第12話 修羅場
「裕誠……、由樹……、何してるの?」
背後を振り返ると、異様なまでの笑顔をした真結が立っていた。
それは現場を発見した彼女みたいな恐ろしさを含んでいて、付き合っている訳でもないし、ダメなことをしている訳でもないのに、心拍数が爆上がりしてしまう。
なのに、堀内はけろっとした様子で真結に近づいていく。
「真結ちゃん。わたし、東郷くんのこと好きになったかもしれない」
「……は?」「……ぇ?」
多少は身構えたが、俺が好かれたという事実に開いた口が塞がらない。
真結も同じ気持ちだろう。
「由樹は私のこと応援してくれるって言ってたよね――。なんで……」
「さっき真結ちゃんがいない間にさ、東郷くんが男に言い寄られてたわたしを助けてくれたんだ。だからだよっ」
さっきまでのことを思い出したのか、堀内は恍惚とした表情を浮かべた。
堀内のそんな顔は見たことがなくて、本当に俺を好きなのだと理解させられる。
が、真結はまだ信じられないようで――。
「弱い裕誠が助けられる訳ないじゃない。嘘吐かないで――」
「真結は東郷くんに助けられたことが無いんだね。わたしのために四万円も出せるなんて、嬉しかったなぁ」
「なに? どういうこと?」
意味不明だ――と、真結は俺を見つめてくる。
「お金を渡して、堀内から離れろって言ったんだ」
「なにそれ――。それで惚れたの?」
「どんな方法だとしても、わたしは東郷くんがカッコいいなって思ったのっ。もうすでに大ー好きっ」
一ヶ月の間に、二人の女子から好意を向けられるとは思いもしなかった。
俺がどう仲裁すべきか、はたまた仲裁すべきでないかなんて分からない。
すると、真結が俺の手を掴んできた。
「でも残念。裕誠は私のことが好きなんだよね。さっきまで、良い雰囲気だったよね」
「ぇ……。まぁ、そうだけど」
こんなところで真結が好きだと暴露するなんて、一ミリも思わなかった。
真結に聞かれているなら、答えるしかない。
「東郷くん、正気になって――」
堀内は真結の手を弾いて、俺の手を掴んだ。
「今の東郷くんは、真結とセックスしてしまった罪悪感からそう思ってしまってるだけなのっ」
「……」
堀内の言葉は、真結よりもハッキリしていて、俺の本当の気持ちを捉えてくれる。
飾り気がないから、俺に寄り添ってくれる。
だから、聞き入ってしまう。
「そう考えてしまうのは仕方ないっ。でも、本気で真結に好意があるっていうなら、それはただの性欲でしかないってことだけは理解してっ」
「……うん、そうなのかもな」
俺は堀内の言い分を飲み込んだ。
そのとき、真結が「違うっ――」と引き攣った声を出した。
「裕誠は私のことをちゃんと好き。今日のデートも楽しかったでしょ。それが証拠よ」
「……」
よく分からない。
真結の言い分まで正しい気がしてきた。
今日のデートは純粋に楽しめたんだ――。
「セフレじゃなくて、カップルでいる方が体裁が良いから、心がそう思ってるだけだよっ。人間って世間体を気にするものなのっ」
軽々しく言ってのけるから、正しいことなんだと嫌でも思う。
「それとこれとは関係ないでしょ」
「東郷くん――」
真結の言葉は無視された。
「東郷くんは、性欲だけの関係は嫌だよね。もちろん、わたしもそうだよ。だからさ、わたしはセックスするのは付き合ってからって決めてるのっ」
それは世間一般の当たり前なのに、俺からすれば新鮮に感じられる。
そして、その正しさに惹かれてしまう自分もいる。
堀内と付き合うのが、一番良い展開――。
つまり、真実の愛に辿り着く最善の選択肢なのかもしれない。
「だから、真結ちゃんなんて忘れて、一緒に純愛しよっ」
「由樹について行かない方が良いと思うよ……」
俺は今ここで答えを出すことはできない。
二つの考えが入り乱れて、ショートを起こしてしまいそうだ。
「まぁ、いつでも良いからねっ。真結を捨てるその日まで、待ってるからっ」
「由樹――」
「あ……でも、できるだけ早めにねっ」
「ちょっと――」
堀内はショッピングモールの中へと消えていった。
「なんなの、アイツ。私のことを頑張ってるとか、応援してるとか、言ってくれたのに……」
真結はかろうじて涙を堪えていた。
俺は横からただ見るだけだ。
これが、友情が破裂する瞬間か――。
初めて見た。
周囲の人々も、話し合っている内容や飛び交う言葉がアレだったことも原因か、こちらを傍観している。
「裕誠、私のことを好きって思う?」
「……」
うん――と言えば楽なのに、応えたくない自分がいた。
「分かった。もう、帰ろう――」
俺の手は真結に引っ張られた。
そして、俺たちは駅の方へと歩いて行く。
公園内では多かった奇異の視線も、駅舎に着く頃には全くなくなっていた。
「由樹の言葉は信じたらダメだよ」
「……うん」
ホームで電車を待っていると、真結にそう念を押される。
「自分の胸に手を置いてみて、真結が好きだって分かるはずだから」
「……」
いくら胸に問いかけても、規則正しい鼓動が聴こえるだけだった。




