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サトウさん

それからミエコさんも一緒に家まで送ってくれて、売れた人形の発送の為の荷造りと出勤のための服を選んだ。

下はスカートばかりだったけど、なんとかトップスなどは仕事に支障ないのはあったので、ユニクロで買ったパンツやジーンズと合わせてしばらくの間はなんとかなりそうだった。

ミエコさんは、まず仏壇に手を合わせて

「お邪魔してすいません。でも、アカネちゃんの事を少し任せて下さいね」と言っていた。

ふと、母がいたらどんな気持ちになるんだろうと思った。

私自身は、ミエコさんに対してはあまり複雑な感情はない。

顔も覚えていない父のお嫁さんなのだ。

それに今日一日会っただけだが、親戚のお姉さんのような感じがしている。

タクミは・・・やっぱり弟だという気持ちが芽生えている。

母の鏡台から使えそうな化粧品を選び、翌日の出勤のためのメークアップも教えてくれた。

未開封のものとか残っていたので、使えるでしょうとの事。

その他は処分することにして口紅だけは、派手にならないようにと色付きのリップクリームの新品をくれた。


「なぜ、こんなにしてもらえるんですか?」と私が問うと


「あなたのお父さんと結婚して幸せだったからよ」とミエコさんが笑った。


荷造りを終えた人形たちを車に積んでタクミとミエコさんは帰って行った。


翌日、朝早くにタクミが迎えに来てくれた。

「緊張して眠れなかったんじゃない?」と私の顔を見てクスリと笑った。


その通りだ。

いろんな思いが巡って眠れなかった。

もちろん、初めて仕事に行くという緊張もある。

朝は、メイクに30分もかかった。


会社につき、タクミは大学に行くからとすぐに戻って行った。

昨日、社員用の入口を聞いていたのでそこに入る。

いろんな人がバタバタと入っていく、その度に「おはようございます。」と小さい声であいさつをした。

更衣室では、昨日会ったマエダさんがいて、入ってきた女性社員に私の事を紹介してくれた。

事務所も入れて10人ほどの女性がいるそうだが、正社員は総務のヤマダさんと他の事務の人が二人と出荷場の主任だけだそうだ。

後は、パートタイムの人ばかりらしい。

短時間で働いている人もいて、今日出勤じゃない人もいた。


一度に名前を覚えらそうにない。


制服を上に着て荷物をロッカーに入れた時にヤマダさんが入ってきて、一緒に朝礼に行きましょうと言ってくれた。

昼食の申し込みとタイムカードを押すのを教えてくれて、その後に朝礼の場所に行く。


食堂で毎朝するそうだ。

入って並んでみて少し怖くなってきた。

ほとんど男性との交流がなかった私にとって、並んでいる男性社員はみんな怖そうに見えた。

それになんとなく荒っぽそうな人が多いような感じがする。


ベルが鳴り、朝礼が始まった。

社長さんの挨拶があった後に、ヤマダさんが私を紹介してくれた。

「今日から組立で働くことになったイトウさんです。」と。


私はなんとか

「よろしくお願いいたします」とだけ言えた。


朝礼が終わり、次々と食堂から社員の人が出ていった。

その中で「あんた、モリモトさんの娘さんなんだってね。頑張ってね」と声をかけてくれる年配の人もいた。

話すとみんな荒っぽそうな印象が和らいだ。


その後に組立の仕事場に行き、マエダさんから仕事を教わる。

図面と指示書を渡された。

この日は、とても小さい部品同士をくっつける仕事だった。

一生懸命にやったが、目が段々チカチカして肩がこわばってくる。

ふと顔をあげてみると、驚いたことにカミデさんが、ものすごいスピードでくっつけていた。


サトウさんが小声で言う。

「すごいでしょ。あの年で眼鏡もなしであのスピード。神の手さんと言われるのわかるわよね」と。

私はそのカミデさんの速さの3分の1ぐらいで必死にくっつける。


マエダさんがそんな私を見て笑いながら。

「最初からそんなに頑張ったらしんどいわよ。イトウさん充分初めてにしては早いわよ。器用なのね」と言ってくれた。


昼までの時間がなんと長かった事か!

昼休憩の時は、食堂でいろんな人が話しかけてくれたのだけど、疲れすぎてあまり覚えていない。

それと、会社で頼めるお弁当は私にとってかなり多すぎた為、食べきるのに大変だった。

自転車で通えるようになったら、通勤時にコンビニででも買ってこようと思った。


昼からの時間も長かったけど、朝よりは慣れた為か朝よりは短く感じた。


終業時間を知らせるベルが鳴り、後片付けをしてタイムカードを押して着替えて会社の外に出ると、タクミが迎えに来てくれていた。

一緒に出てきたサトウさんに「彼氏?」と聞かれ慌てて否定する。


「弟なんです」という。

少し照れ臭かった。


帰りは一旦タクミの家により、自転車の練習や交通ルールを覚えた。

夕飯はミエコさんが用意してくれた。

「疲れたでしょ。今週は私が用意するから食べて行ってね」と。

ミエコさんは、今自宅で仕事をしているそうだ。

タクミが生まれるまでは、タイヨウ金属で事務をしていたそうだけど、タクミを生むときに長期の入院をしないと駄目で辞めて、そのあとタクミが少し大きくなった時に知り合いの紹介で今の在宅の仕事するようになったそうだ。

この日は、鍋だった。

いつぶりだろう。

3人で囲む鍋は、疲れを和らげて心が落ち着いた。

夕飯のあと、タクミがまた家まで送ってくれた。


そこから休みまで、無我夢中だった。

今ではもう何をしていたのか覚えていないけど、指示されたものを組み立てたり、くっつけたり。

毎日、肩や手がごわごわになった。


でも、仕事が終わった後にタクミの家で自転車の練習をしたためか、そのごわごわも少し解消されて翌日まで持ち越す事はほぼなかった。

5日目に注文していた電動自転車が届いた。

そのまま家まで乗って帰ってみた。

心配したミエコさんとタクミが車でついてきてくれた。

タクミの家は、私の家まで自転車で15分だった。

会社がちょうど中間にあるような感じだ。

こんな近い距離に住んでいたんだと改めて思った。


土曜日に自転車で会社まで行ってみた。

帰りに雨の日の用の雨合羽を買い、洋服も少し買い足した。

ほぼ母の人形は売り切れ、自転車を買ってもまだ残っていたので、日々の生活などにまわすことが出来たし、服を買う余裕もあった

一人で洋服を買うのは初めてで、店員の人が出てきてすすめてくれるのを購入。

この前に買ったユニクロよりは少し高かったけど、私によく似合っていたと・・・思う。

久しぶりに自宅で1人きりで過ごす。

寂しいという気持ちもあり、ほっとした気持ちもあった。


日曜日は、タクミとミエコさんが来てくれてスマホの契約についていってくれた。

私の給料から無理なく払える格安の会社があるそうで、そこに契約に行った。

店員の人が言っている事はチンプンカンプンだったので後でタクミが根気よく説明してくれた。

この日は、タクミのうちでまた3人で鍋をした。


翌週になり、自転車で出勤した。

途中のコンビニで昼食を買った。

段々、毎日慣れてきてとてもカミデさんのようにはいかないけど、そこそこ組み立てるスピードもあがってきた。

組立の3人とも仲良くなった。

年齢を越えていろんな話題をする。

マエダさんの家のお姑さんの介護の事。

サトウさんの娘さんの事。

ジンデさんは、いつからいるのかとか。


こんなにたくさん話す事は、今までの人生を通じてなかった。


たまにタクミから「LINE」が入る。(最初にアプリを入れて友達登録してくれた)

「母さんが、晩御飯一緒にどうって」と。

ミエコさんから直接入る事もある。


金曜日の事だった。

その日、サトウさんがなんだか元気がない。

就業のベルが鳴ってからマエダさんが「どうしたの?」と聞く。


実は・・・とサトウさんは話し始めた。


「今日、娘の誕生日なの。でも、娘が欲しがっているクマのぬいぐるみが買ってあげられなくて・・・。毎月ギリギリで生活しているし、今月はとても物入りで余裕がないの。せめてケーキでもと思うんだけどそれでさえ厳しいの。ケーキとかぬいぐるみを買うより、うちはまずお米を買ったりしないと駄目だから」


娘さんは5歳で保育園に通っている。

私は、ある事を思いついた。

「サトウさん、着替えたらここの駐車場で少し待っていてくれる?30分ぐらい」と。


サトウさんは、不思議な顔をして「いいわよ。保育園のお迎えの延長時間まで少しあるから。」と言った。


私は着替えて慌ててタイムカードを押して、猛スピードで自転車を走らせ自宅に帰った。


自分の部屋に行き、押し入れに入れていた「ある物」を取り出した。


自分で作った「クマのぬいぐるみ」だ。

好きで何個か作っていた。

一番大きなものを袋に詰めて、再び猛スピードで会社まで戻った。


頑張ってこいだため、往復で20分ぐらいでついた。

駐車場には、サトウさんが自分の車で待っていた。


息を切らせながら

「こ・・・これを、む・・・娘さんに」と袋を渡した。




サトウさんは中身を取り出すと、たちまちのうちに笑顔になった。

「やだ!すごくかわいい!」


「わ・・・私が作ったものなんだけど。作ってそのままにしておいていたものなの」と、息も息も切れ切れになりながら言うとサトウさんは

「すごい!本当にもらっていいの?ありがとう!」と少し目に涙をためながら言った。


その時、ちょうどヤマダさんが出てきた。

彼女はいつも少し他の社員より遅めに出てくる。


「あら!かわいい!クマちゃん!」


と笑顔になる。

サトウさんが事情を話すと、ヤマダさんがちょっと待っててと言って、事務所に戻って行った。

再び出てきたヤマダさんは、手にかわいい包装紙を持っていた。

「今日、差し入れがあったでしょ。その包装紙とリボンがとってもかわいくて取ってあったの」と。

たまに事務所には、取引先からのお土産があり、私たち現場のものももらったりする。

そういえば3時の5分休憩の時に美味しいお菓子を食べたのを思い出した。


ヤマダさんは、私のクマを器用に包装した。

なんでも、ここで働く前はお菓子の卸問屋で事務員をしていて、たまに包装することがあったのだそうだ。


「四角のものと違ってちょっとやりにくいな~」と言いながらもかわいく包装できた。


サトウさんは「ありがとう!ありがとう!」と言いながら延長にならないようにと慌てて帰って行った。

帰る前にサトウさんとヤマダさんとも一緒にLINEの友達登録をした。


帰り道、今度は自転車をゆっくり漕ぎながら考えた。

サトウさんは、シングルマザーでフルタイムのパートで娘さんと二人暮らしだ。

うちの母もシングルマザーだった。

だけど、母はお金に困ったといった事はないし、あの人形もそうだけど欲しい物はなんでも買っていた。

そして、私にも買ってきてくれた。

ケーキやぬいぐるみより、まずお米・・・まずは食べる事。

そんな事を考えた事もなかった。

母の両親である祖父母がそこそこ裕福で、自宅もあり家賃を払う必要がない。


パートの給料で生活をする。

家賃を払い、生活費を払い・・・。

私のあまり計算が得意でない頭でも容易に「足りない」と判断できる。

サトウさんは、まだご両親はご健在らしいけど、実家にもあまり頼る事は出来ない事情があると話していた。


自分が今まで働かず、出費する事ばかりだったことがとても異常だったのだと初めて気がついた。

そして、あまり何も考えずに押し付けてしまったのだけど、本当に私がぬいぐるみをあげてしまって良かったのだろうかと。

あんな手作り感満載のぬいぐるみ、迷惑だったんじゃないかと。

サトウさんは、よく言っていた。

「若くてシングルマザーだと、やっぱりと思われるのよ。だから、なるべく人には頼りたくないの」と。

サトウさんは赤い髪の色は、世間と闘っている色なのだと言っていた。

おしゃれもあまり出来ないのだけど、髪だけは自分を奮い立たせるために自分で染めているのだと。


家に帰り途中で買った弁当をあけていると、スマホが鳴った。


LINEをあけると、笑顔のサトウさんと娘さんとそして私の「クマ」が写っていた。




「ありがとう!」という文字が添えられていた。


私は、わいてくる感情を抑えられず、涙を流した。


                            「つづく」


何回も読み返していたのに結構「名字」を間違えていた。

訂正済

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