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現代ダンジョンは吸血鬼と共に  作者: kurobusi
死に土産の力

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10/29

崩落注意



「……は?」


思わず声が漏れる。

何言ってんだこいつ。


「くんな!!よんな!!バケモン!!」


眼の前の奇妙な生物は、ゴム製の牛マスクの鼻面と手に持った真新しい金属バットを無闇矢鱈に振り回す。


妙にリアルで眼がイッてしまっている牛頭の男に化物呼ばわりされた。心の底から心外だ。

端から見れば絶対お前の方が化物だろ。

ダンジョンの中で凶器を振り回す牛頭の男はほぼミノタウロスだろ。


確かにお前に仕掛けられた爆弾のお陰で身体中傷だらけにはなったが、ゾンビと間違えることあるか?まるで墓から這い出てきた死人を見たみたいに取り乱している。


……だが、俺に恐怖心を抱いているならそれはそれで好都合か。それなら“時間稼ぎ”に使わせてもらおう。


脳味噌に存在する記憶のファイル。その中の“映画”の付箋が貼り付けられた物を引っ張り出す。

……実物はまだ見たことが無いから架空のものをモデルにして何とかそれらしく振舞ってみる。


確か、首を枯れた向日葵の様に傾げ、両手は重力に任せぶらつかせ、決して走らず──いや作品によっては走るものもあったが何となくそれは違う気がするから、足首を引き摺るようにして歩を進める。


「……ア"、ア"……」


そして、肺に残った空気を吐き出す様なか細い呻き声。


「わっあ”っアッこあっ!!!」


効果は抜群のようだ。ものすごい勢いでスカジャンを着た牛頭の男は後ずさってゆく。

このまま逃げそうなくらい腰が引けている──いやそれは駄目だ。

こいつが何故泉を狙ったのか。目的を明らかにさせる為にも捕まえて身元を割らないと。


そして……それは俺一人では困難だろう。

自慢じゃなさすぎるが俺はそこまで腕っぷしには覚えが無く、魔術にも造詣が深くない。


何処ぞのダンジョンの浅層に湧く地を這うスライムや小型のゴーレム、ダンジョンに漬かり過ぎて魔物化した植物程度なら対峙した経験は一度や二度ではない。

だが、そんなのはちょっと体力のある人間ならそう難しいことじゃないし、俺にはそれ以上の経験は……ここしばらくは無い。


ダンジョンの中層、深層に進みたいなら俺のような探索者は所謂、調査団の一員にでも加わるかしないといけなかったが……いかん。余計なことを考えている。

あの牛仮面とつかず離れずの距離を取れ。“時間稼ぎ”に集中するんだ。

──セラさんが二階層のゴーレムを連れて帰ってくるまでの時間を。


このダンジョンのボスを担っているあの巨大なゴーレム。完全に自己修復に任せるなら再起動に三時間程要する……のだが、セラさんが直接直しにかかる場合は大幅に時間を短縮できる。お世話になりはじめてから今までそうした光景はしばしば見てきた。

ゴーレムが深い損傷を受けた際に、セラさんが慌てて駆けつけ削った洞窟の壁を材料にして修復し、その間ダンジョンに誰か入らないよう自分が見張りに立っていた。構造上入り口を閉じきるのは難しいらしい。


ともかく、“蝙蝠の群れ”に化けてこのミノタウロスもどきと上手くすれ違えた吸血鬼のダンジョンマスターは今頃ゴーレムの再起動に取り掛かっている筈。

損傷も激しい訳じゃない。額の呪文を修復し連れてくるだけならそう手間は掛からない。


それまでこいつをここに縫い留めておくのが俺の役目。そうすれば二対一の状況を作れる。対人戦の経験が薄い俺でもそれなら勝機を濃くできる。

しかしまさかゾンビと勘違いされるとは思っていなかった。随分思い込みが強い奴のようだ。だが僥倖。このままビビらせて──



「……あ、そうだ!!」



牛頭の、安っぽいスニーカーを履いた脚が後退るのを止めた?何を……

「“奥の手”があった──くらえオラアァッ!!」



洞窟に響く胴間声と共に──眼前に青い液体が詰まった細長い、試験管に似た小瓶が飛来する。


突然の、予想外の攻撃に全てがスローモーションになって目に映る。透明な小瓶の表面に付いた小さな傷までよく見える。

思わず、ゾンビらしく見せる為にだらしなくぶら下げていた腕を引き戻す──


パン、と薄いガラスが自分の手の甲で弾ける音。


何を投げられた?毒?硫酸?いや、手が焼けつく感じは無い。何ともない。これは……



「……あ……なんだよ今の?何で効かねんだよ!?聖水だぞ!?死ねよぉ!?」


……聖水。成程。異世界産の本物か。ゾンビには効果覿面の筈だものな。

勝手に泥沼に嵌ってくれて有難い。


「クソクソクソがクソッ──どっか消えてくれよぉぉッ!!!」


「う、おっ……」


金属の棒が荒々しく地面に叩きつけられる音が耳に届き足に響く。

震える手が真新しいバットを掴み、分かりやすく自棄になって此方に向かいながら上段に構えたまま走ってくる。

……まずい、我に返って冷静になられる程じゃないがこれはこれで困る。


変に避けられない。丁度いいと思って始めてしまった動きの遅い筈のゾンビとして不自然……いやもう変に怪我して逃がすよりかは──


「わあああぁぁアア!!!」


銀色の金属棒が眼前に迫る。再び目に映る全てが、時空を歪めた様にゆっくりと──



ゆっくりと────



ゆ、っくり、と────



…………本当に遅いな?


というか、おかしい。

こういう時は意識だけが先行している筈だ。緊急時にアドレナリンが分泌されるとかなんとかで。


なのに、身体が動く。普通に。時間がゆっくりと流れるこの空間で自分だけが普通の速度で。

よく考えればさっきもそうだった。どう考えても自分の身体能力では間に合わなかった筈なのに、自分の手は聖水の瓶を叩き落とした。


今もそうだ。なんてことなく手を伸ばせば、今まさに自分の頭に向けて振り下ろそうとされているバットに手が届く。

ほら、簡単にバットが握れる──


ぐしゃり、と手に覚えのある感覚。おにぎりを包んでいたアルミホイルを小さく纏める為に握り潰した時の感触。


「…………お、お?」


ひん曲がった?……いや、引き千切れた。バットは黄ばんだ綿のような中身をまき散らして、今自分の手の中に収まっている。


「えっ、アッ、なっ」


男の手の中には滑り止めテープが巻かれたグリップ部分しか残されていない。

何が起こった?


「おい……お前」


「わーーあ”あ”あ”!!!」


哀れなバットの亡骸を放り捨て、ミノタウロスもどきが走り出す──逃げられる!


「待てこらッ………!!止まれ!!」


此方もバットの亡骸を思いっきり、男に向かって放り投げる──が全くの見当違いの方向へ飛んで行く。


金属廃棄物の投射物は男から大きく逸れて洞窟の天井へ上昇し、突き刺さり、月の表面にあるようなクレーターを作り──


逃走者の真上から岩を夕立のように振り落とす崩落を、巻き起こす。


「え」


「わ”アッ…………」


男の姿は高速で処理されるパズルゲームのように積まれる岩に飲まれて、一瞬で見えなくなる。



呆然と立ち尽くす、自分の脚元に砂埃が舞う。



「…………サ、サジ君…………?」



砂埃の向こうに、巨大な人型の影。そしてその肩に乗る小柄な女性の影。



「ど、どうしたんだいこれ…………?」



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