第17話 気持ち
玄関から出てきた真結は、パジャマのようなラフな格好だった。
俺が来るなんて微塵も思わなかったのだろう。
翌日、同級生の女子と遊びに行くと言っているのだから、そう思うのは妥当だ。
「とりあえず入って――」
「ありがとう」
そんな会話をして、俺は真結の家の中へと入っていく。
幾度も来て見慣れかけた景色なのに、俺は先を歩く真結の背中を見ると、頭が緊張で溢れてしまう。
何から話すべきなのか、何から謝るべきなのか、考えれば考えるほど、答えが分からなくなる。
階段を上ると、これまた記憶にこびりついた部屋にやってきた。
真結はいつも通りベッドの上に座ったが、俺は真結の正面の床に正座した。
部屋独特の良い匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。
「裕誠、話ってなに?」
見下ろされる形で言われて、真結の素っ気ない言い方も相まって、少し萎縮してしまう。
部屋に入って数十秒で本題になるなんて、俺の気がやられそうだが、今日こそは言うと決めたのだ。
だから、俺は口を開いた。
「真結――。最近、堀内とばかり話しててごめん。真結が辛そうな顔をしてても、無視しちゃってたところもあるし。本当にごめん」
「別に良いよ。由樹と仲良くしたいなら、勝手にしたら良いんだから」
「そう言うことじゃなくて……」
真結にそう思わせたのは、紛れもない自分自身という事実が重くのしかかる。
「俺は真結との関係がいけないことだって頭の片隅では思ってて――。だから、堀内に普通の恋愛を誘われて嬉しかったし、アプローチ……みたいなのをされて、正直言って良いなって気持ちが揺らいだんだ」
「……」
「でも、真結が今日休んだのが俺のせいだと考えたら、頭がだんだん冷えてきてさ。俺は、普通の恋愛に恋してただけなんだ――って思った」
真結は黙って聞いている。
それが良い意味でなのかが不明なのだが、ただ伝えることに集中しよう。
これで嫌われても、俺が悪いだけなのだから。
「真結とはあんな関係だったけど、それでも真結を特別に見てるのは変わらない。こんな、良い感じの女子がいたら、ひょいひょいついて行っちゃって、何も考えられないようなクソな自分。そんな俺だけど、正直になったら、気づいたんだ……」
ここで言うのか、俺は、あのセリフを――。
真結はここまでの言葉で納得してくれるのか、不安になる。
俺は真結を、優柔不断――曖昧で決められない性格のせいで、色々傷つけてしまった。
それがこれだけで解決するなんて、にわかには信じられない。
だけど、今、言うしかないんだと思う。
「俺は真結のことが好きなんだ――」
真結の目が少し潤んだ気がした。
「明日、由樹とデートするんじゃなかったの?」
俺が曖昧なせいでしてしまったデートの約束――。
適当に過ごしてきた今までなら、なりふり構わず行っていただろうが、今の俺はちがう。
だから――。
「ちゃんと断る」
と、はっきりと断言した。
真結は安堵したのか、溜め息を吐いた。
でも、すぐに何かを思い立った様子で、こちらを見つめてくる。
「いま、電話して」
「ぇ……、あぁ」
「私のことが好きなら、裕誠のことが好きな女子を私だけにして――。良いでしょ」
「うん、分かった」
真結の言うことは聞いてあげたいし、それをするのが俺としても正しいと思う。
俺はスマホを取り出して、堀内に電話をかける。
「もしもしっ、真結ちゃん、どうだった?」
「まぁ、色々あった」
「なにそれ、詳しく教えてよっ」
真結が厳しい目線をこちらに向けてきて、余計な会話はできない。
涙ぐんでいるから、なおさらだ。
「それよりも、明日の話なんだけどさ――」
「なに……?」
何かを予見したのか、堀内の声色が変わった気がする。
「行けなくなった」
「ぁ……、うん――。そっか、分かったっ」
「ごめん」
「良いよ、別に。そう言うことなんでしょっ」
俺が軽くそうだと言えば、堀内は「がんばってっ」と言い残して電話が切られた。
俺はツーツー――と音を鳴らすスマホを見つめる。
絶対に、これで良かったんだ。
「裕誠――」
頭上の方から声が聞こえて見上げると、いつのまにかベッドから立ち上がっていた真結がいた。
「これで、裕誠と付き合ったんだよね……」
「真結が、告白を一回断って、酷いこともした俺で許してくれるなら……」
「何言ってんの? 私はずっと裕誠が好きなんだよ?」
至極当然のように言ってくる。
それは近頃ずっと分からせられていたから、俺もそうだと思わざるを得ない。
「ハグして良い?」
「あぁ」
「してほしい?」
「うん」
俺は真結にハグされた。
真結とそういう行為をするよりも密着度は低いはずなのに、なぜかそれよりも心が幸せになる。
この関係に、特定の行為は必須でなくなった。
半年前にしても、こんな気持ちにはならなかった。
だから今こうなっているのは、真結に好きにさせられたから――または、好きに気づかされたからだろう。
「私のこと、好き?」
「好きだ」
「私も裕誠が好き」
好き好きの会話さえも、不思議と楽しく感じる。
身体に伝わってきた真結の涙が、俺に責任の重さを知らしめる。
それは、真結の気持ちを代弁するようだった。
しばらく抱き合っていると、真結が貫くかのごとく、まっすぐ見てきた。
怒るでもなく、訴えかけるでもない、ただの目線。
これが愛なのか。
真結の純粋な気持ちに触れ合うことができて、そして――。
俺は真結を心から大切にすると誓った。
もう絶対、真結に悲し涙を流させない。
◇あとがき◇
次回、最終回です。
エピローグみたいなものですがね。
最近、文字数が少なくてすみません。
物語の構成と私生活の都合が色々あるので……。




