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現代ダンジョンは吸血鬼と共に  作者: kurobusi
迷宮の支配者

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32/33

嘘と本音と交渉と


視界が、ぼんやりと紅い。

なんだ、これ……

あぁ、オレ眼ぇ閉じてるのか。マブタの裏を見てるのか。

懐かしいな。ガキの頃はこうやって光を透かして遊んで──



「……ラ……ん!急ぎましょう!とりあえず鎧は剥がしましたがどこを壊したらいいか分かりますか?」


「いや、私がやる。見慣れない作りだけど紐無しの(ワイヤレス)追従型なら……この辺りに……あった!」



いや、そうじゃねぇ。

そうだ。オレは今ダンジョンにいる。

嵌められてぶっ倒れてる。



頭は覚めたが身体は動かねぇ。眼すら開かない。

感覚的には縛られてる訳じゃなさそうだ。金縛りみたいな具合に近い。



「……取れた!これでもう動かないよ」


「おお……その、クワガタの頭みたいな部品は?」



何だ?

男の方は分かる。さっきの一人でに傷が塞がるバケモンだ。

だがそれとは別の高い声。女がいる。


仲間が、いたのか?



「魔力の遠隔受領機(レシーバー)だよ。これでもうこの石人形(ゴーレム)に魔力は供給されない」


「成程。つまり電源ユニットですか?それならもう動かしようが無い」



おいふざけんな。何してくれてんだ。やめろ。

それ造るのにどれだけ金と手間をかけたと思ってんだ。

ただでさえ組長(オヤジ)にバレないよう気を遣ったってのに。



「じゃあ次はこっちですね。眼を覚ます前にセラさんは向こうに──」



ハラワタが煮える怒りが、クソ重いマブタをこじ開けた。

ボヤける目ん玉に入り込むのは、コッチに手を伸ばそうとするさっきの化け物。

ソイツのかっ開いた眼がこっちを睨む。



「……あ?」


「……あぁ?」



二人同時に喉から素っ頓狂な声が漏れる。


目の前の短い黒髪男は、多分、オレが意識を取り戻したことに驚いているんだろう。

ぱっちりした若い男の眼が瞬きもせずにこっちを見据えてやがる。


だがそんなことはひとまずどうでもいい。

オレの視界に収まっているのはその男だけじゃない。


その後ろに立っている女。オレが大枚はたいて手に入れたゴーレムの部品を引き抜いてくれたらしい、日に当たったことなんぞなさそうな色白の金髪女。

その眼は不気味な程に真っ赤。こっちを見てポカンと開けた口からは蛇みてぇに尖った牙が見える。ついでに死ぬほど趣味の悪い杖を持っている。なんだアレ。

いや、杖はともかく、あの女は──


「きゅう、吸血鬼……!?」


その瞬間、元々血の気なんてなさそうな女の白い顔が更に青白くなったように見えた。





こっちの世界ではあんまり見かけない様式の……多分吸血鬼が異世界から持ち込んだんだろう木組みの椅子。その背もたれに括りつける形でオレの両手が後ろ手に縛られている。

背中側に持ってかれた指先が人の手によってある程度整えられた壁に触れる。ここは……ダンジョン関係者の個室か?スタッフルームみたいなもんか。落ち着いて見渡せばちょこちょこ生活感のある家具が見える。あっちに見える、白いシーツが掛かったやたら角ばった長方形の物体は……ビールケースか段ボールを使ったベッドか?


「キョロキョロするんじゃない……セラさん。足首もやりましょう。もう一つ縛るものを……」


「おっほほ……それはちょっとキツくねぇかなぁ?兄さんこういうの慣れてない?相手が喋りに集中しやすいようにしてやるのも大事なんだぜこういうのは」


吸血鬼への提案を遮るように放ったオレの軽口。それを耳にした瞬間、男の鳶色の眼が血走る。


「喧しい。お前は自分が今生かされている理由をよく自覚しろ」


舐めた口をきく捕虜に対して、ぶん殴るでも蹴っ飛ばすでもなくただ罵るだけ。

やっぱりこういうことには慣れてないのは間違いなさそうだ。


「しかしなぁ。どうせならさぁ吸血鬼のねぇちゃんの方がやってくれない?男に縛られて喜べるタイプじゃないのよオレ」


「え?私──」


「黙れ。お前を喜ばせる為にこんなことしてると思ってるのか?」


突然のご指名を受けて呆気にとられた様子の吸血鬼から長い布の切れ端を受け取った安全靴の男。そいつに乱暴に両足首を持ち上げられ縛り付けられる。

オレから一切視線を外さないこの野郎にアピールするように大袈裟に、ひと昔前のアメリカンなホームドラマみたいに肩を竦める。両手が縛られてるからできる範囲で。


「……とりあえず今はこの辺にしておいてやろう──じゃあ聞かせてもらおうか。こちらとしてもおおよそ察してはいるが……お前らが此処に攻め込んだ目的。それを達成する為の手数。お前以外に誰がそれを知っているか、その計画はどこまで進んでいるか……喋ってもらうことは山ほどある」


「…………」


「…………」


「……………………」


「………………………………おい。何か喋ったらどうなんだ」


「ん?喋っていいの?さっき黙れって言ったじゃん」


黒髪が掛かったデコに青筋が立つのが見える。お仲間がブチ切れそうになっているのを察して吸血鬼が狼狽えている。


焦るな。そう自分に言い聞かせる。

焦るな。黒田羽久斗(くろだはくと)。余裕ある態度を絶対崩すな。心の内にしまい込んでいる焦りを気取られるな。


「そうイライラしないでくれよ。まずは親交を暖めようぜ。オレもアンタらのこと知りてぇなぁ」


「俺は興味無い。俺達が知りたいのは──」


「例えば、吸血鬼のアンタがどうやってコイツを誑し込んだのか気になるねぇ。そのデカめの乳でも揺らしてやったのか──オごッガッ!?」


両顎の骨が纏めて軋む。息ができねぇ。バカみたいな速さで飛んできた手が万力みてぇに顔を締め付ける。


「余計なことしか言わないなら二度と喋れないようにしてやろうか!!ああ!?」

「サジ君!?よしなさい駄目だ!よくある軽口だ慣れてる!手を離そう!」


オレの顎を握り砕こうとする皮の厚い手は、吸血鬼に引っ張られて離れていく。


「……ふぅー……」


……気を落ち着かせようと深く息を吸う。呼吸に違和感がある。顎が若干ズレた気がする。

ギリギリだった。今のはマジでやばかった。余裕を見せる為に煽ってるのにこれで失敗したら元も子もない。一旦控えねぇと。


だが、一つ確信も得れた。たった今かなりの地雷を踏んだにも関わらずオレは五体満足で生きている。


専門的に退治するクソデカい機関まで存在する“吸血鬼”っていう厄ネタの存在を知ったオレをまだ生かしている。

……しかし、手錠が嵌ってない吸血鬼は初めて見るけど随分それらとイメージが違う。こちらを下等な生き物と見下してくる雰囲気もなけりゃ手慰みにこっちを痛めつけてくる様子も無い。

今のセクハラワードだってビンタの一つでも食らう覚悟で言ったのに、当の本人が暴力を止めてた。かなり風変わりな個体らしいな。


とにかく、オレは見ての通り追い詰められているが、コイツらも追い詰められているんだ。探索者組合(牛尾組)の人間がダンジョンを支配する為に人員を派遣してきたってことは向こうも分かってるんだ。だから情報を搾り取ろうとしている。強大な組織に眼をつけられた自分達が助かる道を探すために。


「……はぁ……はは、なんだ……思ったより親密なのか?悪いなもっと淡白なご関係かと思ってたんだよ。軽口が過ぎたな」


「…………謝る気があるなら──」


「情報だろ?もちろん喋るぜ。仲良くしたいのは本心だからな」


この会話を尋問の形には持っていかせねぇぞ。今からするのは──交渉だ。

オレは追い詰められた。このままオメオメと帰れない。かといって今こいつらをどうにかできる武力も無くなった。“本懐”を果たすために造り上げたゴーレムの一つも取り上げられてどうしようもない。


だが、あらゆるものを引き換えに一つ得たものがある。

それはこのダンジョンを支配する強者とのコネクション。そしてそいつが人類の敵と認識されている吸血鬼を庇っているという弱み。



「まずは自己紹介。オレは黒田羽久斗(くろだはくと)。お察しかと思うが探索者組合・牛尾組の所属。ここをウチの縄張りにするためにここに来た」


警察官が冬場に着るような藍色のごついジャケット。その先に見える手の甲にビキビキと血管が浮き出る。

さっきの痛みと恐怖が脳裏をよぎる。背中に脂汗が伝うのが分かる。

やめろ。怯えを顔に出すな。


「……そんで、まずはアンタらが一番知りたいだろうことを伝えよう。この計画は組合全体に共有されてる。もしもこのままオレが帰らなかったら……今日よりも更に人員と装備を潤沢にぶち込んだ一団が此処に攻め込む手筈が整っている」


ポケットが多くついた生地の厚い上着を着た男の表情は変わらない。だが、僅かに身体が揺れる。吸血鬼の方は……口元を手で覆って真っ赤な眼ん玉を泳がせている。


……この情報は半分嘘で、半分事実。

小規模ダンジョンの制圧にそこまでの人員も費用も割いていない。組の奴らにも組長(オヤジ)以外には限った奴にしか伝えていない。

このまま帰らなければ流石に何かしらの対応は取られるだろうけども、相応の時間が掛かるだろう。それこそコイツらが住処を捨てて逃げる位の時間は。

だが、そんなことは伝えてやらねぇ。


「更に言うともう一応現状の報告には人が向かっちゃっててな。最初に一緒に入ってきたリザードマンいただろ?槍持ってた奴だ。アイツが怪我人と一緒に自己判断で本部に向かってる。オレは止めたんだけどな。もう着いて自分達を襲ったダンジョンの支配者について……情報を共有して兵隊を向かわせてる頃だろうぜ」


吸血鬼の女が顔を伏せる。羽織っているマントが体の震えに伴って小刻みに揺れる。


こっちは嘘だ。考える時間をくれてやらねぇための大嘘だ。交渉は虚実を織り交ぜるのが一つ目のセオリー。もう一つは──


「セラさん。俺が判断を間違えました。申し訳ありません。こいつの口を封じて今すぐここを出て──」


「おいおいおい!!ちょっと待ってくれよ──あだぁ!」


どかん、という派手な音と一緒に椅子ごと転ぶ。焦って身体を揺らし過ぎた。また顎にダメージが入った。クソ痛ぇ。


「……なんだ。この状況で助かる道があるなんて思っていないだろう」


「それが思ってるんだよ。こっからお互いにwin-winになれる道があるのさぁ」


「……なんだと?」


フェイクを信じてくれた風なのはいいが、判断が早い。

こっからが本番なんだから。


「オレがこのまま無事に帰れば、追加の兵隊はこない。実態はどうあれオレは制圧に成功したことにすればどうにでもなるんだ。オレはそれなりの立場にいるから管理業務だって独占できる。アンタらがいるなら形だけでいいしな。ここから出る出ないって言ってるけどアンタらだってこのダンジョンを失えば行くアテなんてないんだろう?」


「だから解放しろと?アホくさい。自由の身になった後お前がわざわざ組合そんな言い訳をかます理由が何処にもない」


「それがあるんだよなぁ。そこで転がされてるゴーレムがそうなんだ」


地面すれすれのところで、ぐったりと手足を投げ出したオレの最高傑作に向けて顎をしゃくる。


「失敗したってことになれば原因は何だったか詰められる。人員も一人一人調べ上げられる。あのバケモノ組長(オヤジ)はもちろん上の兄貴分達にな。そうなればこのゴーレムの存在と造った目的が明るみに出ちまう……バレない様に予算を少しずつパチって造り上げたコイツがな。日向の怖さは分かるだろ吸血鬼のお姉さん?」


「いやまぁ……意味合いは異なるけども」


「セラさんに絡むなヤクザ。それは大目玉を食らうだろうしお前らの流儀でいうなら指を詰めることになるかもしれないが──」


「いや、指だけじゃすまないんだよ」


「はぁ?」



交渉のもう一つのセオリー。それは──



「このゴーレムは量産前のプロトタイプ。秘密裏に造り上げたのはオレが下剋上を果たすため。牛尾組の上層部を武力で一掃するためだ」


「……お前、何を言っているんだ?」


最後に、心からの本音を相手にぶつけること。


「オレは牛尾組を乗っ取るつもりでいる。なぁ姉さん。兄さん。一枚かんでみねぇかい?」



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