異世界爆速救済安楽椅子勇者担当女神の胃がもたない
某所で無断転載されてました。
急に読まれ始めたと思ったらコレだよ。
アクセスが伸びても素直に喜べない状況なので、剽窃野郎ではない善良な読者の方は、何かしらリアクションを残してくださるとうれしいです。
人間は、その魂は、一つの世界に納まる存在ではありません。
例えば、本を読んでいる間。劇場鑑賞している間。ドラマの配信を見ている間。そのひと時、人間は確かに、別世界の住民となって、物語を追っているでしょう。違う? なら壁でも結構です。とにかく、何かの形で作中世界に魂が入っているのは否定しようがないでしょう。
それから例えば、あなたが住む町の、一度も敷居をまたいだことのない他人の家。その家に初めて招かれたとして、一歩敷居をまたげば、そこにはあなたの知らない異世界が広がっているでしょう。
初めて会う人、初めて入る店、初めて乗った車。隣町へ、その隣へ、山の向こう、海の向こう、空の向こう。初めて行く場所、初めて行く国。どれも異世界と言っても過言ではありません。
そうした事例があるのです。だから、あるいは、死後。あるいは、存命中。神に召命されて、こことは違う世界に、誘われることがあったって、不思議ではありませんよね。
「つまり、速水達郎くん。女神ウランの名に於いて、あなたに異世界行きを命じます。勇者として魔王を討伐し、世界の混乱に終止符を打つのです」
超有能美女神の私は、棒立ちのサラリーマンに、優しく、懇切丁寧に説明した。
速水達郎は、私の美貌と御言葉に感じ入っているようで、私をじっと見つめたまま、微動だにしない。あるいはこの美の女神ウランが支配する領域の美しさに、彼は感動しているのかもしれない。
燦燦と照らす太陽と月、星々を伴う青い空。真白い真綿のような雲海が広がり、列柱の並びが、壁のないここを、一つの空間だと示している。
ここは天界、魂の座。私たち、神は、ここに招かれた魂に使命を与え、危機に瀕した多元世界に派遣することを使命としている。
異世界転移、転生、召喚の初心者だろうと、問答無用で納得させる。それが異世界間人材コーディネーターたる神々に求められる第一スキル。その点で私の右に出る神はいないだろう。何故なら私は敏腕美女神ウランだから。
速水達郎が、むっつり黙って手を挙げたので、「どうぞ」と発言を促してあげた。
「がっかりなんだけど」
「……えっと?」
聞き間違えかと思った。いや、超絶有能絶世美女神に限って間違いは犯さないのだけれど。
それなのに、速水達郎はずけずけと、不満を隠さず愚痴ってきた。
「仕事とか、生活とか、人間関係とか、そういう煩わしい“よしなしごと”から、死んでようやく解放されたっていうのに、何? 次は異世界救えってか」
この誰もが羨む超絶美貌の美少女女神ウランちゃんが、すごい邪険に睨まれている……? こんなみすぼらしい、栄養失調寸前の、くたびれた男に?
ど、どういうことなの……?
私はサイドテーブルの巻物を一つ選び、広げた。そこには速水達郎のプロフィールがしたためられている。
速水達郎。死因、過労。自他共に認める怠け者。呼吸も食事も面倒だが、最低限の生命や人権を守るために、必要最低限のことをこなす省エネな毎日を送る。
目を擦って、死因の欄を見直す。確かに過労とある。
(過労? 本当に? その後の説明と矛盾していない?)
巻物の続きに目を通す。
客観的には張りのない毎日を送っていたが、速水達郎当人にとっては全力を振り絞っているのも同然で、人が軽くこなすようなことですら、彼にとっては一大事だった。
例えば、おにぎり一つ食べただけで、フルマラソンを走ったような疲労を覚えている。
(いや、こんなへなちょこスペックでよく成人まで生きてこれたわね)
極度の疲労感で慢性的に苛まれ続ける人生だった。そのため、自分の病を疑わず……というより、自分を疑うことは他人を疑う以上に疲れるため、症状を放置。その結果、その人生はやたらと労力をカットするスキルを磨くことに費やされた。
その実力が買われてホワイト企業に就職。
だが、そこそこ融通の利く働き口を得られても、コピー機の紙詰まりの解消作業が原因で、過労死した。詰まった紙を引っ張り出すために、一生分の体力を消耗してしまったらしい。
ちなみにその会社は、速水家に過労死訴訟を起こされたものの、不起訴で済んでいる。さすがに達郎の貧弱さは、世間で許容できる次元ではなかったのだ。
(不憫すぎる――ッ! ブププーッ!)
不憫すぎて逆におもしろい。ギャグじゃん。心の中で噴き出した。
しかし、本音を見透かされては悪印象だ。私は目に軽く水魔法を発動させ、咽び泣くふりをした。速水達郎は心底面倒臭そうに項垂れた。
何じゃい。美女が泣いてそのリアクションかい。
(まあ、良いわ。この人間の願望ははっきりしたもの)
私は噓泣きを交えて、速水達郎に語りかける。
「この巻物には、あなたの人生の全てが書かれています。つらい人生を送って来られたのですね……。それなのに、もう一度、新たな人生を歩めと告げてしまった私の不覚を、ご容赦ください」
「いや、泣き落としやめてくれる? 感情とかクソ。本音を言え。要点だけな」
か、可愛くねえ~!
「てか寝るわ」
自由か! さすがの私のビューティースマイルも引きつるわ!
「ダメですが? 常識的に考えて、わかりますよね?」
「その辺の雲、千切って布団にしても構わねえよな」
「頼むからもう少し私の話を聞いてくださいます?」
可愛いどころか、ふてぶてしいし。
人間如きに、この私がペースを乱されるとは。こっちは真面目な話してるのに、あくびばかりするし。ピキりそう。
咳払いを一つ。笑顔を作り直す。お望み通り、単刀直入に言ってやるわ。
「タダで異世界を救えとは言いません。あなたには疲れ知らずの完璧な身体と、お望み通りの力を授けましょう」
「いらん。涅槃寂静と解脱をくれ」
「要するに安らかに天に召されて二度と生き返りたくないって言いたい訳⁉ そうは問屋が卸しませんよ!」
「輪廻の外で、ブッダと握手したい」
「解脱したら握手も会うも何もないでしょうが‼」
「うっせえなあ。だる。そんな大声出さなくても今まで聞こえてたってくらい、わかるだろ」
「そういう問題じゃありません!」
「そんなに騒いで疲れない?」
「誰のせいだと思っているんですか⁉」
「誰とは言わんが、少なくとも両者の要求の齟齬を擦り合わせようとしないせいで話が進んでいないようだな。この場合、オファーする側の柔軟性の欠如が原因だと推測できる」
「オドレェ、それ遠回しに私のせいや、っつっとるよな⁉」
「と言う訳で、俺はあんたの条件には応えられないし、何より反りが合わない。次の人の面接とか待ってるんじゃないの? 俺のことはさっさと諦めてくれ。で、涅槃寂静と解脱をくれ」
「そうはいかへんねんてェ!」
私は頭を抱えてうずくまった。完璧才色兼備女神である私は、本当ならこんなみっともない格好をしないのだけれど、今度ばかりは本当に参ってしまったから許してね。
そもそも、異世界間人材コーディネーターの仕事は、第一に多元世界の救済だが、第一義に劣らず、異世界に送る魂の浄化・救済に重きを置いている。
現世で恵まれなかった魂たちに、充実した第二の人生を送ってもらう。送り先は救済が必要なだけあって、決して情勢の良い世界ではないものの、特典として優れた能力を、それも、サクサクッとストレス解消感覚で人助けができるレベルの能力を与えるし、そうなれば厚遇重用間違いなし。末は大臣か王族かって寸法だ。
ついでに、派遣した人間はもとより、救った世界の住民からは神への感謝が捧げられて、つまり信仰がモリモリ盛んになって、私たちもウハウハ。
異世界人材コーディネーターとは、遠大な信仰の養殖産業なのだ。
中でも魂の座は、魂の力がズバ抜けた逸材が回される部門だ。そんな強い魂は滅多になく、その上、どういう訳か速水達郎の資質は、私が異世界間人材コーディネーターを始めて以来、これまで面談してきた魂が霞むレベルなのだ。
これを逃すのは、多元世界にとっても、天界にとっても損失だ。
いや、多元世界や天界の損失になるだけならまだ良い。ここに魂が回って来たということは、天界の霊魂鑑定部署の目がしっかり届いているということになる。出世競争でバチバチ火花を飛ばし合っている連中の目が光っているのだ。
こんな逸材中の逸材を逃しては、私の輝かしい女神キャリア最大の汚点になる。
つまり、速水達郎の魂の力をもって、危機に瀕した多元世界を救うのは既定路線である。
(私の昇進にかけてね!)
うずくまっている間に私は目標を決めた。速水達郎には、絶対に異世界に行ってもらう。そして、前世では考えられないほど充実した人生を送ってもらい、異世界丸ごと必ず信仰で返してもらうのだ。
「それではこうしましょう!」
気を取り直して起立すると、ふわふわの白いのに包まれて、速水達郎は安らかな寝息を立てていた。
「その辺の雲千切って布団にして寝とんちゃうぞゴラ‼」
私は強引に雲布団を奪って、速水達郎を弾き出した。寝ぼけた調子で、速水達郎は目を擦って、よだれの跡を拭いた。
「誰? ブッダ?」
「何勝手に解脱した気になってるんです⁉ こちとら女神ウランちゃんですけど⁉」
「何だよ。まだ用があんのか」
「まだも何も途中だったの! 涅槃寂静と解脱がお望みなんですよね⁉ 結構です! 叶えて差し上げます!」
速水が微かに顔色を変えて、のっそりと起きた。
「そっか。なら早速――」
「ただし!」逸る速水を遮る。「一回世界、救ってからです!」
一本指を、怠け者の鼻先で立ててやった。速水達郎は、心底うんざりした顔で私を見た。排泄物を踏んだタイヤ跡に向けるような視線で私を見るんじゃない。こないにプリティな女神やぞ。
「一回世界救ってくれたら文句ありません! 速水さん、お若いとはいえ成人するだけの人生を歩まれましたよね! それと比べれば一回世界救うくらい短いものでしょう! 今更それくらい解脱が先延ばしになったって誤差ですよ、誤差!」
「ええ? 嫌だ。今すぐ楽になりたい」
「じゃあお試しで“楽になる魔法”!」
私がパチンと指を鳴らすと、速水達郎の周りで光が湧いた。速水達郎は身体の変化に気づいたのか、怪訝そうに手を結んでは開いている。
「超スッキリ。こんなの、いつ以来だ」
「楽でしょう? それ、転生特典でも何でもありません。異世界で生活する上での、デフォの身体能力です」
再び指を鳴らすと、速水達郎の周りで光が沈んだ。途端に、重力に負けるかのように、速水達郎はぐでんと床に突っ伏した。
(一度、普通の身体を知ってしまえば、病みつきになるはず。特に体質的に疲れやすいこいつなら……)
浮遊魔法を使って、速水達郎をしゃんと立たせ、目を見て伝える。
「世界を魔王から救ってくださるなら、どんな手段でも構いません。女神ウランの名に於いて、全力でご支援します。能力、道具、何でもお望みのものを差し上げますから、一度だけ! 一度だけお力を貸してください!」
「……たとえ楽な身体にされたって、解脱する方が良いんだけど」
「解脱の口利きもしますから! 本当はウチに回ってくる人には難しいんですけど、努力はしますから! 平身低頭、お願いしますう!」
これは土下座ではない。女神キャリアのための最適解。そう言い聞かせて、私は雲の床に額をこすりつけた。歯を食いしばりすぎて歯ぐきから血が出そうだし、涙にも血が混じりそう。
ため息混じりに、速水達郎がしゃがむ気配がする。
「その能力ってのは、好きに選べるのか? 好きに作れるのか?」
ここぞとばかりに私は面を上げて、キュルルンと上目遣いで訴える。
「選べるし作れます!」
「へえ」速水達郎はくたびれた笑みを浮かべた。「その、魔王を倒して欲しいって世界には、どうやって行くことになってんだ?」
「その世界の王族に天啓を与えて、召喚魔法を使うように促しています」
「召喚ねえ……」ダルくなったのか、速水達郎は横臥し、頬杖をついた。「まあ、引き受けてやらんでもない」
「本当ですか⁉」
「ああ」
ニヤニヤする速水達郎に、私は手応えを感じた。ここに来て一番の上機嫌に見えた。
「やっぱなし、とか抜きですからね!」
「じゃ、そういうことにしようか」
「しゃあっ!」
私は女神キャリア最適解ポーズから、一気に立ち上がって、天に両拳を掲げた。雌伏のときから破竹の勢いで成長するかの如く、身体で体現する。キャリアアップのポーズだ。決してガッツポーズなどという汗臭いものと一緒にしないでほしい。
この流れを取りこぼさない内に、私はサイドテーブルの巻物を一つ、英雄速水達郎様へ与えた。
「能力の一覧です。一覧になければ、ペンで直接、欲しい能力の内容を書き加えてください。その能力があなたに与えられます」
ペンとインク壺を渡す前に奪われた。速水達郎は何かに取りつかれたかのように、能力の巻物にペンを走らせていく。
怠け者と言う割には、働き者のように見える。労力をカットするためなら、労力を惜しまない。そういう性格が垣間見える熱心さだった。
能力内容を書き終える。同時に、速水達郎に天から祝福の光が降り注ぎ、その魂に浸透していった。彼はこのときをもって、望んだ能力を得たのだ。
しかし、とんとん拍子に進み過ぎているような……。意思が揺らいだ瞬間を逃さず、一気に事を進めたかったのはそうだが。
「あの、今更ですけど、どんな世界に行くかとか、情勢がどうだとか、聞かなくて大丈夫なんですか?」
「いらね。関係ねえし。さっさと済ませようや」
速水達郎がわからない。覚悟が決まれば潔いのだろうか。単に面倒だから話を端折っているのなら、大問題だけれど。
お小言が口をつく前に、速水達郎の足元に、魔法陣が展開される。
派遣先の異世界から、召喚の要請がかかったのだ。
「お別れですね」
短い間だったが、速水達郎はかなり濃い問題児だった。それだけに、無事に見送る運びとなった安堵と、身を案じる心とがないまぜになって、一抹の寂しさを私にもたらした。
「支援してくれるって話じゃねえの」
自分で言っておいて忘れていた。抜け目がない彼なら、きっとあの世界を救えるだろう。
「ええ、いつでも、全力で」
「じゃ、頼むわ」
最後まで、ドライな人間だ。
女神を女神とも思わない、不信心者だが、どこか哀れで憎めない。私は、私の名に於いて、彼の旅の幸多からんことを祈った。
「行ってらっしゃい」
二人同時に、そう言った。
〇 〇 〇
人間界に、魔界の瘴気が押し寄せる。
淀んだ霧が、雪崩のように大地を浚っていく。人々は、まだ汚染されていない王都へ向かって、一斉に逃げていた。
黄金色の麦畑が、瘴気に中てられ、黒く腐れ落ちていく。ブドウ畑の広がる地方では、「ブドウが! せっかく植えた苗が!」と人々の流れに逆行する父親の、子どもが手を引き、妻が背を押す。
ビギラ王国は、滅亡の危機に瀕していた。
「し、失敗した……?」
王城の地下空間。召喚魔法陣は確かに起動した。しかし、何も現れない。
女神ウランは我々を見捨てられたのか。召喚の聖女は、力なく膝を屈し、呆然と地下の暗闇に意識を吸い取られ、倒れた。
衛兵たちが、その身を医務室へ搬送する中、全てを見届けていた王は、状況の理解に努めていた。
(魔法陣は光った。確かに起動したはずだ。召喚は成ったはず。だが、勇者はいない。魔法陣に間違いが? であれば、この魔法陣は起動して、何を起こしたのだ?)
後日、識者によって魔法陣の調査が行われたが、何も不審な点は見当たらなかったという。
この魔法陣が何を起こしたか、王国が知るのは、それからしばらくしてからのこと。
〇 〇 〇
瘴気濃く、天空で摩擦し、腐れた稲妻が走る。
魔王城、謁見の間。
魔王バルベルデの御前に、当代最強の魔族たち、四天王が揃い踏みで跪いていた。
“力”のボボドーガ。“知”のトスマ。“影”のヌキサシノ。“万”のオルラント。四天王及び、城下の凱旋広場に待機する配下の全隊が、バルベルデの侵攻号令を待っている。
玉座から、玉体を起こすバルベルデに、四天王は固唾を呑んだ。
「――時は来たれり」
たった一言に、覇者の威光が重く含まれている。
「四天王たちよ。今こそ人間界を我が手に――グ?」
バルベルデがよろめいたかと思うと、苦悶の声が漏れ始めた。バルベルデは四天王の目前で我が身を掻き抱き、膝を屈して絶叫を上げた。
「陛下……⁉」
「どうなってやがる、こりゃあ……⁉」
トスマとボボドーガが真っ先に駆け寄るも、時すでに遅く。
バルベルデの腹を破って、血塗れの美女が産み落とされた。
赤子ではない。成人した女が、薄絹の羽衣をまとい、聖なる力を発散しながら、魔王バルベルデの体内から誕生したかのように見えた。
魔王、挙兵を前にして堕つ。
血のぬめりに気分を害すのも束の間、魔王城の玉座に降臨した女神ウランは、自分の置かれた状況を理解するにつれて、むしろ理解できないことが爆発的に増えていった。
血まみれの身体。魔王の亡骸。驚愕し、自分を見る四天王たち。
速水達郎は、どこにもいない。
「なんやねんコレェーッ⁉」
魔界に、清らかな女神の遠吠えが響き渡る。あらゆる言葉に聖性を帯びた女神の声を聴いた魔族たち、その中でも低級の者は、耳から血を噴いて倒れ、凱旋広場で屍の山を築いたという。
「曲者!」
ヌキサシノの棒手裏剣が、私の艶々の髪をかすめた。「ほぎゃー⁉」とは叫んでいない。何故なら私は危機的状況こそ冷静になれる、デキる女神だから。
「ほひょッハァーッ⁉」これ冷静スクリームだから。
戦略的撤退。いや、敵陣のど真ん中だから大脱走。どっちでも良い。ヌキサシノの暗器が私の影を縫い、ボボドーガの剛腕が私の足場まで崩し、トスマの魔法が嵐となって逃走経路を遮る。オルラントの剣を、神聖なる錫杖で防ぎ、その土手っ腹を蹴って間合いをとる。こんな大立ち回りを演じていて、自分の役回りにまで気にかけていられない。
『おい関西弁女神』
「速水さん⁉」念話ね。「無事⁉ どこにいるの⁉」
『早速、万全の支援とやらを頼みたいんだが』
「ごめんなさい! ちょっと手違いで、こっちが助けて欲しいくらいで!」
『安心しろ。ちょっと聞きたいだけだ』
「何⁉ 手短にお願いできる⁉」
『天界のフードデリバリーで、一番消化に良いのって、何?』
女神の光波が四天王を押し退ける中、私は耳を疑った。
「……はあ?」
速水達郎は、天界にある魂の座、女神ウランの領域に居残っていた。
〇 〇 〇
異世界間人材コーディネーター社内報。
速水達郎(以下、同氏)の獲得した能力についてのレポート。
同氏は【魔法による召喚を受けた際、出現する座標を自在に設定する能力】と【魔法による召喚を受けた際、対象を自分以外の者に移し替える能力】を申請。天界を統べる最高神の加護によってこの能力は承認され、同氏は申請通りの能力を獲得する。
同氏は、その能力を駆使し、同氏担当女神ウランに召喚対象を移し替えた上で、出現座標を魔王バルベルデの体内に固定。結果、魔王バルベルデは女神ウランによって体内から破壊され死亡。
女神ウランはその場から逃走。四天王らの追撃を辛くもかわし、人間界へ顕現。女神ウランの名に於いて、魔王の誅滅を宣言し、莫大な信仰を得る。
統率を失った魔王軍は、ボボドーガを臨時総督として任命、その補佐にトスマを置くも、両者の対立が深刻化し派閥抗争が発生。ヌキサシノ、オルラント陣営の介入によって状況は混迷を極め、魔王軍は内部崩壊する。
かくして人間界の平穏は保たれた。
「何良い感じに締めとんねん‼」
私は社内報の巻物を床に叩きつけた。
「こちとら大変やったんやぞ‼ 命からがら、やっとこ人間界に逃れたってのに‼」
「助かったなら喜べば良いのに」
「じゃかあしわい! 速水ィ!」
私の領域なのに、速水達郎は我が物顔で安楽椅子を漕いでいる。私に勇者の使命を全部負わせたくせに、自分は安全な天界で、リンゴの赤ワイン煮とかいう洒落た物を食ってくつろいでいたらしい。
「大体、誰のせいで私がこないな目に遭うた思とんねん⁉」
「誰とは言わんが、少なくとも俺は、勇者としての能力を異世界救済に使った訳で、その後のことについては能力の特性としか言いようがない。ま、俺、初心者だしな。事故。災難だったな」
「屁理屈がよお! ミリ単位でも謝れや!」
「信仰集めだっけ。俺、説明受けてないんだけど」
こいつ社内報読んでやがった……!
「良かったんじゃねえの? 例の……ビギラ王国だっけ? ウランを讃える祭ができたんだろ」
「そ、そう、だけど……ですけれど……」
血を洗う暇もなく、人間界に逃げ延びた女神ウラン。降臨の後光と共に、差し当たって魔王討伐の事実だけは伝えなければと、高らかに宣言した。
その結果、戦況は好転。血塗れの戦女神ウランは、伝説となる。
その奇跡を末永く後世に伝えるべく、“ウランの血祭”が創設された。
毎年、国一番の女傑が選ばれ、一年間ウランの巫女を務める。ウランの巫女は就任初日に女神の衣装をまとって、戦勝を言祝ぎながら王都を練り歩く。国民は血に見立てた葡萄酒を巫女に浴びせ、伝説の日を再現する。という祭だ。
祭の日の熱狂たるや、狂信的でさえあると聞く。信仰も爆上がりで万々歳。
なのだが。
「こんなん全然可愛くなぁーい!」
信仰の質が変わって、ちょっぴり身体が引き締まった、アクティブビューティー女神ウランちゃんは、さめざめと泣いた。胃薬が欲しい。女神なのに、切実にそう願う。
一方、速水達郎の処遇については、天界で審議が重ねられた。
前代未聞、天界から一歩も外に出ず、能力の行使のみで多元世界を救った勇者という評もあれば、舌先三寸で神を私利私欲のために顎で使った不届き者という評もある。地獄に落とすべきだという意見さえも出た。
しかし、女神ウランの活躍があってこそとはいえ、結果的に莫大な信仰を生産してみせた成果。そして、速水達郎自身の魂の強さを失うのも惜しい。かと言って、どう見積もっても解脱させるには素行不良が多すぎるため、報酬についてはかなりスケールダウンした。
しかし、速水達郎は、安楽椅子の座り心地を、とても気に入っていた。
あとは、ひざ掛けと、ミュージックコンポがあれば完璧だと思いつつ、うららかな天界の日和にまどろみ、午睡を楽しむのだった。
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この短編が面白いと思った方は、こちらの作品もどうぞ。
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SNSとか所属しているボドゲ製作サークルとか
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