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凱旋と陰謀 8




「うぉぉぉおおおおおおおおお!」


 隕石の如き拳打が襲いかかる。

 この図体で俊敏なのは反則に過ぎる。こちらは重さが圧倒的に足りておらぬというのに。……魔力と火力でどれだけ補えるか。


「どっせーい!」


 翼に炎の魔力をため込み、一気に吐き出す。

 自分が竜だった頃を思い出しながら空を駆けて、そして顎を閉じて牙で噛み砕くように槍を振るう。


「喰らえっ!」


 我の突撃は襲いかかるアーガイラムの拳をそのまま貫通した。

 そしてアーガイラムの頭に槍の一突きを喰らわせようとするが、もう一本の手で乱暴に払いのけられる。


「ぐっ……!」


『まずいぞ、飛ばされすぎだ!』


 ミカヅキが山の斜面を駆けて跳躍し、我に追いつく。

 我は背中から支えられてようやく空中で踏みとどまることができた。

 たった一撃で相当な距離ができてしまった。


「すまん!」


『雑な攻撃でもこっちにゃ致命傷だ。気をつけろ』


「わかっておるが……この差はいかんともし難いな……」


 あまりにも大きい。

 山そのものが動くという絶望的な状況は回避できていても、力が凝縮されている分、戦闘としては厄介に過ぎる。


「ごおおおおおおおあああああああ!」


 戦う相手を見失ったアーガイラムがその場で咆哮を上げる。

 雲が割れ、大地が響き、山が唸る。


「いや……山が唸る、じゃと?」


 なぜ山が唸るのか。

 山の奥底から響く音の正体は何か。

 ていうか、熱源らしきものを感じる。


『こりゃ……思ったよりまずいな……ぼやぼやしてたら噴火が起きちまう』


「くっ……休む暇もないわ……!」


 乱暴に手で額の血を拭いつつ、再び体に流れる血に魔力を通す。

 痛みが度を超えたせいか、甘やかな感覚にさえ感じる。

 たかが一発食らっただけでこの有様だ。今まで感じていなかった「死」にもっとも近いのではと感じる。


「しかし……勇者と戦ったときでさえ、こんな窮地にはなかった」


『……そうだな。お前は今、弱者の側にいる』


「うむ」


『だから余裕ぶってんじゃねえ』


「余裕ぶってなどおらぬわ!」


『もっと必死になれって言ってんだ! 行くぞ!』


 ミカヅキが空を駆ける。

 我はその勢いを利用してそこから更に跳躍し、もう一度突撃を仕掛けた。


「ぐぅおああああああああああああああ!!!!!!」


 天を仰ぎ見て空を割る蛮声が響く。


「太陽よ! なぜ、魔物を見捨てたもうたか! なぜ、混沌の世を終わらせたのか!  人を憐れたもうたのはわかる! されどもあなたを信奉する魔物の嘆きを聞き届けよ! 偉大なる太陽竜ソルフレアよ!」


 アーガイラムの叫びに、我は雷を撃たれたような衝撃を覚えた。


 これは、直訴だ。


 千年よりも遥か昔、恐らくは三千年近く前になるだろう。


 竜の時代が終わりを迎えたときの話だ。我の眠りは長く、そして強力であるがゆえに多くの精霊が我の一挙手一投足に呼応した。我の目覚めに呼応して冬に属する精霊群は眠り、春と夏の精霊群が活動を開始するのが常で、つまり眠りの浅い一年は冬が極端に短く夏は酷暑が続いた。か弱き動物――その多くは人間であった――の命運が、我の寝起き、いや、あくび一つ程度で左右されることに、我は耐えられなくなった。


 眠る時間と起きる時間を厳密に定めて、できる限り星の巡りを狂わせぬように振る舞うことにした。


 だがそのときすでに他の多くの生き物――つまりは魔物だ――は、竜の一年を自然と受け入れ、それに淘汰されることのない強靭な種族へと成長していた。だが我も、魔物たちも、見落としをしていた。いや、もっと言うならば、二つの種族を見くびっっていたのだ。


 季節と時間が混沌とした竜の時代で弱く見えた生物もまたその時代を生き延びていたことには変わらない。集としての力は大いなる竜に見劣りするものではないのに。


 一つは、人間である。


 そしてもう一つは、植物である。


 人間は土地を耕し、麦や米を育て、あるいは枯れ木を燃やし、炭を作るようになった。

 そうして人間は、命と時間を得るようになった。自然の猛威に命を脅かされることなく、そして食料を豊富に手に入れられるようになった人間は、今までの自然の猛威を凌ぐために培ってきた知識や技術を集め、高め、この地でもっとも魔法に長けた種族へと発展した。また、物言わぬ弱き植物もまた繁栄し、知恵を持つ植物、つまり魔物として扱われる植物を凌ぐようになった。水と岩石と砂に覆われたこの地は、やがては緑に覆われた。魔物と人間の争いが激しくなり、今までの報復とばかりに多くの魔物が屠られた。


 こうして魔物たちが窮地に立たされたとき、一人の巨人が立ち上がった。


 その名はアーガイラム。


 一人の、巨人族の若者であった。


『意識が混濁してるな……太古の昔の自分と今の自分の境目がなくなりつつある』


 ミカヅキが苦み走った顔で言った。


「勇敢だ。巨人は気位が高い。生まれながらにして強く、弱者の気持ちがわからぬ者が多い。だが、あやつは自分を強いなどと思っていなかった。誰もが神に平伏するあやつを愚かだと罵倒した」


『今じゃ信じられんな』


「うむ。天へ祈るあやつの姿は、神などよりも神々しい。あやつが時代を切り拓いたのだ。しかし……」


『このままじゃあいつが時代を終わらせちまうぞ』


 アーガイラムは、時間を経るごとに強くなっていく。破壊的な衝動がそのまま魔力へと変換されているのだ。


「直接の殴り合いでは重さで勝てぬ……であれば……ぜりゃあああああ……!」


 体の中に巡るソルフレアの炎を、掌に集中させる。


「現代魔法を習っておいて良かったわ……【火球】」


 溜まりきった炎を、弾丸のような形にして撃ち出した。

 超高速の火球はアーガイラムに命中して堅牢な肉体を穿った。


「ぐおおおおお……!」


『効いてはいる、が……』


 針の一穴に過ぎない。


 これが物言わぬ城や砦であれば更に穴を広げて攻撃を拡大させればよいが、相手は巨人。痛みを感じれば、対策もする。


「邪魔をぉぉぉぉぉぉするなあああああああ!」


「やはりすぐさま治すか……それもそうじゃの」


 むしろ半端な攻撃によって、明確に敵と認められた。

 そして今の我の姿を見て、祈りをささげているソルフレア本人とは気付かぬ。


「喰らえっ……!」


「なっ!?」


 百メートルを超える巨体が宙を飛び、我の目の前にいた。


 巨大な岩石のごとき拳がまっすぐに襲い掛かる。翼から火を放ちつつミカヅキを蹴って、お互いの反動で回避した。そこをまた巨大な膝が襲い掛かった。


 隕石が縦横無尽に降り注ぐのと変わらない。しかも先程のように羽虫を振り払うようなものではなく、明確に殺意が込められた一撃だ。かすれば死ぬ。


「ちょこまかちょこまかと……!」


「ハッ! ちょこまかしているのはお前じゃ小僧! ちび!」


 上下左右前後のすべての方向に感覚を研ぎ澄ませて巨人の攻撃を察知し、瞬間的に炎を爆発させて逃げる。


 相手の気配が圧倒的に大きすぎるがゆえに、未熟な我であっても先読みをして、相手の感覚の裏を取ることができる。蚊や蝶が人間の視界からすぐに消えるように、意図できぬ視覚が相手にとってどこなのか本能的に理解できる。


(なるほど……ママのやっていたことがなんとなくわかる……)


 ママが凄まじい速度に見えたのは、敵の意識の外、空白がどこにあるのかを察知していたからだろう。これを極めればきっと無類の強さを誇る。


 が、それもあくまで尋常な決闘での話だ。


 数千倍、あるいは数万倍の敵に、どうやって抗しうるか。


『まずい、逃げろ!』


「なっ……!」


 アーガイラムが魔力を溜め込み始めた。

 あやつの得意な魔法となると一つしかない。

 魔力は途方もない量で、そしてこの攻撃は逃げ場がない。


「【重力結界】!」


 アーガイラムが巨大な手と手を合わせて、そこから見えない何かが迸っていく。

 周辺の空気が歪んでいく。

 いや、空気が歪んでいるのではなく、この世を支配する大いなる力の一つである重力がアーガイラムの意のままになっている。


「ぐうううう……これは……かなわぬ……!」


 凄まじい重さが体全体にのしかかる。

 全身の骨が軋み、悲鳴を上げるのを感じる。

 息さえも満足に許されぬ世界で、かろうじて首を持ち上げて空を見上げた。


「あ」


 これは、死ぬ。


 重力で身動きが取れず仰向けになっているところに、視界が暗くなった。

 空の青が、雲の白さが、太陽の輝きが見えなくなる。

 ただあるのは、アーガイラムの汚い足の裏だ。

 もっと言えば、鉱石の寄り集まった踵だ。

 ひどくゆっくりと振り下ろされるような錯覚を覚える。

 途方もない大きさ、そして「死ぬ」という確信が体感速度を誤認させる。


『ソル!』


 無慈悲な衝撃が襲い掛かった。







 直訴が響き渡る。


 今のアーガイラムの声ではない。

 在りし日の声が我の魂の中で再現されていた。

 あのときのおぬしは、仲間のために命を賭して叫ぶ巨人であった。

 声が枯れ果て、喉がつぶれようと、ひたすらに叫び続けた。


 なぜ見捨てたもうたか。


 見捨てたつもりなどない。ただ我が愚かであるがゆえに。


 だから我は弁明したかったのだ。


 一言だけでも詫びたかったのだ。


 あのとき我は、神のごとき力を持つ大自然の化身であることを半分辞めた。そうしなければ個々の命の言葉を聞くことは叶わなかった。


 だがおぬしは弁明など聞きはしなかった。


 ありがとうと涙を流した。


 ばかとかあほとか言っておったくせに、それは事実であったのに、おぬしはただ、感謝を告げた。


 そこから獣の時代を迎え、我らは日々を駆け抜けた。ラズリーのような者もおったし、もっと尖った者もおったが、魔物たちの世界は、ああ、楽しかった。やがて人と対立して死に至ることとなったが、そこに後悔はない。


 パパとママとも出会えたし、こうして友と再会することもできた。


 だから我はどうしても納得がいかぬのだ。


 巨人国の子らを見て、そしておぬしが考えているであろうことを思い、どうしても納得がいかなかった。


『ソル! おい、ソル! お前、死んじまったわけじゃねえよな!』


「……肉は斬ることもできる。骨を断つこともできる。だが炎を絶やすことはできぬ。我は燦燦と輝く太陽の化身」


 太陽魔法【ソルフレア】。


 第一段階においては、召喚した太陽の炎をぶつける遠距離攻撃である。現代の火属性の魔法を掛け合わせれば色々と応用が利くが、我の巣の魔力量では「けっこう強い攻撃魔法」くらいにしかならぬ。


 第二段階においては、呼び出した炎を心臓から全身に送り出して肉体そのものを強化する魔法で、これがもっとも使い勝手が良い。


「その力は……」


 アーガイラムが我を見て驚愕していた。

 記憶が混濁していても、我を忘れておらぬことは嬉しい。

 そしてこれから起きることを思うと、悲しい。


「そうさの。太陽魔法【ソルフレア】第三段階。白炎とでも名付けようか」


 我が奥義たる魔法。その次を見つけた。


 太陽の炎を血管を通して全身に巡らせた後に、筋肉、臓器、骨のすべてに太陽の炎を宿し、炎そのものを肉体とする。血肉に炎を通わせるのではなく、炎に血肉のような動きをさせて、肉体の限界を超越させる。


 衝撃を受け止めることもできれば、形を無くして衝撃を交わすこともできる。心が自由になれば肉体も自由になる。隕石のごとき踵が打ち下ろされようと、何のことはない。


「槍よ、我が手に」


 壊れぬようにあえて手放した槍は、我の魔力を通わせている。

 命に応じるように槍は我が手に飛び込んできた。


「この山を攻めるのはどこの魔物だ……バイコーンどもの手先……それとも人間の勇者……それとも異能者どもか……!」


 唸り声をあげてアーガイラムは我を睨む。

 もはやいつの時代の敵なのかもわかっておらぬ。


「ならば思い出してもらおうではないか……竜夏槍術、竜酔歩」


 脱力し、自然体で空中に浮かぶ。

 あたかも友人に挨拶するような速度で、あやつの眼前へと進んでいく。


「なめるなッ!」


 大いなる体が動いた。

 その一歩で集落や町そのものが滅ぶような蹴りが放たれる。

 だが、それだけだ。

 それだけであると気付くまで随分と追い詰められてしまった。


「おぬしは千年前とさして変わってはおらぬ。統治にばかり気を取られて戦いから遠ざかっておったな……だから人間体であろうと、今の姿であろうと、何をしたいのか手に取るようにわかるぞ」


 直訴の巨人アーガイラムの戦いは、まさに王者の振る舞い。

 一挙手一投足で大破壊をもたらす手足を悠然と振るって敵を叩き潰すのは当然のこと。

 巨人がどれだけ強く恐ろしいかを戦いを見守る者共の心に刻み付け、そして味方を鼓舞し、栄光ある勝利をもたらす。


 迷いなき一撃は隙だらけのように見えて、相手を完膚なきまでに叩き潰すための最適解が描かれている。


 防御をしないのも、純粋にアーガイラムの防御力が絶大すぎるだけだ。防御させるに至らない。そもそも避ける動作に使う魔力や体力よりも受け止める方が効率がよいという化け物である。どんな攻撃にあっても避けることなく敵の姿を見据える。背後や頭上を取ろうと四方八方に飛び回るのは下策。


 しかし正面突破も当然ながら死地となる。


 隕石のごとき拳や蹴りに痛痒も感じぬ体と、巨大で堅牢な肉体を破壊する武器がなければ勝負にならぬ。


(そうだ。我はそうしてあやつと喧嘩したのだ)


 意見を違えたときに喧嘩したこともあった。

 アーガイラムの大きさと強さは、同族たちを守るためだけではない。

 我に直訴し、ときには拳を交えるためのものだ。

 だから今度は我がこやつのために強くならなければならぬ。


「なっ……!?」


 アーガイラムの蹴りが、我に当たった。

 だが我は肉体が破壊されることもなく、吹き飛ばされることもなかった。

 脚が当たる瞬間に脱力し、肉体のくびきを解き放ってただの一つの炎となって衝撃を殺す。

 そしてまた肉体を構成し、アーガイラムの眼前へと近付く。


「本来は、脱力して周囲の気配を感じ取り、酔いに任せる竜のごとく天然の境地に立った歩法で敵を追い詰める技ではあるのだが……我は未熟ゆえ、太陽邪竜としての力を借りてこうした形にせねば使えぬ。だがおぬしとケンカをするには十分よ」


「卑怯な真似を……がはっ!?」


 そして、袈裟懸けに斬撃を放つ。

 軌跡は巨大な炎となって、アーガイラムの胴体を斬り付けた。

 流石に相手を両断するとまではいかなかったが、それでも衝撃を与えるには十分だった。


「ぐう……味な真似をするじゃねえか……!」


「我が太陽の力を存分に味わうがよい」


「なめんなよ! 俺様はアーガイラム、巨人の中の巨人! かかってきやがれ!」




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