凱旋と陰謀 3
巨人国はその無骨で頑健なイメージに反して、風光明媚で涼やかな雰囲気の国であった。
道にはリンドウやキンポウゲなど色とりどりの高山植物が咲き、湖には水芭蕉が咲いている。麓は森のようになっているが、あーガイラムの中腹まで登ると高い木々は少なくなってそのかわりに荒々しい岩肌の場所や草原が広がっている。
そして木々や煉瓦によって作られた家並みはなんとも風情がある。都会のように密集した家屋とは違ってどこか悠々としている。だが煉瓦にも木材にも魔力が込められていて、見た目以上の堅牢さを誇るであろう。
「なーんでぇー!?」
「なんで、ではない! いくら使命があるとは言え、好き勝手やりすぎだ! こんなときに外部の者を連れてくるな阿呆が!」
そして門番もまた、堅牢というか頑固であった。
ほぼ人間のおっさんの姿だが、筋骨隆々の姿に槍を持っており、なんというか「いかにも」という感じだ。見るからに堅くて、固くて、硬そうだ。トリアナイトちゃんが柔らかすぎるのかもしれぬが。
「そこな門番よ。我がいるから入れぬ、ということか?」
我を見て、門番が警戒をあらわにした。
「ほう……お前が死体啜りの森の主人でソルフレアの生まれ変わりと言ってる娘か」
その隣には巨人の配下と思われる岩石の妖精がいた。
拳や人の頭くらいのサイズの岩石が集まって人間の体のようなシルエットになっている。そんなブサかわいい人形が10体ほどたむろっておってそこそこ威圧感がある。
……ていうかけっこう強そうじゃの。ゴブリンどもを鍛えてはいるが、それでも巨人にはまだまだ勝ち目がなく、眷属でさえかなり苦戦するであろう。もっともっと鍛えてやれねばならんな。
「うむ。別に戦争をしにきたわけではない。昔馴染みに会いに来ただけじゃ」
「我らが王にそんな気安く会おうとするなど、ここ百年はいなかったぞ…・・」
「じゃが気安く気さくな男であろう。堅苦しいことが苦手で、ちょくちょく抜け出しておるのではないか?」
「……なぜそれを」
「というわけで、通してもらえるかの?」
と、我が言ったが門番は槍の石突で大地を叩いて威嚇してくる。
「まさか。お前の正体も言葉も、そうやすやすと信じてもらえると思っているわけじゃあるまいな」
「そんな……なんでさシリコン兄さん!」
「他人がいるところで兄さんと呼ぶな恥ずかしい!」
シリコンと呼ばれた巨人が怒るが、我らをちらりと見て恥ずかしそうに咳払いをした。
別にええじゃないかと思うのだが。
「……今、トパズ様と親父殿が一対一で重要な話し合いをしている。何人も立ち入らせるなというお達しだ。お前とて、長姉の命には逆らえまい」
「……ん? 親父殿の命じゃなくて? 話し合いをするなら親父殿が出すべき命じゃないの?」
「……そんな細かいことを気にするな! ともかくこいつを外に連れ出せ! 話はそれからだ!」
「やだ!」
「やだではない! お前だけなら通すと言ってるんだ!」
「うーむ、顔を見たかったところだがこれでは仕方ないのう」
我らは帰るか……と思ってトリアナイトちゃんの顔を見る。
だがトリアナイトちゃんは小さく首を横に振って、その上で琥珀を見た。
「知らないもーん! あっかんべー! ばーかばーか!」
と、怒った勢いで我らとともに引き返してしまった。
巨人たちの姿見えなくなるまでトリアナイトちゃんはぷんすか怒っていた。
いや、怒っていたフリをしていたと言うべきか。
「あれでよかったのか?」
「うん」
トリアナイトちゃんが怒気を鎮めた。いや、内心では怒っているようだが、疑念や不可解という気持ちの方が大きいのであろう。
「でもよく演技だってわかるよね」
「そりゃ当然じゃろう。トリアナイトちゃんが怒るとやたらドスの利いた口調になるではないか?」
「えっ? いやいやまさか」
「えっ?」
こやつ、もしかして自覚がないのか……?
ミカヅキもちょっと呆気に取られている。
「ソルちゃんは時々変なこと言うよね」
我が嘘ついてるみたいな流れどうかと思うのじゃが……?
「ま、まあよい。ともあれ引き下がった理由があるのじゃな?」
「う、うん。なんかヤな予感がするんだ。作戦変更しよう」
『いい判断だと思うぜ。妙な緊張感があったな』
「ミカヅキちゃんもそう思う?」
トリアナイトちゃんがぽむぽむと撫でる。
そこ撫でるタイミングであったか?
「何か考えがあるのじゃな?」
トリアナイトちゃんは我の問いに答える前に、意味深な話を始めた。
「……ソルちゃんは、親父殿が病気ってことは知ってるよね。でも、親父殿の子供たちが何を考えてるかまではソルちゃんはまだ知らないと思うんだ」
「そうじゃな。流石にアーガイラムもそこまでは説明せなんだ」
「子供はたくさんいて、まあみんな気の良い連中だよ……って言いたいところではあるんだけど、最近はちょっとギスっちゃっててさ……。親父殿と一緒の会議も昔は和気藹々としてたのに、今はすっごいバチバチやりあっててさ」
「暗黒領域の最大派閥なのだ。仕方あるまい。しかし……そのような言い方をするということは、派閥があるのじゃな?」
「だいたい三つくらいに別れてるよ。勢力として一番大きいのは、年上のトパズ姉様がリーダーの伝統派。その次にコランダム兄さんが率いる過激派」
トリアナイトちゃん曰く、今の巨人国を実質的に仕切っているのは長姉のトパズという女だ。人間体は金髪の美女で、本体はトパーズの宝石の化身というなんとも豪華な巨人である。
アーガイラムを除けば最強格の巨人とのことだが、表に出て戦う姿を見かけることは少ない。巨人国の内政や暗黒領域内の外交などなど、アーガイラムが面倒くさがるところを一手に引き受ける長女体質なのだそうだ。
その次に、武闘派のコランダム一派。
戦闘や戦争で勝つことこそ魔物の誉れだと公言し、戦争を禁じられた現状を不満に思う巨人たちのオピニオンリーダーである。実力的にはトパズに劣るそうだが、戦闘経験は豊富で油断ならないやつだそうだ。ちなみに、暗黒領域内の戦争の緩和を求めている。
「……っていう建前があるんだけど、実際としてはトパズ姉様一派に旨味を独占されてるのが面白くない感じ」
「旨味……?」
「なんていうのかなー。魔力であると同時に土地でもあるって感じ?」
曖昧な説明ではあるが、なんとなくピンと来た。
「……そうか。おぬしらは鉱石や岩石の化身で、アーガイラムは山の化身。山が生み出す魔力がおぬしらの力の源となっておる。山の土地のどこを所有するかで兄弟姉妹でバチバチやりあっておる、と」
昔から戦争とはナワバリ争いが発端であったものだ。
巨人国もまた、そうした火種を抱えておるということであろう。
「そういうこと。あとは……ガス抜き目的でもあるかな。わたしたち魔物って闘争本能があるからさ。まあ普通の寿命ならともかく、長命種が何十年も何百年もケンカとか戦争から遠ざかってると、ほら……あるじゃん?」
「まあ、暴走してしまう者も時折いるしのう……魔物は適度に小規模な戦争している方がストレスを貯めずに住むところはある」
前世の我が戦争やケンカのルールを制定した理由の一つでもある。
強い魔物であればあるほど狩りや喧嘩、その他何か競技性のあるバトルをして溜め込んだ衝動を発散させてやらねば、いずれとんでもない爆発を引き起こしたりする。巨人は長命でありその分だけ破壊衝動を溜め込んでしまう。乱暴者がいることも全体としては大事なのであろう。
「で、争っているのはその二つの派閥だけか?」
「ちっちゃい派閥はたくさんあるよ。その中で大きいのは……自由主義の派閥かな……。ケンカや戦争したくないわけじゃないけど、魔物らしく自由闊達に生きていたいって雰囲気。ダンスバトルとかも復活させたいって」
「ほほう。誰がリーダーなのじゃ?」
「えっとぉ……多分……わたし?」
トリアナイトちゃんは、えへっとウインクをする。
冗談めかした態度だ。
つまり、こやつの言ってることは本当ということである。
「こら! 派閥の長が人間の国にふらふらと遊びに来てどーするんじゃい!」
「だ、だって、ちゃんとした派閥ってわけじゃないし! 人数だって他の派閥の半分もいないし! なし崩しでリーダー扱いされてるだけだし!」
「ふむ? あ、なし崩し的に旗頭にされてしまっているわけじゃな」
「それに、人間の国に来た理由もちゃんとあるんだよ。永劫の金剛石を手に入れるのもそうだし……もう一つは空振りしちゃってるけど」
「空振り?」
「わたしは本当は、行方不明の姉妹を探しに来てたんだ」
「……というのは、使命とは永劫の金剛石を探すのではなく、その行方不明の家族を探すことだった、というわけか?」
なんか妙だとは思った。
トリアナイトちゃんが永劫の金剛石を手に入れるという使命を帯びているならば、門前払いされるはずもない。
「うん。消えた姉妹、オパルの居所を探すのと……もし殺されてたら、報復しろって」
『巨人が消えた……?』
「それはおかしいじゃろう。基本、おぬしらは人間体で活動している。恐らく本体はこの国……というか山のどこかに封印しておるのじゃろ?」
ミカヅキも我も、その話のおかしさに気付いた。
「うん。でも人間体も本体も、ある日突然消えちゃって……。でも暗黒領域のどこにも手がかりがなくってさ。もしかしたら外に連れていかれたってこともあるのかも……って思って」
「……そうか」
我は、出来事のおかしさだけではない、その先のおかしさにも何となく気付いた。だがそれを聞くことは躊躇われた。我とて、そうあってほしくはない。あんなにも辛いことは、一度だけでよい。
「ん? どうしたのソルちゃん?」
「いや、なんでもない。ともあれ敵への報復かアーガイラムの治療、このどちらかで成果を上げれば主要二派閥を出し抜くこともできる……というわけじゃな。なかなか野心家ではないか」
「別に功績とかはいいんだけどさ……ただ」
「ただ?」
「身内でギスギスしてるより、親父殿の病気が治って、みんな仲良くなった方が楽しいじゃん」
その眩しい笑顔は、真実を語っている。
暗黒領域を治め続けた巨人族らしからぬ、あるいは巨人族だからこそ言える真摯な言葉。
我は、こういうことを言ってのけるやつが嫌いではない。
「相わかった。我も助力を惜しまぬ」
「うん!」
「して、どうするか考えはあるのか? 門番を倒すか? それとも……」
「大丈夫大丈夫。肩の宮殿……親父殿がいる部屋までの直通の秘密のルートがあるんだ」




