再会
「……本当に帰してよかったんでしょうか」
疑念と不安を詰めた声が、私室の白い壁に当たって響く。
この台詞が口から出るのは何回目だろうか。
自分でもうんざりするが、それでも口をついて出てしまう。
「選択肢はあれ以外に無かったと思うよ。秘密を知られて不安だったろうに、よく堪えてくれたね。嬉しいよ」
そんな鬱陶しい問い掛けにセラさんは嫌な顔一つせずに何度も何度も優しげに返してくれる。
……何が不安って、セラさんという吸血鬼が此処にいることを知られたのが一番の懸念点なのだがそれを本人は分かっているのかと思う位優しげだ。
あの黒田と名乗る男。アイツが率いた一団による襲撃事件をひとまず収めた頃には、吸血鬼であるセラさんの脱出を阻むように既に太陽は顔を覗かせていた。
あの軽薄そうな男を見逃そうが逃すまいが、あの状況では変わりなく、むしろ……始末するとなればセラさんに多大なストレスを与える結果となるのは火を見るより明らかだった。
あの茶髪が信頼できるから逃した訳ではない。だから不安で仕方ない。
陽が落ち次第抜け出す用意は万全に整えてある。
……肝心の、行き先が無いが。
「……とりあえず、夜になったらすぐに出てこのダンジョンから距離を取りましょう。大丈夫です。探索者やってた頃にこの辺りは時々散策してましたから土地勘はあります」
「ありがとう。頼もしいよ」
俺の精一杯の強がりにセラさんは穏やかな微笑みを返す。
……内心を見透かされ、気を遣われているような気がする。情け無い。
「そういえば、夜が明けたけど本当に全然冒険者達が来ないね。今日は一人も見てない」
「……」
確かにかなり落ち着いている。
俺が匿名で探索者組合に宣伝した時に比べて客足は相当に減ったとはいえ……ダンジョン内に植えた作物なんかをアテにしたリピーターはある程度確保し、此処は初心者向けのダンジョンとしての地位を確立しつつあった。距離こそ多少あり山を登らなければならないのがネックだが探索者が継続して訪れる為に街からの安定したルートも自然と整備されつつある。
そんな場所に今日は一人も見当たらない。
「諸々の邪魔が入らないように人払いをしたということに関しては本当みたいですね。俺が戻ってきた時は山を直線距離で突っ切ってきたから気づきませんでしたが、探索者がよく使う街からの道は封鎖しているのかも──」
改めてお互いの持つ情報を擦り合わせる言葉のやり取り。
──それを叩き切らんばかりに、ダンジョン内の私室に吊り下げられた古めかしい鐘がけたたましく鳴り響く。
顔を引き攣らせたセラさんが蛇を見た猫を思わせる動きで飛び上がる。
即座に弦から放たれた矢の様に椅子から身体を跳ね上げてセラさんの横につく。
警報が鳴った。再び訪れるだろう侵入者に対しての反応が遅れないよう、ダンジョンの主であるセラさんだけでなく二人同時に気づくように考え……急ごしらえだが設置した警報が。
「大丈夫ですか?落ち着いてください。すぐに使えるように机の上に置いてますよ」
「う、うん。そうだ。そうだったね」
慌ただしく泳いでいたセラさんの目線が目の前の、ある一つの物品のみを中央に置いた机の上に注がれる。
その物品とは、水晶の大きな目玉が嵌ったクレイゴーレムの頭部。胴も手足もないこのゴーレムの用途は言わばアンテナ。及びプロジェクター。
ダンジョン内に散らばったゴーレム達の視界とリンクし、私室の白い壁に映像として投射する器具。
最もダンジョンマスターであるセラさんはわざわざこんな道具を使わずともゴーレム達と見ている世界を共有できるが、それができない自分の為に作ってくれた。
「セラさん。映像出ますか?」
「……うん。これは……洞窟の天井に急いで仕込んだ土人形に覗かせてる──映すよ」
サイクロプスを思わせる巨大な単眼を持つゴーレムの頭部にセラさんの白い両手が添えられ、その眼から光の筋が放たれる。
それは白塗りの壁に真っ直ぐ向かってぶつかり──コンビニエンスストアの天井に吊り下げられた監視カメラの画角で、ダンジョンの玄関口を映し出す。
そこに立っていたのは……黒いスーツを着崩した見覚えのある男が一人。
「……仕込んだ土人形に気付いているね。天井に向かって手を振っているよ」
黒田羽久斗。そう名乗った牛尾組の金庫番だという男が天井……正確にはクレイゴーレムに向かってにこやかに手を振る。妙にこなれたウィンクをかます。そのまま両手から人差し指を突き出し空を突くように前後させる。腰に手を当ててクネクネと奇妙に踊る。
……要するに何かムカつく動きをしている。カメラの前で子供がふざける感じの動作だが大人がやると苛立ちが勝つなこれ。
「これは、何をしているのかな?この世界で人の家にお邪魔する時は皆あれをやるのかい?」
「いやそんな真面目に考えなくていいです。ふざけてるだけです多分」
魔力が吸い取られそうな不気味な動作を一通り終えた男は少し息を切らしながら懐に手を突っ込んでいる。何がそこまでお前を突き動かすんだ──
「…………!!」
肩で息をする男がスーツの内ポケットから取り出した“それ”には、乱れのある映像を通して尚この上なく見覚えがあった。
錆びない様に毎日手入れを欠かさなかったチェーン。それでも千切れてしまうのが怖かったから、アクセサリーであるにも関わらずあれを首から下げることは一回もなかった。いつも服の内側に慎重にしまい込んでいた。
まだ初々しい若さが残る父さんと母さん。その二人が映った小さな写真。その上から、殉職する前に奇跡的に家へ帰ってこれた父さんが土産に持ってきてくれた魔石を嵌め込んである。
過労でこの世を去った母さんが最期まで身に着けていたそれは、この世界にダンジョンと魔物が溢れ、全てを失った俺に唯一残されていたもの。
「盗られた、ペンダントだ……!」
「あれがかい!?なんと……」




