第11話 邂逅
水族館の後、俺たちはこのあたり一帯で一番大きな駅へとやってきている。
適当に見繕ったスパゲティ屋で少し遅めの昼食を取ると、何か買うわけでもなく、ただ駄弁りながらウィンドウショッピングを楽しんだ。
そして今は、近くにある都市緑化の一環だという公園にいる。
午後五時――。
冬の夕日はもうビルに隠れてしまって、街灯は点灯を始めた。
「裕誠、今日は楽しかった。ありがと」
「感謝するほどじゃないよ。俺も結構楽しく過ごせたし」
真結のやけに素直な言葉に、俺は嬉しく感じながら応える。
「本当……?」
「本当だから」
ペンギンとかの中型動物よりも、クマノミやイワシといった小さいのが好きだってこと――。
俺に渡してくるほどトマトが苦手だってこと――。
今まで知らなかったことを沢山知れて、新しい真結を見つけられた。
嬉しくて、それを不覚にも可愛いと思ってしまう自分がいた。
「私、脅すみたいにデートに誘っちゃって、嫌われてないかなってずっと不安だったんだよ」
「真結は取り繕うのが上手なんだな。気づかなかった。ごめん……」
「私こそだよ――」
都会の中の公園が醸し出す非日常感は、俺たちを正直にさせる。
俺は思った。
俺は真結のことが好きなのかもしれない。
すでに抱いていた感情を、世間では好きと呼ぶのかもしれない――と。
でも、伝えることはできない。
真結の告白を拒否したのに、それでいてこんな関係になったのに、いまさら「OK、好きです、付き合いましょう」なんておかしすぎる。
「……」
「……」
沈黙なのに、心地のいい時間が流れる。
このまま平和みたいな空間が続けばいいと思った。
真結も、俺と同じ考えだったらいいな――。
「ちょっとお手洗い行ってくる」
「あぁ、分かった」
近くの建物へと消えていく真結を眺める。
真結が中に入った五秒後――。
「なによ! 出会って初日に行くわけないでしょっ!!」
「ゆきちゃんも経験したら分かるよ。だからさ」
「うるさい。さっさとどっか行けっ!」
その建物からナンパ中らしき男女が出てきた。
「今日いろいろ買ってあげたよなぁ」
「こんな奴だとは思ってなかったのっ!!」
周囲の興味を引きながら、段々とこちらに向かってくる。
なんでこっちに来るんだよ――。
せっかくの時間を台無しにされて、俺は無性にムカついてきた。
少し場所を移動しようか、真結には後で伝えればいいだろう。
俺は重い腰を上げて歩き出した。
不満を表すように、その男女を睨みつける。
………………。
…………。
……。
「……堀内?」
俺は思わず立ち止まった。
ナンパされている人が、クラスメイトの堀内由樹に似ていた。
というよりも、完全に堀内だったからだ。
ずっと彼氏が欲しいと騒いでいたから、このままにしておいてあげよう――。
そう考えて逃げたかったのに、堀内が真結の親友なせいで、逃げられない。
明らかに困っているのに見捨てれば、もしそれを真結に気づかれたときに嫌われてしまう。
「東郷くん……?」
いつの間にかかなり近くに寄ってきていた堀内が、俺を見つけて呟いた。
正確には声は聞こえなかったが、口の動きで伝わった。
「んぁ? こいつ、知り合いか?」
「わたしのクラスメイトだけど?」
依然として、ナンパ男にはあたりが強い堀内。
俺はどうすればいいのか――。
よくあるライトノベルみたいに、武術を習ったことがあるだとか、実は最強でしたとか、そんなことはあり得ない。
「この子がしたくないって言ってるなら、諦めた方が良いと思う――」
俺には言葉しかない。
だから、できるだけ柔らかく伝えた。
が――。
「うっせぇな、何様のつもりだよ。ただ同じクラスなだけだろ」
やっぱり反感をかった。
そして、続けて言葉のパンチまでもが飛んでくる。
「もしかしたら、助けたら惚れられるかもとか考えてるかもしれんけど、そんな訳ねぇからな。逃げるなら今のうちやぞ」
「そんな考えは持ってないから。俺はただ堀内を助けたいからいるんだ」
一丁前なことを言っているが、俺はすごく戦々恐々している。
体格差は明らかだし、暴力になったら絶対に負ける。
ケガをするのは必然だ。
「東郷くん、わたしのことはどうでも良いから……」
「だってよ。ゆきちゃんはお前のことを信用してないんだなっ」
「そういうことじゃないっ!」
堀内は声を荒げて否定する。
それだけで、俺は少しだけでも落ち着くことができる。
そのお陰で、良い解決策を思いついた。
「堀内って、どれくらい――何円ぐらいの価値があるんだ?」
「は……?」
男が意味不明――と怪訝な顔をしてきた。
堀内も軽蔑の目を向けてくる。
自分でも酷い言い方だとは思うが、我慢して欲しい。
「で、どうなんだ?」
「まぁ、こんなのは三万くらいかな――」
俺はカバンから財布を取り出して、中身を確認する。
四万と五千円くらいか……。
人生初めてのデートで右も左も分からず、大金を持ってきていてよかった。
「これで、堀内を諦めてくれるか?」
「東郷くん、なんで――!?」
俺の手にある四枚の渋沢栄一を見た堀内は、驚きの声を出した。
「ふーん、金で解決ってことか。まぁいいだろう。こんな奴よりも可愛いヤリマンなんて、死ぬほどいるからな」
そう言って、男は俺から札をぶん取る。
するとそのまま、どこかへと帰っていった。
これで一応、解決か。
「東郷くん、お金がっ……」
男が見えなくなったところで、堀内は俺を心配そうに見つめてくる。
「あれで、堀内が何もなかったのなら安いもんだよ」
「ちょっと待ってね……」
すると堀内は、俺にお金を差し出してきた。
二万円と三千円だ。
キリが悪い数字なのをみると、持ち金全てなのだろう。
「これだけじゃ少ないよねっ。でも、わたし今これだけしか持ってなくて――」
「受け取れない。堀内が悪い訳じゃないんだから」
「でも、東郷くんは良い人だから、もらうべきだよっ」
「でも……」
堂々巡りの会話を続けると、先に堀内が諦めた。
「分かった。じゃあ、他のことで恩返しするね」
「そんなことしなくても……」
「これ以上は割り切れないっ」
「……なら、それで」
俺もここで折れるしかないのか――。
それを聞いた堀内は、にこやかに笑って「それで良いんだよっ」と言った。
すると、俺の両手は堀内の両手に握られた。
「東郷くん、今から二人で遊ぼうよっ。お礼も兼ねてさっ」
「いや、今日は真結と一緒だから……」
「ん? 真結ちゃん? どこにもいないけど――」
「お手洗い……って――」
そんなことを勝手に言うのは憚られたが、言うしかなかった。
「あーね」
「三人でなら、今からでも……」
「真結ちゃんは関係ないからさ。またの機会に、二人だけで行こうよ」
「でもな――」
好きな女子がいる……のに、好きでもない女子と遊びに行くのはいかがなものかと悩む。
「東郷くんは、真結ちゃんと付き合ってないんだよねっ」
「そうだけど」
「それなら、心配することはないよっ」
躊躇っている理由を伝えてないのに、予測して大丈夫と言ってくれる。
堀内の言葉は、本当に良いと思ってしまうほどの破壊力があった。
俺の目をしっかりと見つめてくれて嬉しい。
すると、堀内の目線が少し揺らいで――。
「東郷くんっ!」
唐突に、俺の腕が堀内に抱かれた。
その顔は真結に似ている気がした。
しかも真結に引けを取らないほどの胸まで感じる。
「堀内、やめろ……」
やっと言葉が出た。
そのとき――。
俺の背後から、明るくて重い声が聞こえた。
「裕誠……、由樹……、何してるの?」
◇あとがき◇
次回、修羅場。誰とも付き合ってないのに。
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