学園の三悪人 4
「えーと、剣術の次は魔法の授業じゃの」
剣術の時間が終わったところで我らはローブに着替えて校庭に出た。
校庭の隅っこには射撃場のような場所があり、我らはそこに集まって、先生が火魔法の見本を見せつつ皆に呪文や魔法の注意点などを説明し始めた。
「火魔法は普通の火と違って魔力がなくなれば自然と消えます。ですがそれでも触れたら火傷しますし、家屋も燃えます。注意して使うように!」
今の時代の魔法は、我の時代より恐らく洗練されている。覚えやすく、使いやすい。
昔の魔法は呪文詠唱とか儀式とかダンスとか、あるいは直感的になんか使えるやつのセンス頼りとかで千差万別であったが、今は四大属性、地水火風という属性ごとに分類されて、呪文もさっくりと短い。我もこの授業で今どきの火と水の魔法をそこそこ覚えた。
だが……。
「ブレイズくんすっごい!」
「こんな風に魔法を放つなんて……天才だったか」
「制御も緻密だ。さすがはブレイズくん」
ブレイズくんのファンが次々に褒めそやす。ブレイズくんは涼し気な顔をしているが、内心で嬉しそうなのが伝わってくる。
だが確かに褒める気持ちもわかる。
彼の10メートルほど先にある矢の的には小さな穴が空いている。
穴そのものは小さいが、しっかりと貫通されている。
これは火球という、火属性の基礎中の基礎にあたる魔法によるものだ。
「訓練すればこの程度のことは誰だってできる。皆、努力すればいいだけの話だ」
ブレイズはツンと取り澄ましてこんなことを言うが、中々そういうわけにはいかぬものだ。
他の生徒たちの魔法は、火力がまちまちで火球のサイズも不安定である。りんごくらいの大きさの火球を出して、それを的にぶつけて終わる。的に穴が空いたりはせず、ちょっと焦がすくらいだ。
だがブレイズの魔法は、さくらんぼくらいの大きさにしっかりと熱を込めて、矢よりも速く撃ち出して的を穿ち抜いた。火そのものの原理を理解しつつ、濃密な魔力を編み上げる鍛錬を積み重ねたからこそできる技である。
我が自分の体に秘めた魔力はブレイズより多いが、あのように緻密な制御はまだまだできぬ。
「ソルちゃんだって凄いぞ! あんなに強くて大きい火球が放てるんだからな!」
「そうだそうだ! 的だって全部燃やしちゃったんだからな!」
いや、そこあんまり言わないでほしい。
我とて加減するつもりが、ちょっと失敗して思い切りやってしまった。
恐らくこの程度のことはブレイズにもできるであろう。
我は前世からほんのちょっとだけ引き継いだ魔力があるゆえ、ズルみたいなものじゃ。そこを誇る気にはなれん。
「それがどうした! トリアナイトちゃんの芸術を見なよ!」
「こんなに美しい炎を見たことないわ!」
そして腕が良いとか悪いとかではなく、トリアナイトは奇怪であった。
青色や赤色、白色はともかく、緑色やピンク色など不思議な色の火を作り出している。どうやってるのかさっぱりわからぬ。
精巧さはブレイズに劣るかもしれぬが、この器用さには底知れ無さを感じる。
「これこそトリアナイトちゃんのオリジナル魔法、百火繚乱だ! かわいい!」
そういえば入学初日に、トリアナイトちゃんが「オリジナル魔法を作り出した天才」と呼ばれておったが、これが由来であったか。
確かにこれは見目麗しい。天才と褒めそやす側の気持ちもわかろうというものだ。
「えへへ……ちょっとした手品みたいなもんだからたいしたことないよ……でも、可愛いのが一番だよね……」
トリアナイトちゃんは照れくさそうにはにかむ。どこからどう見ても可愛い女の子そのものだ。その姿がまたファンたちの心をくすぐっておるようだ。
「世界一カワイイよ!」
「トリアナイトちゃんサイコー!」
照れて謙遜するふりして、嬉しそうにくるくる回っている。
なんかこう……トリアナイトちゃんとその周囲はちょっと空気が違う。我やブレイズはあくまでクラスのリーダー格扱いという雰囲気であるが、あやつらはいつもお祭り騒ぎである。最近流行りのアイドルというやつかもしれぬ。魔法使い用のローブを改造してフリフリとか付けておるし。
だがやはりこの場においてはブレイズが秀でていると言わざるを得ぬ。
恐らく先生もブレイズを高評価することであろう。
「凄いわねぇ……さすが『太陽』のクラス。みんな優秀だわ」
妙に色っぽい魔法の先生が呆れとも賛嘆ともつかぬ溜め息を吐いた。
「それじゃあ魔法実技の授業はここまで。また教室に戻りますよー!」
『太陽』クラスは授業数が多く、生徒も先生も忙しい。さっさと次の授業の準備をせねばならぬ。
「次の授業に早く行こうよ☆」
トリアナイトちゃんが楽しそうに皆を促す。
次は、トリアナイトちゃんの独壇場、古典文芸の時間であった。
◆
古典文芸の授業では詩を朗読したり、文学作品を読むのが主だが、ときとして歌や舞を学ぶこともある。これらも古くからの伝統的なものであり勉学の対象である、とのことであった。
そんなわけで授業内容はけっこう楽しい。我はチャンバラも魔法も好きだが、読書も決して嫌いではないのだ。ソルフレアについての本もたくさん読んでおったし。
「では次の文章を……ソル=アップルファーム、現代の言葉で解釈してみたまえ」
「うむ。まず古語で言うところの金竜とは竜そのものではなく太陽の隠喩で、青竜は大河の隠喩なのじゃ。ゆえに、『金竜がお隠れになり青竜の天下となった』は竜がケンカしたのではなく、雨が多く川が氾濫し、田畑を流されたことを嘆く文章である」
「ソルの言う通りだ。これは農村での日々のつらさを文学的に表現したものである」
先生が褒めてくれて、マーズくんたちが「すげえじゃねえですか親分」と褒めてくれる。落ち着くのじゃ。ていうかおぬしら妙にチンピラくさいが大丈夫かの。勉強もせよ。
「……脳筋の割にやるじゃないか」
「そこうるさいのじゃ」
「褒めてるんだ」
ブレイズくんが憎まれ口を叩いてきたので反論すると、ブレイズくんがびっくりした顔をした。
こ、こやつ……もしかしてこの物言いで褒めておるつもりなのか……?
「おぬしは口が悪い。もう少し文学に親しみ謙虚さを学ぶがよい」
「言っておくがこの授業の成績は僕のほうが上だぞ」
「ぐぬっ……鼻持ちならんやつめ……!」
悔しいが古典文芸の成績において、我はこのクラスで三番目である。
二番目はこやつ、ブレイズくんだ。
そしてトップは別にいる。
「さて、それではこの時代の代表的な詩についてだが……」
先生の言葉に、めちゃめちゃうずうずしている生徒がいる。
「トリアナイト……読みたいのか?」
「は、はい」
照れくさそうにトリアナイトが頷く。
いやめちゃめちゃ先生に熱視線を送っておったではないか。
「読むのは構わないが、その……普通に……」
「先生! 詩はちゃんとリズムや抑揚をつけて詠むもので、淡々と読むものじゃないと思います!」
「そ、それはそうなんだが……」
詩と歌は切っても切り離せぬ関係にある。
いや、まあ、確かにそうである。
前世の我にとって、言葉とは声であった。
自分の名前だって声で知ったし、魔物たちも声で我を呼びかけた。人間が発明した文字というものを見たときはなんじゃこりゃと思ったが、使ってみるとこんなに便利で面白いものがあったとはと感動したものであるが、でも本を読むときは頭の中で声を出して読むものである。
ちなみにブレイズくんは「はぁ? そんな面倒なことをしなくても本は読めるだろう。文字は目で追いかけるものだ」派であり、本を読むのも文章を理解するのもやたらと速い。もっとも歌が下手でそれを自覚してるので、詩の授業では先生に指名されないようコソコソしておるのだが。
ともあれ、この授業において大事なのは文字だけではない。音としての言葉も重要だ。先生はそう語っていた。それゆえにトリアナイトちゃんの暴走を止めにくいのである。
「あー、あ、あ、あ。あえいうえおあお」
「発声練習はしなくてもいいんだぞ」
「はい! 大丈夫です!」
にこやかな笑顔に先生が何も言えなくなっておる。
そこはもうちょっと頑張ってほしいのだが。
「ああー、くものしとねをー、あかつきが花の色に染めてー」
トリアナイトちゃんが古典の詩にメロディーを付けて歌い出した。
しかもちょっと色っぽい歌とかを選んで、艶めいた振り付けと声で歌うものだから
「トリアナイトちゃん! 世界一可愛いよ!」
「最高! 抱いて!」
「だ、抱かないよ、握手はいいけど……ありがと」
こうなってしまったら授業はもうダメである。友達というかファンたちが騒ぎ出してテンションは最高潮に達して教室は沸騰寸前である。なお古典文芸の先生は後で別の先生に怒られるのだが、それはまた別の話であった。今はまだトリアナイトの独壇場である。
「ちっ! 処しましょうぜソルちゃん!」
「ブレイズくん! あいつら調子に乗ってるよ!」
珍しく我の友達とブレイズの取り巻きの意見が一致する。
なんじゃ、話のわかる連中ではないか。
「……なんだお前たち。こっちを見ないでくれよバカが感染るから」
「なんじゃと」
ブレイズが冷え切った目線を送りながら罵倒を寄越す。
我もつい苛ついた返しをしてしまったが、それ以上にカッとなったのが我の友じゃ。
近距離パワー型男子のマーズと、ツッパリ女子のウェンディちゃんがブレイズに近寄り、その取り巻きが防ぐ。一触即発の空気のところ、トリアナイトの歌声が響いて取り巻きが邪魔するなとブーイングを飛ばす。
「やっちまえ!」
誰かの声と共に、戦が始まった。
◆
戦は教師の介入によって集結し、我、ブレイズ、トリアナイトは職員室に呼び出された。
勝者はおらぬ。
皆がお叱りを受けた。皆が敗者だ。虚しき戦であった。




