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凱旋と陰謀 7




 ユールの絆学園の学園長室に、仄かにかぐわしい香りが漂う。


 茶葉の香りだ。


 学園長、そして『新世界の子ら』の長のベルグトゥーは、呼び出した子をソファーに掛けさせ、紅茶を振る舞うのが常であった。


「悪徳の味だね。やはり魔物たちが作る茶葉は人間が作るものとは趣が異なる」


「よろしいのですか?」


 シャーロットが茶を喫しながら、ぽつりと尋ねた。


「穏健派の魔物のものだ。これくらいは目溢ししよう。ラズリーのような本物の悪徳さえ枯らすことができるならばね」


「ああ、いえ、そうではなく……」


「彼のことかな?」


「……今でも信じられません。彼が魔物で、あの宝石を探し求めていたなどと」


「トリアナイトくんは風変わりだからね。きみたちにもいい刺激になっただろう。私たち『ユールの絆』は今のところ人間種のみであるが、我らが志に賛同してくれるならば魔物であっても門戸を開けるつもりだよ」


「だから永劫の金剛石を渡したのですか?」


 ベルグトゥーが紅茶を口にしながら、ゆっくりと答える。


「あれは宝飾品としては実に高価だが……所詮は浮世の価値観に過ぎないよ。学園を維持するのに必要な資金も、計画のための魔力資源も確保している。生徒たちの成長のほうが大事だとも」


「流石です、お父様。ところで、その……」


 シャーロットが、先程の問いかけよりも慎重に言葉を選ぼうとする。

 それを察したかのように、ベルグトゥーは微笑を浮かべた。


「千里眼の確認も済ませている。暗黒領域から来た魔物は、トリアナイトくんだけだ」


「そうですか」


「ソルくんは竜人属としてはあまり特徴らしい特徴がないと言っていた。特筆すべき才能はあるにしても、何か怪しい出自であるということはない……というのが彼の見解だ」


 その言葉に、シャーロットが胸をなでおろした。

 そんなシャーロットを見て、ベルグトゥーはただ静かに笑みをたたえていた。


「ああ、それと確認しておきたいのだが……ジュエルゴーレムは何か言っていなかったかね?」


「女神よ、いずこに……と、うわ言のように言っていました」


「やはり、神気にあてられていたか……そこまで祝福を受けていると扱いは難しかったかもしれない」


「祝福ですか? 呪われていた、などではなく?」


 シャーロットの問いかけに、ベルグトゥーがどこか皮肉めいた笑みを浮かべた。


「矮小な身にとっては呪詛も祝福も似たようなものかもしれない」


「……その身を蝕むと?」


「正解だ」


 答えを口にした生徒を褒めるように、ベルグトゥーの顔に慈しみの笑みが浮かぶ。


「ただの宝飾品としてならば害はないだろう。だが本来の使い方……巨人族の病を治したり、何かしらの魔術的な媒介にすれば暴走しかねない。あそこには凄まじいほどの魔力が込められているからね。それも、察知が難しい。きっと何かが起きる」


「何か……」


「もしも噂されている話が事実であれば……巨人王アーガイラムが水晶病であったとしたら……。あーガイラムが自ら封じていた真の力……本体が解放されてしまうかもしれない。それほどまでに強力だ」


 その言葉に、シャーロットは呆気に取られた。


「し、しかし、あれを手にしたときはさほど強いようには思わなかったのですが……。永劫の金剛石を守っていたジュエルゴーレムも、手加減する必要がなければ私単騎で倒せていたと思います」


「あの神の気配は常に流れ、流されている。神の気配を感じ取るのは難しいが、ここに封じられている女神は特に難しい。風のように、雲のように、どこにでもいて、どこにでもいない。そういう存在だ。だが確かに存在しており、太陽と月に比肩する絶大な力を持つ。……そんな神の空気を、少しずつ、少しずつ集めることで、我らもこうして暗黒領域を素通りできるというわけさ」


 ベルグトゥーの言葉に、シャーロットはただ畏敬を覚えた。

 神の力を濫用することの危うさなどベルグトゥーはすでに超越していると。


「ジュエルゴーレム……永劫の金剛石の生み出した仮初の体の目的は、身を守ることではない。その神に触れた魔力を外に漏らさないことだった。だがおそらくゴーレムは常に不安に苛まれていただろう。本当に守るべきものがここにあるのかと。だが確実に、棺の中にはあった。彼はいずこに、などと嘆く必要などなかった」


 ベルグトゥーの恍惚とした言葉に、シャーロットもまた満足そうに微笑む。


「しかし……魔物たちを強くしてしまうのでは? 敵に塩を送ったようなものですよ」


「わかっているだろう?悪い子だ、シャーロット」


 くすりとシャーロットが微笑む。

 その邪悪な企みを共有できることが悦びであると、彼女の表情が言っていた。


「それに……アーガイラム程度であれば私でもなんとかなる。心配はいらない」


「はい、もちろんです」


 その言葉に一切の気負いはない。

 シャーロットも疑うことなく、嬉しそうに頷いた。


「ところで『千里眼』は暗黒領域ですか?」


「ああ。仕事を頼んだよ。巨人国には注視しておきたいからね……と、早速、念話が来た。……ふむ。なるほど」


 シャーロットは、会話の空気を察して沈黙した。

 そして会話が終わった頃に、好奇心を隠せずに尋ねる。


「……吉報ですか?」


「ああ。丁度、千里眼からだよ。そろそろ事態は動く。同盟者が生き残るかは怪しいところがあるが……悪い展開ではない」


「はい。どちらであれ手筈通り、仕掛けましょう」


「焔は先行している。向こうで合流するといい。では……行くがよい。愛する娘よ」


 学園長室に描かれた転送の魔法陣が光り輝く。

 シャーロットは仮面をかぶり、その仮面の下に微笑みをたたえながら暗黒領域へと移動していった。

 ベルグトゥーはひそかにほほ笑む。


 予想していた通りに物事が動いている、からではない。


 予想もしなかった思わぬ奇貨が手の中にあると知ったからだ。


「ソル=アップルファームと言ったかな。シャーロットとも仲が良いようだね」


 自分のために設えられたデスクに掛けて、一人の生徒のプロフィールを眺める。


「異能『千里眼』でさえよくわからない。それは必ずしも矮小で凡庸であるとは限らない。ただの魔物であればともかく、神の力を持つ者であれば……その正体を見破ることはできまい。恐らく神官も医者も、ただの竜人族との違いはわからないだろう」


 その奥底に燃える歓喜を、あるいは執念の光を、ベルグトゥーは子供たちにさえ見せたことはない。


「あまりにも普通すぎる……理想的に普通だ」


 ベルグトゥーは自分の口元が歪んでいるのを自覚し、自嘲しながら顎を撫でた。







 星喰いとは、精霊が精霊を食らう魔法だ。


 正直、好きな魔法ではない。大地がやせ細り、どうしても精霊が生きていけなくなったときに同種の精霊に身を委ねてより強い一体になる。それだけ追い詰められた状況にやむを得ずにやるものだ。ただ自分の野心だけでやる者もいるが、そういう者は往々にして同族に排除される。


 しかして、目の前の男は排除される者なのか。


 それともやむを得ない生存競争の果てにいる者なのか。


「うぉああああああああああー!」


 雷鳴のごとき咆哮が響き渡る。


「アーガイラム! 落ち着け! 己を制御せよ! まだ間に合う、子らを吐き出せ!」


 その声が届いたのか、それとも届かなかったのか。

 アーガイラムの本体すべて……つまり山そのものが動き出すことはなかった。

 だが肩の宮殿より上の場所だけは濃密な魔力に満たされ、山から切り離された。岩石や樹木、土が四肢を形成し、身長百メートルを超えるであろう巨大な魔物となった。


 いや、これぞまさしく巨人だ。


 人間体でもない、山そのものの自然風景でもない、巨人の真なる姿の一つであると言える。


「これ以上はもう……抑えられん……」


 同族と永劫の金剛石を取り込んだことで、一度に途方もない力がアーガイラムの体に注がれた。自意識が薄れて今まで押さえつけていた破壊衝動が解放されようとしている。


 だが、それでもまだアーガイラムの理性はあると断言できる。


「……力を凝縮して留めることで、山全体を動かすことを防いだのじゃな」


 アーガイラムの本体、つまり今我らが立っている銀嶺が動けば、巨人族の集落は崩壊する。そして巻き込まれる巨人たちも吸収されてしまうだろう。


 そうなれば暗黒領域、そして魔物たちの命運がここで途絶ることもありえる。

 魔物同士による全力の全面戦争によって自滅してしまう。

 きっとこの男は、こうなることがわかって戦争を避けるように領域内の各国に戦争を制限していた。自分という大きな爆弾を抱えているがゆえに、義務を果たしてきた。


「ああ……だがもう無理だ……逃げろ……」


「無理とは何じゃ! 何者かに操られるようなおぬしではなかろう!」


「どっかの誰かなら大したことねえさ……俺が抑えられないのは……俺自身だ……」


 アーガイラムがそう言った直後、我の視界が突然暗闇に閉ざされた。


 天気変わった? 幻惑を掛けられた?


 いや、どれでもない。


 巨大な掌が我を握りつぶさんとしており、そのあまりのスケールと死の予感が思考を加速させた。残り一秒にも満たない時間で指が閉じられて、同時に我の命も費える。


「……ぬおおおああああっ!?」


 竜の翼を生やしてすんでのところで回避する。


『馬鹿野郎ボサっとするな!』


 回避した我の襟首を、高速でジャンプしたミカヅキが咥えてアーガイラムと距離を取る。拳や蹴りの距離だけで数十メートルはあるので間合いを取るだけでも一苦労だ。


 我は竜の翼で飛ぶことができるし、ミカヅキも独自の魔法によって二段ジャンプか三段ジャンプができるので疑似的に空を駆けることができるが、それでもアーガイラムの巨躯に似合わぬ速度は恐ろしい。一瞬気を抜いただけで粉微塵にされてしまう。


『どうする』


「そうさの……」


 状況は絶望的だ。それでも、考えねばならぬ。今何が起きているのか。なぜ起きたのか。そしてどうすればよいのか。


 きっかけはわかりきっている。永劫の金剛石だ。


 アーガイラムの魔力が膨大に膨れ上がったために、星喰いの魔術が逆転してしまいトパズを、そしてトリアナイトちゃんを喰らってしまったのだ。もしかしたら他にも巻き込まれた者がおるやもしれぬ。


 同時に、アーガイラムは千年以上、全力でぶつかり合うような闘争をしておらぬ。


 戦争を禁じておったという理由もあるだろうが、アーガイラムとまともに渡り合える者も少なかったことだろう。突然、自分の身に莫大な魔力を与えられたことで、千年近く貯め込んだ破壊衝動を制御できなくなっている。長命種には時折あることだが、今のアーガイラムほどの規模で起こるのは流石に我も見たことがあったかどうか。


「ひとしきり暴れたら戻るはずじゃ。それまでどれほどの殺戮が起きるか想像もできぬが……」


『しかしここまで割れを無くすもんか?』


「こやつは山の化身であり、鉱石の化身たる巨人たちの本体を保護しておる。そうなると……巨人国の国民全員の破壊衝動を吸収してしまっていたのではないか?」


『だったら巨人たちの責任だ。俺たちゃ放って逃げたっていいんだぜ』


「まさか」


 煽るでないわ、まったく。

 答えなどわかりきっていよう。


「殴り合えなかったからこうなったのであれば」


 我は自分の拳と拳を勢いよく合わせた。

 魔力が炎となって迸り、一瞬だけ周囲に熱気を生んだ。


『ったく、脳筋なところは死んでも変わらねえな』


「当たり前じゃ」


 今回ばかりは加減はなしじゃ。

 最初から全力で戦う以外、選択肢はない。


「……太陽竜の咆吼は声であり光。目と耳を閉じ、頭を垂れよ……。我が名を冠する絶技、原初の炎、【ソルフレア】」


 すでに【竜身顕現】は済ませており、四肢は竜の形状になっており翼も生やした。

 そこに太陽竜の力を宿していく。

 体全体が白熱化し、まさに太陽のごとき熱量を放つ。


「行くぞ、アーガイラムの小僧!」





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