迷宮の支配者 その1
◇
『セラさん。この何も入ってない方の植木鉢は倉庫でいいですか?』
『うん。お願いできるかな?すまないね別の用事で呼んだのに急に荷物運びまで頼んで』
『何をおっしゃってるんですか。ついでですし居候の身ならこの位やって当たり前ですよ』
『あって当たり前の善意なんて無いよ…………それでね、サジ君。本題についてなんだけどね』
『俺の身体がどう変わったかについてですね?詳細を知りたかったので助かります』
『……うん……ひどく大雑把に言うなら五分の二、といったところだろうか』
『それが、俺の身体に入り込んだ魔力の割合ですか?中々ですね』
『うん。右腕はほぼ魔力の塊。後は体全体を斑らに構築している……内蔵もだね。心臓も僅かに残された生身の部分を魔力が補佐している』
『……凄いですね、ペースメーカーみたいだ。つまり心臓を刺されるようなことがあっても身体は多分動く訳ですね』
『……まず刺されるような事態からは逃げて欲しいんだけど……それと、もう一つ』
『はい?』
『魔力の影響が一番薄いのは頭部。脳は完全に生身だよ。手酷くやられてだけどそこは無事でいてくれてたんだね』
『……つまり、頭を潰されるようなことがあったらマズイと』
『潰されて不味くない生き物はいないから当たり前なんだけどね……とりあえず、君の身体には大きな変化が現れたけど決して不死身なんかじゃないことには留意して欲しいんだ』
『……なんだか、本当にゾンビみたいな生き物になったなぁ……セラさん。こっちの、あー大きい双葉が生えてる方の植木鉢は──』
『アッそれには触らないで!マンドラゴラだよそれ!』
『えっこれがあの?叫び声を聞いたら死ぬ?』
『いや、まだ幼体だし弱毒化してあるから死にはしないけど……身体は硬直して動かなくなるよ。私がやるからそれは置いておいてくれ』
『……こういうのをダンジョンの罠に使えばいいのに……』
◇
洞窟の入り口から数十メートル先の壁から突き出た岩陰、少し身体を出せばダンジョンの入り口を見渡しやすい位置。
そこに身を潜め侵入者を待ち構える。
いつかの、セラさんの忠告を思い出しながら。
時折自分で試していたが、身体はどの程度まで傷ついても動けるのかはっきりとした基準は掴んでいない。備蓄用に血液を抜き過ぎるとふらつくことはあるから少なくとも多量の出血を伴う大怪我はマズイんだろう。
再生能力も万能じゃない。
皮膚を軽く割く程度の怪我ならすぐに塞がるが、肉を抉り取るような外傷はかなり時間が掛かる。
内蔵まで達する攻撃を受けたらどうなるのかも後学の為に知りたかったが、その実験を試みようとしたあたりでセラさんに見つかってしまい物凄く叱られた。
普段優しい人が怒ると本当に恐い。
小さな頃、勝手にカップラーメンを作ろうとコンロを触っていたら母さんに初めて雷を落とされたことを思い出した。今になって分かるが相当肝を冷やしたんだろうな。申し訳ない──
《……サジ君!来た!》
「!」
鼓膜ではなく、頭の中に声が響く。
残り僅かになったゴーレムを慎重に動かし、隠し部屋から情報を送ってくれるダンジョンの主の声が。
《やっぱり二人だけだ……死角をできるだけ生まないように、壁際寄って辺りを見回しながら歩いている。相当警戒しているよ》
当然だ。ダンジョンに入ったら不可視の何かに襲われて、一人が無惨にやられたんだから。
……そんなダンジョンに何故一度撤退を挟まずに、メンバーを減らしてまで突入するんだ?
怪我はしてない筈のリザードマンまでいないし。負傷した仲間をどうにかしてるのか?
もっと手前のところでまず慎重になるべきだろ。
《ゆっくり近づいてきている……足音にもかなり気を遣っている様子だ……無理に確認してはいけないよ。岩陰から身体は出さないで。見つかってしまう。合図はこっちから出すから》
非常に助かる。こっちが一方的に相手の位置を把握できるアドバンテージは途方もなく大きい。
碌に打ち合わせをする時間も無かったのに即座に自分が今やれることをセラさんは最大限やってくれている。流石だ。
やることはさっきと変わりない。何故か“透明化”を看破してきたあのリザードマンがいないなら尚更だ。
不意打ちで敵の頭数を減らして優位にことを進める。
≪……今、足が止まってる──動き出した!傍を通り過ぎる!≫
来た。
息を大きく吸い込み、全身を駆け巡り細胞の隙間から噴き出す魔力の粒を意識する。視界にあった自分の手が見えなくなる。
ずるりと巨大な影が、着込んだ全身鎧を僅かに打ち鳴らしながら現れる。
武器の大槌をいつでも振るえるように構えてはいるがこちらには注視していない。チャンスだ。
“武器”は仕込んできた。装甲の隙間が生まれる関節部を狙う。あの巨体だ、膝をやられればひとたまりもない筈。
姿勢を低く、低く。四つん這いになる。衣擦れの音も聞かせないように動く。確実に当てなければ。あともう少し──
ぞくり、と全身に悪寒が走る。
細胞が警鐘を鳴らす。
思考が介在する余地もなくひっくり返ったコメツキムシの様に後ろへ跳ね上がる。
そのとっさの判断が正しかったのは、洞窟に響き渡る轟音と、大槌が叩きつけられ隕石が落ちたかのように窪む地面が証明していた。




