再起動
◇
「──おう……ったぁ!」
罠に踏み入り、光に包まれたかと思えば、俺の身体は小石が目立つ地面に放り出される。
足から着地できる体勢だったが、衝撃と定まらない視点のせいでフラついて思わず土下座するみてぇに地面に手を付く。小石が手の平に食い込む。
……“荒事の解決”用に拵えた皮の手袋が傷ついちまった。これ金掛かってるのによ。
《クロダ こちら です》
耳に馴染んだ機械音声。それに交じる爬虫類特有のブレス音。
スーツをこれ以上汚さないように慎重に立ち上がりながら、顔を声がした方に向ける。
「ここダンジョンの入り口か?……ああクソッ、クリーニング代も馬鹿にならねぇのに……おいリザードマン。明智はどうだ?」
そこにはご自慢の得物を奪われてイマイチ締まらない姿になった傭兵蜥蜴。そしてその足元にはもっと情け無く横たわる同僚の姿。
ちょっと観察してみると明智の胸は上下している。少なくともくたばっちゃいないようだ。
《息ある 意識ある しかし 立てません 無理》
「だろうなぁ……」
ダンジョンの入り口からさっきの“何か”が現れないか……不安に思いながらも、近くによってボロ雑巾の姿を見やる。
身体に纏わりついて月明かりに反射してきらめく粉々になった盾の破片。
衝撃でひん曲がった警棒。同じくひん曲がった右手と右脚。
こりゃダメだ。
《クロダ 一度 帰る しよう おすすめ》
「ああ……」
《戦う 契約 では 聞いていません 強い者 いる》
「わーってる。分かってるよ」
翻訳機の平坦な音声とは裏腹に、リザードマンの吐き出す息のテンポは着々と早まる。
こいつらの言葉も文化も知らんが、この異世界からやってきた傭兵が感情を大きく揺らしていることは分かる。
コイツは、相場より費用をかなり抑えて雇った。
相場というのは通常の……侵入者を積極的に排除するダンジョンを想定してコイツが提示してきた価格。
そこから、攻略対象に選んだダンジョンには好戦的な魔物が発見されていないこと。
敵対するにしてもパターン化されたゴーレムが主であり対処が容易であること。
ダンジョンの全体像を把握する際に不測の事態に見舞われた際は報酬の追加を検討。
そういった点を踏まえさせて初期投資額を抑え込んでいた。
だが、蓋を開けてみればコレ。当初提示した条件にそぐわない化け物と遭遇しちまった。
ちくしょう。慣れない現場仕事に出てきたらこれだ。
何故あんなのが報告に上がってこなかった……いや、待てよ。
今までは何の脅威も無かった筈の、簡素な洞窟ダンジョン。岩壁をスプーンでくり抜かれたみてぇなその入り口周辺を改めて観察する。
見張り兼作業員の佐藤に命令して張らせておいた、入り口を塞いでいた筈の規制線は見事に千切れ飛んでいる。切れ味の良い刃物でスッパリやられたみてぇだ。
で、その佐藤は……惨めに、入り口脇の壁を背にして涎を垂らして伸びている。
首周りが紅いこと以外に外傷らしいもんはない。首を絞められて落とされたのか?
つまり、アレは中から湧いたんじゃなくて外からやってきたのか?
良からぬ企みを抱えた余所者が入り込んだのを何かしらの方法で感知して?
おかしい。少なくとも動物的な魔物のやり口じゃない。そもそもさっきの戦い方からしてそんなモンには無いはずの知性を感じる。
多量の魔力を宿し行使できる術を持つ人間。それに準ずる何かだ。そして隠し通路を見つけた俺達が邪魔な存在。
「……あれがコア。それを兼ねたダンジョンマスターってやつなのか?」
取り寄せた資料では、そういう存在は一時的にだがダンジョンから離れることもできると書いてあった。
だから外からオレ達の背後を──
《クロダ》
平坦なトーンで自分を呼ぶ声と、元警察官の同僚がうめく声が聞こえてくる。
《私 これ以上 戦う 駄目》
「…………あぁーっクソっ……」
リザードマン特有の、のっぺりとした面から表情はめちゃくちゃに読み取りづらい。
だけども、そのワニみてぇに瞳孔が縦に割れた眼から不満の感情が流れ出ている。気がする。
「……お前、とりあえず明智と佐藤を連れて牛尾組んとこまで……下に停めてる車使っていいから組合まで帰れ。オレの名前出せば誰かしらが医者を手配してくれる。運転できたよな?」
黒の瞳孔を持つ黄色の眼球が素早く、数回瞬く。
《クロダ?》
「……何だよ。追加の報酬についてならまた後日に……」
《そうでは 違います クロダ は 戻る しませんか?》
「……そうだよ。戻らねぇ。今オメオメと帰っちまったら、失敗したってことになるだろ。メンツってもんがあるんだ」
《 クロダ 良くありません 立て直し おすすめ 命 大事》
「…………」
……分かる。オレも同意見だ。
メンツだのプライドだの為に死のリスクなんて増やしたくない。
オレだって一度帰りたい。
『なんてことない仕事です』と組長に報告した手前、ケジメは要るだろうが手駒を減らしたこの状況でもう一度入るよりマシ。頭を下げて事の顛末を伝えて兵隊を集めるべきだ。
“コイツ”を連れている状況じゃなけりゃ、そうしてたのに。
忠実な私兵を連れてきたのが仇になるなんて。
このまま帰れば、何故失敗したのか。その時のメンバーは誰か。本部から詳細な説明を求められる。
オレの背後で微動だにしないデカい影。
同僚を吹き飛ばしたハンマーを直立不動のまま抱えるオレの個人の兵隊。
“コイツ”が明るみに出ちまう。
動かしやすいように探索者としての肩書きを与えて、ボディーガードと実験を兼ねて、そして実績を与える為に連れてきたのが完全に裏目に出た。
オレの目論見が組長のところにまで届いちまう。
そうなれば、泣き別れになるのは指じゃない。首だ。
さっきの化け物に襲われた時に感じたのとはまた質の違う恐怖が身体を巡る。鳥肌が立つ。
「……こっちにも事情があるんだよ。とにかく雇い主として命令する。二人を連れて帰れ。此処で起こったことについて聞かれても何も言うな。オレと……後ろのコイツが全部片をつけてから報告する。分かったな?」
リザードマンの、肉を噛みちぎる為に生え揃った牙の間からフーセンがゆっくり萎むみたいに息が漏れる。
翻訳機は作動しない。
《わかりました》
……多分、さっきのは呆れて溜め息吐きやがったな。
わざわざ勝算を薄くして戦いに挑むなんて馬鹿じゃねえの、と。
その考えは正しい。
一つだけ間違えてることを除けば。
うめき続ける明智を担ぎ上げるリザードマンを尻目に、ダンジョンに向かって踵を返す。
勝算は有る。十分に。
人間との連携を覚えさせる為に他の探索者を連れてきていたが“コイツ”とオレだけで挑むなら……目撃者がいないなら何も制限はいらない。
思う存分暴れさせてやれる。
片手を軽く振り、合図を送る。
鎧に身を包んだ鉄人が土埃をあげて、何のためらいもなく、未知の化け物が潜むダンジョンへと踏み入る。
≪何ですか 彼 は 怖い もの ないですか?≫
「あ?あー……まぁ、ねぇだろうな」




