じゃなかった。

貧乏は知恵を鈍らせる。



オレ以外の連中もオレと似たような理由で集まってたんだろう。

いかにも追い詰められた連中って面構えだった……“指示役”以外は。


珍しい魔石ってのがよく分からなかったが、最初はまぁ何とかなると思ってた。とりあえず集めりゃいいんだろって。

だが現実はそうじゃなかった。


指定されたダンジョン──廃ビルの地下に現われた石造りの遺跡みてぇなダンジョンに何度も何度も潜ったが、なんでか思うようにお目当てのものが集まらない。

魔石を集めてきてもこれは違うあれも違うと“指示役”は首を横に振りやがる。

他のダンジョンじゃダメなのか“指示役”に何度も聞いたが首を横に振りやがる。

そもそも場所によっての魔石の違いなんて分かんのかと、こっそり他の場所から持ってきてもバレないんじゃないかとも思ったが他の奴に止められた。


期限が迫り、日付を見る度に背筋に冷たいものが伝った。

このままじゃ報酬どころか──


そんな時に、あの物漁りの情報を聞かされた。


……結果的に奴の懐にあった分は“指示役”のお眼鏡にかなった。モノは充分足りた。少し余るくらいだった。


仕事は終わった。終わったんだ。なのに今になって……こんなことあるか?


どうする?探索者が増えたとはいえ今はまだそこまでじゃない早く何とかしないといやまてよもし見つかっても動物の死体と勘違いしてくれないかいや無理だろいくら何でもだいたい人間って腐って土に還るまでどんぐれぇかかるんだケーサツがまともに機能してねぇとはいえ人殺しがバレるのはまずいもう組合からまともな仕事は回ってこなくなる一線を越えちまった賞金首になっちまういやでもまてよもし見つかっても証拠は無いんじゃいやダメだぶん殴った時の凶器も一緒に放り捨てちまったんだオレだけバットでやったからセットで見つかれば鑑定とかで絶対バレる追放ものだああチクショウ突然生えてきた洞穴のせいで、人が集まり始めたせいで──


突然、脳ミソに電流が走った。


そうか、そうだろ。


人が集まってるなら、追い払えばいい。


集まる“理由”を消し飛ばしちまえばいいんだ。



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