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いつか思い出す日 4




「「わーっはっはっはっは!」」


 がちゃんと盃を合わせて飲み干す。

 我が飲んでいるのは牛の乳ではあるが。


(そのくらいにしとけ。そろそろ門限だぞ)


「むぅ……時間が経つのは早いのう」


 昔話に興が乗って話し込んでいたが、どうにも三時間ほど経っていたようだ。


「俺もあんまり長居できねえんだよな。自由気ままだった昔が懐かしいぜ」


「しかし、おぬしが巨人族の王になるとはのう。えらく出世したものじゃ」


 アーガイラムは、気さくで気ままな男だ。

 というかちょっとナンパなところがある。武人や頑固者の多い巨人族の中では異端な方と言えよう。もっともその気さくさに好感を持つ者も多かったわけだが。


「大したもんでもねえさ」


「しかし不思議ではある。おぬし、喧嘩が大好きだったであろう」


 祭りと喧嘩は暗黒領域の華であると抜かしておった。

 巨人たちが暗黒領域における一種族に過ぎず他の屈強な魔物たちにむしろ押されていた頃は、嬉々として殴り込みに行ったりしていたものだ。


「戦争を禁じたこと、だな。あんたなら文句があるだろうとは思ってた」


「あるとも。闘争は魔物の本分。最後の一匹まで戦いあえとは言わぬが、牙を奪うようなやり方は……流石に人間に合わせすぎじゃ。さっきの小僧も、力を持て余しておったのではないか?」


 我はあぐらをかいてジト目でアーガイラムを見る。

 まいったとばかりにアーガイラムは頭を掻いた。

 その我らの様子に、周囲の者がどこか緊張した面持ちで見守っていた。


「……フレアは、やはり魔物は戦い合うべきと思うのか?」


 そこに、ジェイクが口を挟んだ。


「ん? おぬしも気になるか? ていうかなんでそんなに固くなっておる」


『今の国の成り立ちに関わる重要な話を、宴会の雑談でする方がおかしいだろうが』


 ミカヅキがツッコミを入れてくる。

 こやつ最近、おでこをくっつけなくとも言葉を直接脳に送り込めるようになった。おかげで寝坊しそうになると『起きろ!』とうるさいのじゃ。


「戦うことがよりよい生に繋がるかと言うと断言はできぬ。だがもとより牙と爪を持って生まれ落ちた者や、その者らの影響を受ける自然の化身や精霊から闘争を奪い去ることもできぬ。悟りの果に捨てることを選ぶ者もいるが、悟れぬ者に悟れと強いることもできぬ。この世に生まれ落ちた者がその生をまっとうする上で闘争が必要であれば、奪いたくはない」


「……なんだか難しい話になってきたな」


「まあ過度に禁じると歪が出るという話じゃ。人間やゴブリンはそこまでの悪影響はないのじゃが……何百年、何千年と生きる者から闘争を奪っては……やがて暴走しかねん。風の精霊が嵐を起こし、山の精霊が噴火を起こし、海の獣が津波を起こすように、小規模でもよいから衝動を解放してやらねば……大変なことになる」


 まあ我はあまりに自由気ままに生き過ぎて迷惑をかけた側なのだが。


 とはいえ、前世の我もまた歪が溜まってしまうと大変なことになるのが目に見えていた。我や魔物たちの問題を解決するために思いつきで闘技(ゲーム)を制定したが、これが思いの外上手くいった。懐かしいことである。


「しかしそれは今、禁じられておる。アーガイラムよ、何か理由があるのじゃろう?」


闘技(ゲーム)戦争(ケンカ)をやるには、ここは純粋に狭いんだよ」


 と、アーガイラムが面倒くさそうな顔をしながら言った。


「あー……それはあるのう……」


 戦争をするには広い土地が必要だ。

 戦場も必要になるし、勝者に与える土地や、土地から生まれる魔力がなければ成り立たぬ。

 戦いを繰り返せば、いずれ報奨というべきものを出せる状況ではなくなってしまうだろう。

 この状況で戦争をするとしたら、国盗りのチャンピオン……つまり暗黒領域の盟主を決めるべき決戦となるであろうし、そんな戦争など軽々にできはしない。


「暗黒領域が、狭い?」


 ジェイクが信じられないといった顔をした。


「うむ、今は狭い。単に、昔は良かったという話ではないぞ。生活圏として純粋に狭いのだ。特に巨人とか巨獣系の魔物、何百年か生きた精霊の類にとってはけっこう手狭じゃの」


「だから巨人が本体で活動するってのはちょっと難しくてな……。全員、俺の本体のところに集落とか砦を作って暮らしてるよ」


 その説明を聞いて、ジェイクはなっとくしたように頷いた。


「そうか……巨人国は、暗黒領域が狭くなったから生まれた……ってことか」


「うむ。今の眼の前にいるアーガイラムが仮初めの姿であることは有名な話であるが、他の巨人も同じことよ」


「つっても、俺みたいに山そのものの化身はいないがな。みんな鉱石とか岩石の化身の段階で進化を止めて、その状態で魔力を高めたりしてる」


「それが妥当なところであろうな」


「ああ。無制限に大きくなっちまうと暗黒領域が山だらけになっちまうし……そうでなくとも精霊の進化ってやつはキツいことも多い。精霊や化身の頂点になったあんたならわかると思うが」


「……存在が大きくなればなるほど、小さき者が見えなくなる。麦一粒一粒に宿る意思や、虫よりも小さき生き物の魂がわからぬように、魔物一匹、人一人さえもわからなくなる……そういうこともありうる……それに」


 進化して一種族が暗黒領域の覇者となること。

 それは恐らく、大きなデメリットがある。


「かえって魔物全体が弱くなっちまう」


 単一種族による暗黒領域の統一は、結局のところ魔物の種族が減って全体としての弱体化を招く。

 人間のように個々の強さはそうでもないが特徴の薄い生き物は徒党を組むと強いが、魔物はなんというかバランスが悪い。強いところ弱いところがはっきりしていてメタられてしまう。


「確かに……本来の姿の巨人って見たことないな」


「てっきり本気を出すまでもないってお高く止まってるのかと……。法にもうるさいし、気位が高いっていうか……」


 ゴブリンたちがひそひそと語り合う。

 アーガイラムに聞こえるだろうに案外肝の太い連中じゃの。


「まーその通りよ。あ、秘密にしとけよ」


 だがアーガイラムは気にせずガハハと笑った。


「相変わらずちっちゃいくせに豪胆な男よのう」


「人間の小娘になっちまったあんたに言われたかぁねえや」


「そうかの? ここ数年でけっこう大きくなったのじゃが」


「そのナリでソルフレアの生まれ変わりだなんて言われて信じるやつ早々いるかよ」


「だったらおぬしが足を運んでくるのはおかしいじゃろがい」


 我の言葉に、アーガイラムはくすりと笑う。


「そうだな。俺は本物だろうなとは思ってた。千年後に復活するってどっかの占星術師が言ってたからな」


「ほほう……それは誰じゃ?」


 千年後に復活するという話は、我は知らぬ。

 誰かに伝えてなどおらぬし、そもそも復活できたのは偶然に近い。

 もはや星読みというより未来予知に近い精度と言えよう。

 だが実際に予測していた者はいるようだ。

 アーガイラムの話もそうだし、『ユールの絆』の信者たちも復活を信じている。


「……誰だっけな」


 と、アーガイラムがとぼけた言葉をぬかしおった。

 せっかく謎が明かされるかと思ったのに。


「そこ大事なところじゃろがい!」


「そうは言っても千年前もの話、覚えてろって方が無茶だぜ。ご覧の通り自慢の髪も円熟の渋みを醸し出す白髪になっちまったし。ハゲる心配もないし」


「おっさんにしか通じぬマウントをするでないわ」


「まあ思い出したら伝えるさ……で、あんたが本物でいてくれてよかったよ。これで心置きなく引退できる」


「い、引退!?」


「なんだって……!? アーガイラム様が……!?」


 ジェイクが叫び、誰かが食事の器を落とした。

 からんからんと弧を描いて器が転がる。

 まるで殺人事件でも起きたかのような衝撃が広がっていく。


「これこれ、落ち着くがよい。こやつはもうじじいじゃぞ。引退をすることもあろう」


「ジジイじゃねえし。全然現役だし」


「だったら引退とか言うでないわ!」


「……そうもいかねえ事情があってな」


「事情じゃと?」


 アーガイラムは頭をポリポリとかきながら、困ったとばかりに溜め息を吐いた。


「ちょっと内緒にしておいてほしいんだがな……持病がキツい」


「持病って……おぬし風邪知らずの巨人族じゃろがい」


「巨人族でも病気になるときゃなるのさ。俺の本体に、水晶鉱脈が見つかった」


 その言葉に、ゴブリンたちは首をひねる。

 事の重大さが伝わっておらぬようだ。

 だが我は、それが恐ろしい病であることを知っている。


「……どれくらいじゃ」


 それはただ水晶が発掘できる鉱脈があったという意味ではない。

 土地の魔力を食い荒らす、グリードクリスタルという一種の寄生生物だ。いや、鉱石であるから生物とも言えぬのじゃが。

 これが巣くった山は、やがて何もない禿山となり風化し、山そのものが消えて水晶だけが残る。

 大自然の山であればそれも自然の営みと言えるのかもしれぬが、巨人族にとっては紛れもない病気であり、もっと言えば死病だ。


「おぬし、大国の王であろう。永劫の金剛石の一つや二つ、持ってるはずじゃ」


 永劫の金剛石とは、山や大地の魔力を秘めた宝石のことだ。

 廃鉱に使えば鉱脈が蘇り、枯山に使えば森や水源が蘇る。

 山の化身たる巨人族にとっての万能薬といったところだ。


「もうねえよ。あれ高く売れたからなぁ……」


「売れたって……あれはおぬしらのためだけの薬のようなものじゃろがい」


「薬よりも、宝石としての価値が高くなっちまったんだよ」


「ナヌ!?」


「俺も千年以上病気らしい病気になってたし、他の若いのもピンピンしてたし、薬に頼るって習慣をずっと忘れてたんだよ……。そのうち、ダイヤモンドとしての希少価値の方が高くなっちまってなぁ。人間にあるだけ売っちまった。参った参った」


 アーガイラムはがははと笑って頭をかく。

 まったくもって笑い事ではない。


「ならば……どれくらい持つ」


「わからん。まあ、向こう百年は大丈夫とは思うが」


「そうか……」


 巨人族は大自然の化身に近い魔物で、人間よりも遥かに長い寿命を持つ。今から百年以上生きるにしても、徐々にアーガイラム本体の山は魔力を失い衰えていくことだろう。


 自然とはうつろうものじゃ。

 悠久の時の流れに抗える者はおらぬ。我でさえも。


「お、おい、フレア。もしかして今の話は……」


 ジェイクがおずおずと質問した。

 今の短いやり取りで、おおよその予想は付いたのであろう。

 周囲のゴブリンたちもどこか不安そうな表情を浮かべている。


「わかっておるな? この件、みだりに話すこと許さぬ」


 アーガイラムは今、巨人族の長だ。

 暗黒領域の最大派閥の長が死ねば、その後どのような争乱が巻き起こるか予想がつかぬ。というか我、現代の暗黒領域の全貌を把握しきってはおらぬ。


「わかってる。こんなこと言えやしねえ」


「うむ。というか……」


 我はあーガイラムをジト目で見る。

 他のゴブリンも、微妙な視線をアーガイラムに送る。


「ん? なんだ?」


「おぬし口が緩すぎじゃろがい! 人払いをしてから話すもんじゃろうが!」


 こやつは豪放磊落なところがいいところである。

 泰然自若としていながらここぞというときのド根性を発揮できる、信頼に足る男だ。

 が、細かいところに気付かぬのが玉に瑕である。


「あー…………言われてみりゃそれもそうだな」


「それもそうだなではないわ! あほ!」


 あっはっはと笑い、ゴブリンたちががっくりと肩を落とした。

 こんな雑な流れで巨人族の秘密を握ってしまってほとほと困っているであろう。

 しかし、この暴露のおかげで我を探しに来た理由は把握できた。


「おぬし、死後を見据えている。そうじゃな」


 我の言葉に、皆が静まり返った。

 緊張感をはらんだ空気のままアーガイラムは悠然と盃の酒を飲み干し、そして首をひねった。


「え、なんで?」


 アーガイラムの間の抜けた声が部屋の中でやけに大きく響く。

 今度は我が首をひねる番であった。


「なんでって……普通に考えたらそうなるじゃろがい」


「いや、だって……知り合いが復活したら顔を見に行くだろうが。つーかなんでお前の方から会いに来ねーんだよ! 来いよ!」


「それは……いや確かにそうじゃが……!」


「あーあ、意外と薄情なやつだったんだなお前。他の知り合いにももしかして会ってないのか? 馬野郎とか泥子とか」


「違うもん薄情じゃないもん! 馬はあやつえっちじゃから今の姿で会いたくないし! 泥の王は……いつも寝ておるからいつ会えるかわからぬし……!」


 我が現役の最強ドラゴンだった頃の知り合いの多くは戦争、もしくは悠久の時の流れの中で死に去っていったが、それでも恐らく存命であろう者が存在している。

 その筆頭がこのアーガイラムであるし、一応ラズリーも知り合いといえば知り合いだ。


 他の連中は……ちょっと厄介である。気の良い連中だが悪党でないとは言えぬし、今の我の姿で出会ったら色んな意味で食われかねない。まさしく我は傾国の美少女であるからして。


「まあ冗談はさておき、死後のことは考えてはいるさ。そこそこトシだし、ガキどもからも『年を考えろ』ってよく言われるし」


「おっ、子供がおるのか。というか巨人族って……どうやって増えるんじゃっけ……?」


「お前そーゆーこと聞くなよ」


 アーガイラムはどうにも呆れた様子だった。

 他のみんなもちょっとジト目でこっちのことを見てくる。


「だ、だって……わからないから仕方なかろうて……!」


「具体的なことはさておき、俺にはもったいねえガキどもだ。俺が死んだところでどうってこたない。後は全部任せられる」


 アーガイラムは少し寂しげに語る。

 それはどこか、我のパパにも似た様子であった。


「そうか。ならば何も言うまい」


「……家のことも、暗黒領域のことも、俺だってちったぁ考えてるのさ。もしどうしようもならなくなったら頼むこともあるかもしれねえが……」


「うむ」


「ガキの手を借りるまでもねえか。がはは!」


「ガキとはなんじゃいガキとは!」


 こうして、懐かしい宴のときを過ごした。


 我が死にゆく前も、こうして笑いながら酒を飲んだものであった。





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