第4話 風邪?
月曜日は憂鬱だ。
なんて言う人がいるけど、俺としては木曜日が一週間で一番嫌いだ。
学校の疲れが溜まってくる上、あともう一日学校があるという事実が精神的にも苦しい。
そんな木曜日――。
俺が朝食のパンを頬張っていると、キッチンに立っているお母さんに名前を呼ばれた。
「さっき連絡きたんだけど、真結ちゃんが風邪引いちゃったんだってさ」
今が冬ということもあって、どんなに予防していても引くときは引く。
昨日までの真結はいつも通り元気にしていたし、最近は運良く毎朝一緒に登校することになっているから、なんだか調子が狂うな。
それにしても、一人暮らしで風邪とは大変だろう。
「へぇ、そうなんだ」
「淡白な返事っ――。もう少し真結ちゃんのこと、心配してあげなさいよ」
「うんうん、そうだぞ」
「お父さんまで……」
首を縦に振って、激しく同意している。
お母さんと似ているのはそういう巡り合わせだったのか、両親二人揃って息子の恋愛について口を出そうとするのだ。
「いや、俺は後でメッセージ送っとこうと思ったん――」
「――そんなんじゃ駄目よ」
俺の言葉はお母さんによって遮られた。
「こんなときでも一人で、きっと真結ちゃん辛い思いてしるはずだわ。学校に行く前に、真結ちゃんの家に寄っていきなさい」
「……は?」
「は?――って、辛い思いしてるに決まってるでしょ」
「うんうん、そうだぞ」
「そっちじゃなくて、急に寄っていけなんて言うことに対してだよ!」
ワンパターンしかないお父さんのセリフは置いておいて、絶対にすっとぼけしているお母さんにツッコむ。
すると、なんでそんなこと言うのかな――みたいな表情をしてきた。
第一、俺じゃなくてお母さんが行ってあげたほうが、実用性でも良いだろう。
なんて思ったそのとき――。
「裕誠が行くから意味があるのよ」
俺の考えが見え透いているのか、ピッタリなことを言ってきた。
「分かった、ちゃんと寄って行くから……」
「うんうん、そうだぞ」
これ以上言っても意味がないと悟った俺は、真結の家に寄り道することに決めた。
まあ、真結のことは心配だし、学校に行く途中だし良いのかもな――。
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ピン、ポーン――。
俺が呼び鈴のボタンを押しても、一向に出てくる気配がない。
動けないほど辛い風邪で、寝込んでしまっているのかと思案していると、ポケットに入れてあるスマホがバイブした。
画面ロックを解除してみれば、真結からのメッセージが送られていた。
『開いてるから勝手に入って』
セキュリティ的にどうかと思うが、俺は玄関のドアノブに手を掛けて捻ってみる。
軽々とドアは開き、俺は家の中へと侵入した。
すると、ちょうど真結から二件目の着信が届いた。
『私の部屋に来て欲しい』
てか、なんで真結は知らせてもないのに、俺が来ることを知っているんだ?
まぁ、どうせお母さんだろうがな。
俺は一週間前と同じように、真結の部屋に向かっていく。
今日こそはあんなことはしない――と分かっているのに、見覚えのある景色が快楽の記憶を蘇らせて、抑え得ようとしても無意識に身体が反応してしまう。
そういうのは両想い同士がするべきだし、それを元に真結の気持ちを断ったばっかりなのに――。
なにより相手は病人だぞ。
方法を色々考え、俺は学校のおばちゃん先生のことを思い出して、かろうじて抑えることができた。
そんなこんなをしていると、真結の部屋の前についた。
俺は二回ノックしてから扉を開け、中に入った。
そこのベッドには、頭の部分まで布団に覆われた、おそらく真結であろう物体があった。
「真結、来たぞ」
「……」
反応がない。
寝てるのかと思ったが、ついさっきまでメッセージを送ってたし、そんなことはないだろう。
「熱出てるなら、頭まで布団を被らないほうが良いと思うけど」
「……」
やっぱり反応がない。
「どうしたんだ、真結? ちょっとだけ布団めくるぞ」
無言の了承を得て、俺はおそらく顔がある位置をさらけださせた。
そこには辛そうな顔で、迫り来る怠さと痛みに耐えている真結が……。
いなかった。
いや、真結はいたのだが、全然健康そうな顔でしたり顔をしている。
「おはよっ、裕誠」
喋り方も、元気そのものだ。
これは完全に風邪が嘘のパターンだろうが、一応聞いてみるか。
「真結、風邪じゃないのか?」
「うんっ」
「じゃあ仮病?」
「そうっ」
「なら、もう帰っても良いか?」
「ダメっ」
真結の抑止は無視して、ベッドから視線を逸らし、ドアの方へと身体を向きなおす。
しかし、真結がベッドから身を乗り出して、俺のリュックの紐を掴んできた。
そんなに帰って欲しくないのか、目を若干うるうるさせて、同情を煽ってくる。
「話だけでも聞いて」
「……少しだけだぞ」
「提案なんだけど、裕誠も一緒に学校サボらない?」
「いや、授業もあるから」
「一日くらい居なくても大丈夫だよ。もし授業内容が分からなかったら、私がちゃんと教えるし」
真結は成績も毎回上位5人には入っているし、それなら心配はいらなさそう――、だけど……。
「こんな青春みたいなことするチャンス、滅多にないよ」
「んー……」
そこまで言われると、しても良いのかも、と思ってくる。
ラノベ読みの俺としての、ピンポイントでしてみたいことを突いてきて、真結には逆らえない――真結は策士だと思った。
「もし何かあったか、私が全責任をとるから。裕誠のお母さんには、私の看病をしてくれることになったって伝えるし」
「……分かった。今日だけだぞ」
「やった、ありがとっ」
根負けした俺は、ひとときのサボタージュを味わうことにした。
大きな微笑みで嬉しさを表現してくる真結が、ただサボりたかっただけなのか、他の真意があるのか、俺にはとんと見当がつかぬ。
まあ、そんなことを言っても無駄だし、せっかくするには楽しまないとな――。
「そうだ、真結。今日は何する予定なんだ?」
「んー、まだ秘密。私が朝ごはん食べ終わってからするから」
だらだらするだけ――とかはないと思うし、今日のところは真結に任せるとしよう。
電話で俺のお母さんに連絡してくれた真結。
風邪を引いてる演技が上手すぎて、騙されるのも仕方がないと思うほどだった。
「裕誠が看病してくれるって伝えたら、二つ返事で良いってさ」
「だろうね……」
「あと、学校には二人仲良く風邪を引いたって連絡入れるって」
「……うん」
二人仲良くが余計な気がするが、お母さんは実際にそう送ってしまう性格なのだ。
もう、諦めるしかない――。
そうして、二人だけの背徳感を共に過ごすことになった。