第10話 なりきりカップル
土曜日の朝10時前――。
俺が最寄り駅に着くと、改札前の壁にもたれ掛かる真結がいた。
一昨昨日、文藝部に遅れてやってきた真結の唐突な一言によって、俺たちはデートをすることになったのだ。
だからか知らないが、今日の真結はいつもより可愛らしい服装をしている。
「裕誠、おはよ」
「おはよう」
真結は俺を見つけると、こちらに軽く手を振ってきて挨拶を交わした。
幸せそうな笑顔で、側から見るとカップルと大差ない状況。
中学時代の同級生に見られることを避けるためにも、俺はすぐに改札に向かおうとする。
しかし、真結に肩を掴まれた。
「なんでそんなに焦ってるの? やましいことでもあった?」
「別に……。ただ、知ってるヤツに見られたら、付き合ってるって勘違いされるだろ。だからだよ」
「いいんじゃない? 勘違いされても――」
いや、真結は実際に好きだからそうなのかもしれないが、俺からすれば……。
なんて大衆から反感を買いそうなことを考えた。
口に出すのは憚られて黙っていると、真結が続けて話し出した。
「今日はさ、私のことを彼女だと思って接してみてよ」
「彼女って……」
「そうしたら、裕誠の気持ちもハッキリするんじゃない?」
「まぁ、そうなのかな……」
俺は顎に手を当てながら、ぼんやり考えてみる。
真結の言い分は釈然としないが、試すだけ試してみようと思った。
こんな女子が彼女だったら、周りからは羨望の的だろう。
正直に言って、それ自体に嫌な気はしない。
「裕誠っ――」
語尾にハートが付いていそうなほどの、愛を求めるときみたいな甘い声が横から聞こえた。
どういう訳かと真結の方を向くと、腕を広げて抱きしめられた。
「真結――?」
「会いたかったよぉっ。大好きっ」
「急に何だよ……」
真結の確かな胸を感じる。
何度も直接見て、触ったこともあるが、これはこれで俺の理性に干渉した。
「だって、一年も会えなくて悲しかったんだもん」
「……」
昨日会ったばかりだぞ――。
そんな指摘はお門違いなんて分かっている。
「裕誠も同じ気持ちだよね」
「あぁ」
「だよね。大好きっ」
抱きしめられたまま、目の前から来る『好き』の言葉がリアルすぎて、俺も応えそうになる。
でも、ここで好きと言うのは仮初でしかなくて――言いたくない。
「裕誠は――?」
「……」
「デート終わったら、私の家来るんだよね――」
「それは今は関係ないだろ」
真結の言葉は、結局のところ身体の関係になってしまった俺に響いた。
これぐらい許してくれるよね――。
なんて声が聞こえてきそうだ。
「で、好き?」
俺の身体はもっと強く抱きしめられた。
するとなると、真結の胸がさっきまでより押し潰される。
これを言うだけで許してくれるなら、簡単なことかもしれない――。
「あぁ、大好き。愛してるぞ」
俺がそう言うと、真結は満足げに微笑んで、腕を解いてくれた。
でもすぐに、俺の腕に真結の腕が入り込んできて、腕を組む形になった。
「みんなに見られてるね……」
「そうだな――」
考えないようにしてたのに、真結が囁いてきて意識させられる。
さっきからずっと、子供から大人まで道ゆく人がこちらをチラ見してきていた。
公衆の面前で好き好き言ってるカップルがいれば、見られるのも仕方がないのだが、少し恥ずかしい。
俺はこういうのは好みじゃないんだがな――。
「じゃあ、行こっか」
真結は改札へと歩き出した。
俺は横を同じ歩幅で歩く。
真結によると、今日は水族館に行ってから大きな駅でショッピングという行程らしい。
「あ……」
改札の前で真結が声を漏らした。
さすがに改札を腕を組んだまま通ることはできない。
真結は腕を俺から外して、別々に歩く。
そんなに残念そうな顔をするのはやめて欲しい。
ホームに着くと、また腕を組まれた。
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ペンギンやアザラシの水槽よりも圧巻な光景が現れた。
太平洋をモチーフとしているらしい。
「あれがジンベエザメだよね」
隣で同じ水槽を眺める真結が俺に聞いてきた。
「そうだろうな。凄くデカい……」
「うん。これ見れただけで来てよかった」
「あぁ」
その後は何も話さずに一つの水槽をしばらく見続けた。
無言でも楽しい時間とは、こんな時間のことを言うのだろう。
そんな当たり障りのことをしながら、俺たちは一時間半ほどをかけて全てを見終わった。
いつからかバカップルの振りをするのを忘れていたが、思い返せば充分にカップルのようだっただろう。




