迷宮の支配者 その3
直角の線を幾何学的に頭に刻んだ男──いや、男ではない。恐らく性別というものは存在しない何か。
自分が今まで見たことのない異種族、ではない。アレは有機体じゃない。生物ではない。アレは……
≪石人形だ!サジ君!見たことは無い作りだけど、間違いない!≫
頭の中で答えが合わさる。やはり、そうなのか。
貴重な情報だ。少なくともあの不気味さえ感じさせる機械的な動きの説明はついた。
ただ、ゴーレムに関して知識のあるセラさんが見たことがないというのが気になる。
あれは……横の茶髪が造ったのか?
「……ゴーレムか。この強さだと最早戦術兵器だな。お前のお手製か?」
「!まぁな。バカみたいな金掛かったんだぜ?ポケットマネーじゃ足りねぇからコッソリ予算を引っ張ってよ……大変だったなぁ……」
少し突っついてみると、スーツにやや着られている印象を持たせる男の口からつらつらと言葉が出てくる。
……どうやら誰かに喋りたくて仕方なかったらしい。
「基本的に使われてんのはステンレス鋼、強度と軽量化を両立させるために関節部はチタン合金……このご時世にこの辺の素材を集めてパーツ毎に加工するだけでもバカほど金が掛かるんだよ。オレの苦労が分かるか?しかもそこはスタートラインだ。そこからゴーレム用の回路を彫りつけなきゃいけないわけだから」
……口角が上がり目尻が下がり、随分と心地良さそうな顔から次々に言葉が紡がれる。
隙だらけに見えるが、残念ながら話題の中心のゴーレムがお喋りに夢中の男の横に張り付いて離れない。手が出せない。
中途半端に攻撃に転じれば情報を引き出せなくなる。
「中身にも拘ってるんだぜ?魔力とかいう便利なエネルギーを最大限効率良く使うための重機の油圧システムを参考にした回路を中に仕込んである。あくまで参考だから実物とはまるで違うところもまぁあるけど……とにかくこいつは魔術と科学のハイブリッドよ!バッテリーまであるんだぜ?自己判断を下すAIとか“センサー”を動かすのにいるからな」
センサー?
透明化が見破られたのはそのせいか。
恐らく人間の眼には捉えられない赤外線や体温を取り込むものだろう。おまけに先程接敵した時のことを振り返るに視野角も相当。
つまり、この侵入者の前で姿を再び隠そうとするのはただ魔力と体力を消費するだけの愚策になった訳だ。
……待てよ。そんなものが付いてるなら何故一回目の戦闘では俺の存在に気づかなかったんだ?あの時真っ先に気付いたのはリザードマンだった筈だ。
わざわざそんな便利なものを切っていたのか?何か、都合が悪くて?
「……コイツを動かす為の魔力とかいう謎が多過ぎるエネルギー源の勉強も大変だった!マジで!苦労して参考書を取り寄せたり、講師を引っ張り出しても内容がスピリチュアル全開でまっったくアテにならなかったりするんだぜ!?たっかい金払ったのに!」
内容が愚痴に移行してきた。
よっぽど吐き出したいものが腹の奥に溜まっていたらしい。
「………はぁ。スッキリした……造った目的を考えたら誰にも言えねぇからよこんなこと。でもブチ込んだ金と苦労を考えたらどっかにぶちまけたくて仕方なくてよ」
……察するに茶髪のスーツ男にとって、あのゴーレムは隠し持っておくべき切り札であるようだ。
二人だけで──一人と一体だけで再突入してきたのもその辺りが起因しているのかもしれない。
そして、そんな秘密をわざわざ暴露して構わないと考えた訳は──
「聞いてくれてありがとよ──じゃあひとまずくたばれ」
──俺を確実に仕留められる自信があるからだ!
地面を蹴り上げる轟音と共に、端が歪んだ大槌が再び眼前に迫る。叩き潰さんと頭の上から降ってくる。
横に回避──はできない!
通路が狭過ぎる!
蚤のように身体を跳ね上げ後ろに下がる。
目の前の地面に鉄槌がくだされ、壁をくり抜いて作った棚が衝撃に負けて植木鉢を吐き出す。
赤茶けた陶器の鉢が重力によって無惨に砕け散る。詰められた土と生育途中の植物が投げ出される。
この狭い植物用の温室には、精々人が二人通れる程度の通路しかない。
くり抜かれた壁が棚の代わりで、添えられた光苔が太陽の代わり。
……この温室は、本来ならセラさんの私室から転移の魔術陣を踏まないと訪れることはできない。
襲撃者がこじ開けたせいで今は出入り口が一つ増えたわけだが、そこに至る道は鋼の巨体に塞がれて通り抜けようもない。おまけに帰る為に使っていた転移陣もそのゴーレムの背後にある。
非常にまずい。
奴らに背後の転移陣の存在に気づかせてはならない。奴らがセラさんのところになだれ込めば一巻の終わりだ。
「──オオッ……ルァッ!!」
地面に食い込んだ大槌を踏み台にし、飛ぶ。
自らの攻撃の衝撃でゴーレムの動きが硬直する一瞬を狙い、振り下ろされた大槌に伴って下がりきった位置にある左の肘関節を──渾身の力を入れて踏み砕く。
ばきん、と確かな手応えを安全靴の向こうから感じ取る──同時に、お返しと言わんばかりに自分に巨大な拳が迫る。
反射的に構えた交差した両腕が悲鳴を上げる。骨が割れた音が直に響く。踏ん張りが効かず身体が後方に吹き飛ぶ。
だが、安いものだ。
「フンッ!」
あらぬ方向に曲がった右腕を無理やり戻す。左は恐らくヒビが入った程度。
この程度なら“治る”から問題ない。多少時間は掛かるが敵の無力化と引き換えなら安いもの。こうしてじわじわ削っていけばなんとか──
≪サジ君!駄目だ!直される!≫
「……は?」
吹き飛ばされた自分とゴーレムとの間に挟まれた地面には、ガントレットごと外れたゴーレムの左腕が確かに転がっている。
一つ奇妙なのは……本体との接続が立たれた筈のそれは蠢いている。それも蜥蜴の尻尾よろしく無軌道にバタバタと暴れるのではなく、自らの本体に向かって慌ただしく這いずっている。
そして足元まで辿り着くと──隻腕の巨人に拾い上げられたそれはかちりと元の場所に収まった。
「……ありかよそんなの。どうなってんだお前」
自分が思わず発した台詞ではない。鈍色の巨体の向こうから僅かに顔を覗かせる男が、信じられないものでも見たかのように声が震わせている。
「腕折れてたろ。なんでくっつくんだよ……訳分かんねぇなお前」
こっちの台詞だ。一から十まで。
どんな化け物と対峙する想定をしてこんなものを造ったんだ。ドラゴン退治でもする予定があったのか。
…………。
……なんでこんなものがあるのに、自分も戦うでもないのに、こいつは一緒にダンジョンに入ってきた?なんで自分は安全な場所に隠れて任せない?
≪サジ君!サジ君。人間の方をどうにか狙えないか!?恐らくそっちをどうにかできれば何とかなる!≫
皮膚の下で骨が蠢き形を形を完全に取り戻すのと同時に、頭の中に声が響く。
≪その個体は推測するに“追従型”だ!ええと、つまりだね、常に主人の魔力を動力源として動く性質のもので──≫
声が響く頭の上から巨大な質量を有する物体が空を切る。
身体を再び跳ね上げて後ろに下がる。地面が揺れる。くり抜いた壁の中にある植木鉢が落ちて割れる。さっきの繰り返しだ。
通路が狭いおかげで回避行動がワンパターンになるが、同じように敵も攻撃のパターンが限られる。おかげで落ち着いてさえいれば回避は難しくない。
だが、この通路には終わりがある。俺の背中が壁にぶつかる時、名実ともにどん詰まりに差し掛かる。
今回は攻撃に転じない。脳に直接響く声に集中する。
突破口が……今、セラさんが伝えようとしている言葉の中にある気がする。
≪──容量が大きくてその分強いんだけれども、代わりに主人は絶えず魔力を供給しなくちゃあならない!主人から離れられないんだ!供給が不十分なら性能は下がるし途切れたらその時点で停止する!操縦者を……弱らせるとか、どうにか、できれば、石人形は立ち行かなくなる!≫
胸で燻っていた幾つかの疑問点。それをピンと張った線が繋げる。
だからか。共に侵入してきたのは離れられないからか。魔力を保持している口ぶりなのに魔術を使わないのは渡す分が無くなるからか。
自分が為すべき目的ははっきりした──だが、手段は?
淡く光る幾何学模様を顔に刻んだのっぺらぼうが武器を正面に構えたままじりじりと近づいてくる。無駄な動きは省くべきだとAIが判断したのか、攻撃は飛んでこない。こちらもじりじりと後ろに下がる。間合いには入れない。
距離を詰めての無力化は先程失敗した。この狭い通路では更に容易く防がれるだろう。
僅かに光明があるとすれば遠距離からの攻撃……拳銃を用いての銃撃。二発撃って残りの弾はあと四発。
だが、これも分の悪い賭けだ。先程の発砲で警戒されてしまっているし、狙うにしても巨体の影からチラチラとしか見えない男の姿を正確に撃ち抜く必要がある。
しかも正確無比に主人を庇うゴーレムを欺いて。
跳弾を狙ってみるか?だがそんな技術は無い。どうすれば──
どすん、と背中にざらついて湿った冷たいものが当たる。思わず首が後方に振れる。
とうとうどん詰まりに行きついてしまった。
「……よく考えたら話聞けねぇから死なれても困るんだけど……まぁ、簡単には死なねぇだろ。原理は分からんけど丈夫みたいだしな」
目の前の分厚い胴体の影から僅かに茶髪の頭部と黒目が小さな眼が覗く。
鉄の塊が、俺の頭上まで持ち上がる。
「ヤクザ流のアイスブレイクだ。お喋りしやすいようにしてやるよ──」
電流が、頭の天辺から爪先まで巡る。
懐に隠し持った拳銃を抜き放ち──早打ち勝負のように素早く引き金を引く。
「うぉ!!」
男は即座に得物を下ろしたゴーレムに庇われ、姿が見えなくなる。
だが関係ない。
引き金を引く。引く。引く。
破裂音と共に温室が照らされる。
そして──手元にはカチカチと音が鳴るだけの黒い筒が残った。
「はは……ノーコンか?ゴーレムにすら当たってねぇじゃねぇか」
弾切れを察知した男は再び顔を見せる。そのにやにやとした顔には安心と若干の呆れが混ざっているように見える。
「当たり前だろ。狙ってないんだからな」
男の顔から笑顔が一瞬にして拭い去られる。何かを企まれていることに気づいたのだろう。だがもう遅い。
“アレの植木鉢”は一目瞭然だった。分かりやすいようにとセラさんが真っ赤な鉢に入れ替えていたから。アレだけが微動だにせず棚から落ちていなかったから。万が一が無いようにしっかりと固定していたのだろう。
耳の穴が痛くなるほど指を突っ込む。地面に伏せる。
マンドラゴラが肥料と共に零れ落ち──甲高く、脳髄の芯まで揺らす不快な叫びが温室を満たす。
耳を塞いでいてもそれを貫いてくる。口に手を突っ込まれて内臓を直接こねくり回されているのかと思う程の吐き気が、脳味噌の中でミキサーの刃が回っているかのような痛みが襲う。
これ、で、弱毒化している?マジ、かよ。
叫び声は尚も続く。
まだ続く。
まだ続く。
まだ大口を上げて叫ぶ。心地よい暗闇から光ある世界に引き摺り出した生物に癇癪をぶつけるかのように全力で。
まだ?嘘だろ……こんなに、長いのか──
──暗闇に落ちかけた意識が光に照らされる。
その光は真っ直ぐ甲高い声の元へ飛んで行き──弾けて、マンドラゴラを焼き払う。
車に轢かれた小動物にも似た悲鳴を短くあげて、叫び声の主は炭化した。
「サジ君!?サジ君!なんて無茶をするんだ君は!」
マンドラゴラの叫びとは対極にある肉体に染み渡る鈴の音のような心地よい声が鼓膜を揺らす。どうやら力が抜けて耳から手が離れていたらしい。
……いや、それよりも。
「セ、セラさん?」
目の前のには見知った美しい顔。色白の肌に紅い瞳。後頭部に結われて金糸の珠のようになった金髪。
……今回はあのちょっと趣味の変わった兜を被ってないことに何か安心感を覚えてしまう。
「全く……肝が冷えたよ。でもよく頑張ってくれたね」
そういって胸を撫で下ろす手にはギョロギョロ動く目玉付きの長杖が握られている。それは持ってきたんだ。
「い、いや!セラさんは大丈夫なんですか?マンドラゴラの声……」
「え?ああ、何ともないよ。割と遠くから処理したし、研究の段階で何回も聞いたから免疫もあるしね。そもそも吸血鬼には効きにくいし」
……料理する人の手が火傷に慣れて皮が厚くなるのと似たような物なんだろうか。とにかく凄い。
とりあえず、、ゆっくりと立ち上がる。若干足元はおぼつかないが歩くのが辛い程じゃない。
頬を叩き気を戻し、荒れ果てさせてしまった温室を見渡す。
狭い廊下には足の踏み場もない位に植木鉢の破片が散らばり、その隙間を細かな根っこに支えられて形を残して固まった土塊が覆う。
そして──目の前にはまさしく糸が切れた人形のようにピクリとも動かない鈍色の巨躯。その後ろには……白目を剥き、口の端に泡を浮かべたスーツの男が転がっていた。
「……ご自慢のゴーレムも、流石に音からは守ってくれなかったな」




