探し求めて その2
「またか。うんざりすんなオイ……あーまた転移の罠だ。ダンジョンの外に弾き出すヤツだな。さっきから同じやつしかねぇ」
背の短い草に覆われて申し訳程度に隠された、それ。もう何度も目にしている、それ。
隣りから舌打ちが聞こえる。うんざりしてんのは自分だけじゃない。
今のところこのダンジョンに命を脅かすような脅威という脅威は無い。それはいい。管理する側としても非常に助かる。
ただ攻略となると非常に面倒くさい。
「芸が無いですね……どうせなら踏んだら爆発するとかやつとか、槍だの毒ガスだの吹き出すような仕掛けは作らなかったんですかね」
探索してる側のセリフじゃねぇが、そう言いたくなるのは分かる。
アトラクションを楽しんでるつもりはねぇが……退屈だ。刺激が無さ過ぎて悪い意味でパーティの緊張感が削がれてる。
自分以外誰も走ってない高速道路でただアクセルを踏んでる気分。そのクセにヤケに長いときた。
《費用 労力 節約 でしょうか?》
ワニみてぇなぶっとい尻尾が生えた尻の向こうから野太く抑揚の無い声が響く。
《違う 物 沢山 作る 大変 同じ 物 沢山 楽》
俺たちの脇をすり抜け隊列を組み直しながら、リザードマンは単語を並べる。
「……あぁ、そういえば帰還の魔術陣は表の三階にもあったな。それを引っ張って複製してんのかこれは」
それなら一応納得はいくか?
一度作った物をコピー&ペーストして、そこいらに置くだけならかなり労力は節約できる。防犯面の脆弱性はともかくとして。
「……そもそも、侵入されることを想定してんだよな?この通路……」
そうでなきゃこんな複雑にする必要は無いはずだ。
しかしそうだとしたら罠の殺意が薄過ぎる。チグハグだ。
まるで探索者に対して遠慮でもしてるみたいに──
「黒田さん。早くいきましょう。そこでウロウロしてると罠踏んじゃいますよ……おい、鎧男。何してんだ早く歩けよ。人に言われないと何もできないのか?」
「……待て。妙だぞ」
ダンジョンの真っ只中にいるのに命を脅かすものが何もない、奇妙な弛緩した空気。
相変わらず“生命感知”にも何も引っ掛からない。
そんな中に漂う違和感を皮膚が感じ取る。肌が粟立つ。
「……黒田さ──うぉっ!?」
突然、長くしなるものが空気を切り裂く音が聞こえる。
目の前のリザードマンが隊列の前方を……何もない空間を片刃付きの長槍で薙ぎ払った。
「何してるお前!?あぶな──くはないけど、びっくりするだろ!」
仲間の注意を受けても、槍の穂先は位置を変えない。引き続いてリザードマンが何もない空間に向けて武器を構え続けている。
≪何も 無い≫
「見たら分かる!だからなんでそういうことをしてるんだっていう……」
≪何も 無い! ですが 熱い 何か ある! 見えないが いる!≫
矢継ぎ早に並ぶ単語が頭にしみこんで、やっと違和感の正体に思い当たる。
定期連絡の時間はもう過ぎているのに見張りからの連絡が無い!
槍が再びリザードマンの手によって大きくしなり──途中で止まる。
だが、蜥蜴の細く引き締まった腕が振るのを止めたんじゃない。
≪いる! ある! 掴まれた!≫
奇妙なことに槍はしなったまま、静止している。こんな状況じゃなけりゃ凄まじく出来の良いパントマイムに見えただろう。
そして、そのまま大きくしなり、曲がり──ぼきり、とリザードマンの槍は木片と赤い羽根をまき散らし弾けて折れる。
「なんっ──がっ……!?」
得物を"何か"に叩き折られたリザードマン。その脇の空間が波打つ水面のように一瞬歪んだように見え──たかと思うと、今度は何かが通路の壁に叩きつけられる喧しい音が響き渡る。
明智だ。
地面に足がついていない。虫の標本みてぇに磔になっている。
「が、がぁ」
明智の顔からみるみる血の気が引き青白くなる。
あいつの身体を壁に押し付けている物は何も見えない──ただ、明智の首にはくっきりと何者かが鷲掴みにしている跡が浮かんでいる!
「──壁の手前を薙ぎ払えッ!!」
張り上げた自分の声に呼応して、ガントレットを付けた太い腕が大槌を振う。
その瞬間、明智は弱まった磁石よろしく壁から剥がれ落ちて──
「いっ!?」
大槌が描く軌道線状に放り出され、撃ち抜かれる。
背負っていた透明な盾が砕け散り、鋼鉄製の槌が背中にめり込み──明智は声も出せないまま通路の行き止まりの方へと吹っ飛ばされる。
攻撃を誘われた?身体を覆い隠す高等な魔術を使ってそんな引っ掛けをやらかす奴がこのダンジョンにいた?そんな報告は上がっていない。
この隠し通路は俺達が今日初めて見つけた。こいつはずっと此処に潜んでいたのか?いや、入口に待たせている見張りからも連絡が無いということは──
≪クロダ! 走る! 向こう!≫
──穂先が吹っ飛んだ槍を持って、唾を飛ばしながらリザードマンがこっちに駆け寄ってくる。
≪さっき! 罠! あれ!≫
刺激を受けた脳みその中に、閃きの電流がほとばしる。
「戻るぞ早く!!来い!」
素早くリザードマンが駆け抜け、俺はその背中を追いかけて、そのまた背中を俺の声に従う鉄塊が地響きを鳴らして追いかける。
見えた!地面に描きつけられ、背の短い草で隠された"転移の罠"……それとその手前に転がっているボロ雑巾になった明智の姿。
先行しているリザードマンが明智の上着の襟を引っ掴み──魔術陣の中に引き込んで、光に包まれ共に消え去る。
狙い通りだ。正確な位置までは分からんが、一旦外へ出られる!
一瞬だけ後ろに目線をやる。後ろのデカブツに視界が遮られて何も見えない。
あの正体不明の何かは追いかけてきているのか──今考えている暇はねぇ。
どうにか立て直さねぇと!謎の存在から不意打ちををもらって崩れちまったこの状況を!
魔術陣を力強く踏みしめる。
瞬く間に身体が光の粒子に覆われて──視界が渦巻き、暗転する──




