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さようならクソ現世


「随分と……クソな……世の中になったなぁ……」


脚は折れて、服は血生臭くて、頭は血を流し過ぎてもうまともに働かない。


この独り言が、多分人生最後の言葉になる。



今から十数年前。まだ“公”の機関がまともに国を運営できていた頃。その崩壊を告げるように“迷宮”は各地に突然現れた。

雨後の筍なんて諺が可愛く見える位に続々と。おかげで生真面目な警察官だった父さんは最期までとんでもない苦労を背負わされた。


既存のどの生態系にも属さない生物で溢れかえる洞穴。体躯が優に数メートルを超す狼男達が支配する森。火に雷を自在に操る魔術師が主人の広大な館。


そして──俺があいつらに崖から突き落とされ、這う這うの体で転がり込んでしまったのは、宝物を守る石人形が不眠不休で巡回する地下迷宮。そう考えていいだろう。


何故分かるか?


「ᛗᚪᛗᛟᚾᚪᚴᚢᛗᛟᚴᚢᛏᛖᚴᛁᛏᛁᛞᛖᛋᚢ. ᚱᚢ-ᛏᛟᚪᚾᚾᚪᛁᚥᛟᚴᚪᛁᛄᛟᛋᛁᛏᛖᚴᚢᛞᚪᛋᚪᛁ.」


……もうぼんやりとしか見えない視界に、訳の分からない音声を再生しながら此方へ近づいてくる、人の身の丈を優に超える巨大なゴーレムが映っているからだ。

これが自分の最期か。



一人で良いから親しい人に看取られて逝くのが理想の最期だった。けど現実にそんな人はいない。

最後に見たのは、命からがら拾い集めた貴重な魔石を、両親が渡してくれた形見の手作りペンダントを俺の手から剥ぎ取っていくあの忌々しいパーティの奴らの顔。


身寄りもなく探索者育成学校にも通えず、必然的に物漁りになった自分が必死に集めた虎の子の財産に、実家を失った俺に唯一残された父さんと母さんの思い出。

この治安が悪い地域のオンボロアパートにはいつ泥棒が入ってくるか分かったもんじゃないから常に持ち歩いていた。


魔石の方は換金しようにも、ここら一帯の根の腐った冒険者組合の奴らじゃ安く買い叩いてくるのは眼に見えていた。だからいつかこのしみったれた地域を出ていく準備が整った時、まともな地域のまともな組合に掛け合って適正価格で買い取ってもらうつもりだった俺の唯一の財産。それを持っていかれた。


突然のことだった。

近所にあるいつものダンジョンから出てほっと一息ついた瞬間──背後からの一撃。

後頭部を何か硬いもので殴られ、倒れ伏した。

だが、意識までは手放さなかった。


『おい!やはりだ!隠し持っていたぞ!多分この中にある!』『やはりこいつだったか』


『この辺のやけに少ねぇし見つからねぇと思ったんだ……先客がいたんだな。ったく物漁り風情がよ』


『ねぇ……これ死んでないよね?言ったよね?危ない橋渡るの嫌だって』『注文がこまけぇな。トンでるだけだ大丈夫だ……大丈夫だよ……ああクソ息しにくい………もう外していいよな……』


『ちょっと!なら早くしてよ!コレが起きたらヤバイよ!』『分かっていますよ……』


無遠慮に身体をまさぐる手。揺れる脳味噌に響く不快な声。

頭の回らない中、ギリギリのところで気絶した振りをする判断が出来た。強盗集団が何を目的にしているのかも。


魔石は金に換えられても命には代えられない。情けない。悔しい。だがこうするしかない──


『おい、この首飾り……これだ。これにも魔石が……』


ペンダントのチェーンを引っ張られたその瞬間。考えるより先に反射的に身体が動いてしまった。

俺の手は、ペンダントを毟り取ろうとしていた男の分厚い手をしっかりと掴み返していた。


俺に意識があることに気付いた瞬間。奴らは血相を変え──その瞳の奥に、黒い決心の炎を宿らせた。



《ああ、顔を見られた。こいつは殺さないと》



そう思っているのが言葉無しに伝わってきた。

それを証明するように、奴らの脚は俺を踏みつぶし、骨を折り、魔術は皮膚の奥底まで焼き尽くした。



今度こそ俺は意識を失い…………ばきゃり、と硬い地面に叩きつけられ、鼻が折れる痛みで目を覚ました。


自分が切り立った崖から落とされたことに気付くのには少し時間が掛かった。俺が死んだと思った奴らは、“死体”を放り捨てたんだろう。


ギリギリのところで生きている。だが、結局自分は奴らの望み通りに死に向かっている。

不運なんてもんじゃない。苦しみのあまり身を捩っていると、転がり落っこちてしまった穴がダンジョンだったなんて誰が予想できるんだ?



「ᛗᛟᚴᚢᛏᛖᚴᛁᛏᛁᚾᛁᛏᛟᚢᚳᚺᚪᚴᚢᛋᛁᛗᚪᛋᛁᛏᚪ」


石が擦れ合う音。そして抑揚の無い機械的な声。ゴーレムが目の前にいる。そのごつごつした無骨な手に注射針の様な鋭い棘が見える。


それで一思いに心臓を突き刺してくれ。このクソッタレな人生を終わらせてくれ──



「……君!人間の君!しっかりしたまえ!」



意識を手放す刹那。鈴のように心地良い、人の声が聞こえた気がした。





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