新人研修プログラム その2
「──よいしょっ」
侵入者を排除すべく頼りない足取りで寄ってきた、愛嬌すら感じるサイズの埴輪っぽいゴーレムに向かって太枝を一振り。
「ᛋᛁᚾᚾᚤᚢᚢ──」
持ち手から伝わる確かな手応え。
昔習ってた空手で瓦を割った時の感覚が蘇る。
ちょうど、オレが振るった太枝に吹き飛ばされるゴーレムの残骸は粉々になった瓦に似ている。色合い的にも。
頭部を薙ぎ払われた小型ゴーレムは、電源を切られたロボットのようにプツリと手足の動きを止め──首を刈られた勢いそのまま仰向けに倒れる。
「……え?終わり、ですか?」
「他に足音が聞こえないならとりあえずはそうだろうな。群れてたなら最初から複数でかかってくるだろうし」
「……なんというか、その……」
拍子抜け。言葉にするのは控えたようだけども顔にそう書いてある。
まぁ分かる。口には出さなかっただけ謙虚な方だ。
今は療養中の我が徒党の仲間なんかは、あの頼りない歩みのゴーレムが目に入った途端吹き出し、大声を上げて笑い出した。
彼も探索者になったばかりの若者で、たまたま自分が組合に登録し募集をかけていた【ワクワク冒険隊】に加入してくれた人物だったが、気合を入れて入ったダンジョンから出てきたのがこれだったから緊張の糸が一気に緩んだらしい。
ただ、緊張の糸がほぐれた、その後がよくなかった。
「言いたいことは分かるし、その感情は否定しない。……ただ油断はするんじゃないぞ。こいつらだって群れを作る程度の知能はあるし、個体差もある。もっと素早く動ける奴もいるし物陰から不意打ちしてくる奴だっているんだ」
「ふいうち、ですか」
「ああ、実際にもう病院送りにされた奴がでてるんだぞ」
それが自分のところの仲間だったというのは……言うべきか差し控えるべきか。
……本人の名誉を守るべきかな。
件の若者は茂木君といい、大学生くらいの歳だったと思う。探索者学校の魔術概論?のコースに通っていたが色々あって中退したとか言っていた記憶がある。
彼は学校からの支給品だったという短杖で容易くゴーレムを叩き割ると、緊張と口元を緩めてとめどなく喋りだした。
『魔物ってこんなもんかよ』『こんなの倒す方法教えてもらうためにあんなに金使ったのバカらし』
『これゴーレムってことは誰かが作ったんすよね?よっぽど腕無しの考え無しだったんだなぁ』
『あんまりにも役に立たなくて製作者ごと捨てられたんじゃないすか』
内容は……自分には予想のつかないことだからともかくとして、声量は抑えるように伝えた。
『あんな魔物に位置バレしたからってなんなんすか』『大丈夫でしょ』
返事は望ましいものじゃなかった。それどころか注意を受けたのにイラッと来てしまったのかオレを置いてずんずんとダンジョンの奥へ進んでいった。
まだまだ若くはねっかえりが強いことくらいなんとなく分かってたはずなのに注意の仕方を間違えたのか良くなかった。
急いで追いかけたけど、若者と出涸らしの中年とでは体力の差は絶望的なものでどんどん引き離され……最終的に姿を見失った。
どこかの曲がり道で振り払われたか、もしくは先に下へ進む道を見つけて降りて行ってしまったか。
連絡手段は渡しておいたが応答がなかった。いったいどこに、とそう思った時だった。
『ᚢᚾᚾᛈᚪᚾᚾᛏᚤᚢᚢ』『ᚢᚾᚾᛈᚪᚾᚾᛏᚤᚢᚢ』
『ᚵᛟᛏᚤᚢᚢᛁᚴᚢᛞᚪᛋᚪᛁ』『ᚢᚾᚾᛈᚪᚾᚾᛏᚤᚢᚢ』
目の粗い縄で簀巻きにされた誰かを担ぎ上げた四体程の小型ゴーレム。それがずんずんとこちらに向かって──そのまま自分を通り越し──ダンジョンの入口へ向かって、あのよたよたとした動きは何だったのか問い質したくなる速度で走っていった。
自分に興味がない、攻撃性のない魔物にわざわざ絡みに行く道理も主義も持ち合わせていなかったがこの時ばかりはそういうわけにもいかなかった。
──ぐったりとしたまま神輿のように担がれていたのは我が徒党のメンバーだったからだ。
ようやく見つけた茂木君の影をまた必死に走って追いかけて……やっと追いついたのはちょうどダンジョンの出入り口だった。
両手を膝についてぜぇぜぇと息を切らしてるオレを尻目に例のハニワ達は茂木君をそっと木陰に下ろすと、振り返ってこちらを数秒間じっと見つめてきた。
戦闘の予感に従って、腰に差していたメイスを抜き放った……が杞憂に終わった。
小型ゴーレム達はまた自分の脇をすり抜けて、巣穴に帰るアリのようにするするとダンジョンの中へ吸い込まれていった。
何が起こったか理解しきれなかったけれど、とりあえずやるべきことをやろうと、冷凍マグロみたいに横たわる後輩の介抱にかかった。ちょうど縛られた足首が尾びれっぽかった。いやどうでもいいな。
気は失っていたけれど呼吸の状態には問題なく、後頭部に大きなたんこぶができていたのを覚えている。
一瞬このダンジョンの最奥にある“回復の泉”に漬けてあげればいいか?という考えが頭をよぎったが、イレギュラーが発生した現状でそんなバクチに手を出すべきじゃないとすぐに思い直し、退却した。
『オレあんなのにやられたわけじゃないですって!』
連れ帰った病院のベッドの上で目を覚ました後輩の魔術師は、そういって自分が小型ゴーレムにやられたことを否定していた。
本人いわく、周囲にはちゃんと気を配っていた。見落としは無かった。ゴーレムどころか何の魔物の影も無かったはずの一本道でいきなり背後から不意打ちをもらってやられたという。
……後頭部のケガから後ろから殴られたことは真実だろうしまるきり嘘じゃないのは分かった。けれどまず犯人はゴーレムだ。
このダンジョンにはこちらを見ると逃げる草食性のスライムに小型ゴーレムしか確認されていない。
確かに突発的に別の魔物が湧いた可能性も否定できないが、そうなると探索者に対して不意打ちを選べるほど知能が高く、なんなら状況から察するに擬態能力──例えば“透明化”など──を持っている魔物に襲われたことになる。そんなヤバイ魔物にルーキーが襲われて気絶程度で済むわけがない。というか魔物サイドにそれぐらいで済ませてやる理由がない。
それかダンジョンにいた別の人間……強盗の仕業じゃないかと考えると、そっちも茂木君の持ち物が全部無事だったことの説明がつかない。
というか透明化みたいなそんな高等能力持ってるなら新人を襲うようなケチな真似せずにまっとうに稼げる。
そもそもあのやたら機敏なゴーレム達に追い出されてたんだから犯人はあいつらだろう。一体二体が気を引いている内に残りのハニワゴーレム達から後ろをガツンとやられた、といった具合か。
気絶にとどめてダンジョンの外に放り出したのは……なんだろうか。無力化のみを目的としてプログラムされていたのか何かの誤作動か。
まぁなんであれ、あれだけバカにした相手に一杯食わされたことを認めたくなくてあんな物言いをしていたんだろう。
まぁあんな啖呵を切っておいてむざむざ病院送りは相当こたえたろうな。
「とにかく、緊張はし過ぎるな。でも油断はするな。初心者向けだろうがなんだろうがダンジョンはダンジョン。いつ不測の事態に見舞われるか分からないぞ……もし君が倒れてもオレが無事に連れて帰ってこれる保証はないんだからな」
「は、はい」




