凱旋と陰謀 9
そこからしばらく、斬り合いと殴り合いが始まった。
衝撃を殺すことのできる体になったとはいえ、その機を少しでも誤れば吹き飛ばされる。意識を全身に集中させつつ、一切の怯懦を捨てなければ成し得ない。
「そんなものか! やられ放題ではないか!」
「うるせえ! 手前こそ……ビビってんのバレてんぞ!」
「ビビッてないわ!」
迷いのない拳は次第に速くなり、やがては魔力を帯びる。
拳そのものに重力結界が発生した。
もっとも打撃力の発生する位置に敵を吸い込ませて必殺の拳を放つ。
「しまっ……!」
「喰らえ! 重力崩壊拳!」
「アホが! そんな攻撃を放てば暗黒領域そのものが壊れるじゃろうが!」
「お前の作った結界が何とかしてくれるだろ多分!」
「人任せにするでないわこの小坊主! チビ!」
死を予感させる濃密かつ僅かな時間を、我はただ罵り合って浪費した。
こうなっては避けるも死、受けるも死。
肉体を分解して炎にすることも間に合わぬ。であれば道は一つだけ。
「竜夏槍術……灼光ぉ……!」
自分の体を構成する太陽の炎を最大限に放ち、全力の一撃で立ち向かう。
バカバカしいまでの圧力の攻撃に、今の我が勝てるのか。
いや、それでも尚、立ち向かわなければならぬ。
元より勝算などあるはずもなく、太陽のごとき大きなものに無手で立ち向かうような勇気があればこそ、勝利の女神は微笑む。
「でやああああー!」
衝撃の瞬間、周囲のすべてが白い輝きによって染め上げられていく。
◆
全力を放ったためか太陽魔法【ソルフレア】を使うこともできぬ。
ボロボロになって荒い呼吸のまま、山裾に倒れ伏したアーガイラムを見下ろしていた。
勝ったとは言えぬ。
こやつが立ち上がれば死ぬのは我である。
だが、生き残った。
「やはり……ソルフレア様……降臨なされた、のか……? 俺は、なぜ、こんなことを……うぐっ……」
アーガイラムが苦しんでいる。
魂が軋み、記憶が混濁し、今の自分の有様に気付こうとしている。
だから我は直訴しよう。あの日のおぬしのように。
「竜の声は天を引き裂く鳴動なり……竜声」
体のそこかしこが痛む。
というより痛くない場所の方がない。
それでもまだ終わってはおらぬ。
「……アーガイラム! この愚か者が!」
怒号が響き渡る。
声は一瞬の灼熱となり、ほんの数秒だけの夏となった。
光と炎の精霊が舞い、生命が沸き立つ季節。
「直訴するおぬしの姿を見て、おぬしの同族は嘲笑ったな。だがそれが七日七夜続き、同族たちはやがておぬしに感化されて力を貸した。おぬしの声が届くように、おぬしの命が長らえるように、自分自身を与えてアーガイラムの一つとなった。そのとき鉱石の化身だったおぬしは、山の化身となった。多くの石の化身を食ったゆえに石よりも上位概念になったとも言えるし……我にもおぬしの声が届いた。その慙愧の念、多くの命を託された切実なる思いが我の現界を果たした……」
直訴の巨人アーガイラム。
実はアーガイラムは、彼というより、彼らだ。
本来のアーガイラムはどこにてもある鉄鉱石の巨人に過ぎなかった。
だが我に直訴をする内に感化される巨人が少しずつ現れた。
人間との戦いに敗れた者、敗北を悟った者、いや、そればかりではない。純粋にアーガイラムの訴える姿に心打たれた者が集まり、アーガイラムを助け……やがて、その身をアーガイラムに差し出し、そしてアーガイラムは、仲間を食らった。
こうしてアーガイラムは山の化身へと変貌した。強靭なる精神と罪悪感が意識を束ねて「アーガイラム」という一個人を形成しているが、その実態としては群体に近い。
「そうだ。俺は……いや、俺たちは、託された」
ほんの一瞬、巨人から攻撃の意思が消えた。
記憶は混濁しているであろうが、それでも目に理性が宿る。
「今はおぬしが、子らにおぬし自身を託そうと……いや、食わせようとした。次なる王を育てるために」
「……そうだ」
「それを待ち望んでおったために、陰謀家を気取り、子らが派閥となって対立することも見過ごした! だが、だがな! おぬしは大事なことを忘れておる!」
「……大事なこと?」
アーガイラムが怪訝な顔で問い返した。
「おぬしの子らは、おぬしを愛しておろうが! なぜ己を殺させようなどと陰謀家ぶるのだ! そのようなことをせずとも、信じて託せばよかったでろう!」
アーガイラムは子供らを食った。
それは事実であろう。アーガイラムはそうして己を進化させて直訴の巨人、そして銀嶺となった。それを子供らにさせようとしていた。
あのトパズという者はアーガイラムが乱心したと思っていようし、事実、乱心していたと言わざるを得ぬ。それでもこやつは、父であった。
我のパパより不細工であるし、親として見たときはあまりにもあんまりなところもあるし、大酒飲みだし、子供らに迷惑をかけてばかりだし、だが、だとしても、あまりある欠点に目をつぶっても、巨人たちを導いた偉大なる父であったのだ。
「トリアナイトちゃん! トパズとかいう小娘よ! 取り込まれたであろうアーガイラムの子らよ! それでよいのか! いつまでも父親に甘えておるんじゃあない! 道を過ったと思うならばブン殴ってでも止めぬか!」
そして今気づいたこともある。
こやつは、子らをまだ完全に取り込んではおらぬ。
「……あいつらは、もう俺の中にいる。お前の声など……」
「巨人であれば取り込まれた程度で死ぬわけがなかろう! 根性を出せ……【サンシャイン・キュア】!」
陽光を集め、アーガイラムを照らす。
生命を呼び覚ますその魔法は緑を芽吹かせ、虫は蛹を破り羽化し、新しい命が大地に降り立つ。それは無機物や自然現象の化身や精霊であっても例外ではない。
その大いなる体の中にいる一人一人は、食われたとしても決して死んではいない。石は陽光を感じ取り、振動を言葉とする。大いなる太陽を前にして倒れ伏す無礼など我は許しはしない。
「な、なに……!?」
アーガイラムの体が、いや、体の中にあるいくつかの石が輝き始めた。
我の声に応えようともがいている。
『ソル、ちゃん……!』
意志ある声が頭に響く。
それは可愛らしさと優しさを是とする一風変わった巨人の子のものだ。
「トリアナイトちゃんよ! 貴様はどうしたいのじゃ!」
『そんなの、わかっとるやろうが……! みんなに、生きててほしい……!』
トリアナイトちゃんが本気で切れて口調が荒い。
だが同時に、慈しみと願いに溢れ、切々とした気持ちが言葉となっている。
「……それが無理なのはわかってんだろう、お前も!」
アーガイラムが、怒りの声を上げる。
駄々っ子を諭すような、愛の混じった怒りだ。
「永劫の金剛石を使ったところで……寿命が近づいてる。ちょっとばかし延命するだけのことだ。残り百年が二百年に延びるくらいで。俺が力を失って死んじまえば魔物同士の戦争が起きて……そして人間が介入して暗黒領域が滅ぶだろう。そうなる前に、俺の力は誰かに譲らなきゃいけねえ」
『だったらなんでそれを話してくれんかかった……!』
「話し合いじゃだめだ。魔物らしく、勝利した巨人が王にならなけりゃ、付け入る隙を与える。今このときも、誰かが俺たちの戦いを見ているはずだ」
『そんなこと、どうだっていいわ!』
「なんだと!?」
『丸く収めた上で、襲い掛かってくる魔物にも人間にも勝てばいいってことやろがい! 最初から逃げ腰なんじゃ親父殿は!』
「逃げ腰ぃ……この俺に逃げ腰だと……!?」
『そうじゃ! 残りの寿命が何じゃ! そんなの気合で何とかせいや! トパズ姉さんだって、他のみんなだってそう思うはずやろが!』
トリアナイトちゃんが皆を呼び覚ますように叫んだ。
『……そうは……思わない……。親父殿の言葉は……正しい……』
『なんで!』
『私も……弟を……コランダムたちを手にかけたからだ。やむなきことだ。そう思った』
『だったらなんで親父殿を倒そうとしたんだよ……! 同じことやったんなら許してあげてよ……!』
トパズの悲哀に満ちた言葉。
それに呼応するように、トリアナイトちゃんの言葉も落ち着いていく。
怒りを凌駕する悲しみが満ちていく。
『親父殿のつらさをわかる者が倒すべきと思った。そして誰がいつの日か私を倒してくれればよい……』
『そんなこと終わりにしようよ! しんどいばっかりで……好きに生きればいいじゃないか……!』
『それができるならば苦労はしない!』
トリアナイトちゃんとトパズがアーガイラムの中で目覚め、力を増していく。恐らく、食われた他の子らも目覚めの兆しがある。
今のアーガイラムは不安定な状態にある。永劫の金剛石によって水晶病こそ治りつつあるが、その際に生み出された過剰な魔力と我との戦闘によるダメージによって、『アーガイラムという一個人として振る舞う』という状態が、難しくなりつつある。
「まったく……喧嘩が好きなガキどもめ……」
アーガイラムは仕方ねえなと呆れる。
だがその表情につらさはない。
「……いいだろう。決めた。今度こそ本当に引退だ。ソルフレア様。迷惑をかけた」
「気にするでない……しかし、おぬしが去るのは、悲しい」
「お前が先に死んだんじゃねえかよ」
「そうじゃったな。おぬしもいずれ、生まれ変わるがよい」
「無茶言うな……だがそれも悪くねえや」
にやりとアーガイラムが笑う。
その表情が、この男の最後の表情であった。
「トリアナイト。トパズ。お前たちに託すぞ。……後のことを頼む」
その言葉と共に、アーガイラムの肉体が、崩壊し始めた。
動きを止め、目の輝きは消え去り、少しずつ、少しずつ、崩れていく。
一つの時代を作り上げた男の人生が、今、歩みを止めた。
「さらばだ……大いなる巨人、我が友よ」




