いつか思い出す日 3
木の枝にロープを張って作った粗末なテントから大きなおっさんが這い出てくる。
身の丈二メートルはあるだろう。
白髪頭に深いシワのある顔は老人のようにも見えるが、老いさらばえているとはとても言えない。
目に暗さはまったくなく、ほどよく筋肉と脂肪の詰まった体はまさに偉丈夫である。
おじいちゃんなどと呼んだら怒られるのではないかと思うほど、活力が詰まっている。
「……誰? なんか美しくないわね」
ラズリーが訝しげに言った。
だが、その枝にぶら下がってるアルマンという男は妙に青い顔をしている。
「ああん? アルマンじゃねえか……お前何やっとんじゃ。傭兵働きでもして戦争をデカくしろとでも兄貴分に言われたか?」
「ひえっ! 違います違います! 俺はこいつに頼まれただけで……!」
どうやらお互いに顔見知り……というか、明らかに上下関係があるようだ。
「んで、そこのべっぴんさん、どっかで見たな……? ええと、どこだったっけな……」
「古臭いナンパねえ。それで女を引っ掛けられたことあるわけ?」
「あるともさ。男ってのは老いてからが本番よ」
「だったらその本番も今日で終わりってことね……!」
黒い果実が灼けた鉄のように赤々と染まっていく。
もうすぐ爆発するという兆候だ。
森の住民たちも、そしてラズリーの子どもらも血相を変えて焦り出した。
「まずい! フレア、やるしかねえ!」
「いや待て。大丈夫じゃ」
「んなわけないだろ……!」
「ま、見ておれ」
だが我、ミカヅキ、そしてテントから現れたおっさんだけはまるで焦ってはいなかった。
「【重力結界】」
おっさんは自分の胸の前で、ぱん、と両手のひらを重ね合わせて小気味よい音を放つ。
はい注目と言わんばかりの日常の仕草にしか見えない自然体の姿だ。
それを見守る我らも、一瞬不思議に感じた。
だが、効果は劇的に現れた。
「あっ、あなた……いや、あなた様はまさか……!?」
「おうおう、よーやく思い出したか。儂もラズリーのことは忘れてたがな」
「ぎえっ!?」
ラズリーが一歩も身動きが取れないでいる。
まるで鎖で囚われた獣のようだ。
同時に巨人のアルマンも拘束されて身動きが取れなくなっている。
「ちょ、ちょっとちょっと、待って待って待ってこれ解いて……!? いくらあたしでも圧縮された状態じゃヤバいんだけどぉ……!?」
「無理だ。親父殿のアレから逃げられるはずもねぇ……はぁ」
「ちょっとくれぇ痛い目見るくらいは仕方ないだろうよ。アルマンもこんなケンカ焚き付けてねえでおとなしくしてろ」
苦悶するラズリー、そして諦めきったアルマンの姿が、どこか歪んでみる。
見ればラズリーが生えている地面もどこかおかしい。ラズリーの方に引っ張られて削り取られ、ラズリーにまとわりついている。まるでラズリーの周囲だけ巨大なスプーンでえぐり取ったようだ。
「これは……重力魔法じゃな……」
「巨人族の得意技って言ってたが……あのおっさん、別に巨人じゃあるまい……どう見てもただの人間だぞ……?」
「知らんのか? 巨人族は巨大な本体とは別に、日常生活をしたり他の魔物や人と交流するための小さな体を持っておるのじゃ」
特にあのおっさん、老いてはいるがどこか知り合いの巨人の面影がある。
特に、あの豪放磊落な態度と得意技はそっくりであった。
……などと懐かしんでいたところに、炸裂音が響き渡った。
ラズリーの枝に実っていた果実が一斉に爆発した。
「ぎゃあー!?」
だがその爆風も衝撃も、こちらに届くことはなかった。
重力の壁によって封じられた結界の中だけで爆炎と呪の力が飛び交い、ラズリーを中心とした黒い球体ができあがった。あの中で何が起きているのか、想像するだけで恐ろしい。
「ママー!」
「あーあ、言わんこっちゃねえ」
「自業自得だよ」
「どーする?」
「つーかママ生きてる?」
「流石に死んだんじゃないか?」
人面樹が攻撃の手を止めてひそひそ話……というにはやや大きな声で相談をし始めた。
このまま殲滅してもよいのだろうが、リーダーを失った集団を襲うのもそれはそれで仁義にもとる。
「こ、こんのぉ……巨人族だからって……調子に乗ってぇ……」
「あ、生きておった」
重力による結界が溶けて、黒いもやが風で吹き飛ばされていく。
そこにいたのは、樹木部分の肉体を失ってほぼ人間体となったラズリーであった。
服は破け、髪の毛はチリチリになり、まさしく満身創痍と言った有り様である。
アルマンの方も同様だがこちらの方がダメージは大きく、完全に意識を失っている。
とはいえ二人とも死んではいない。しぶといもんじゃの。
「覚えてなさいよぉ……」
捨て台詞を残してがくりと気絶する。
「女子を無理矢理脱がせる趣味はない。ほれ、さっさと帰れ帰れ」
おっさんがもう一度手を叩くと、ラズリーとアルマンの体がふわりと浮き上がる。
これも重力魔法であろう。二人の体は、人面樹たちのいるところにゆっくりと浮遊して投げ込まれた。
人面樹たちは投げ出された体を慌ててキャッチすると、そのまま一斉に逃げていった。
「あいつら逃げ足だけは早いな」
ジェイクがどっと疲れた顔で言った。
我も一休みしたいところではあるが、どうしても確認せねばならないことがあった。
「古来、太陽の化身たる竜は、己ではなく星の導きに従うように地上に生きる者共に諭した。依頼、一年は三六五日となり、季節の巡りも規則正しいものとなった。だがそれは人間に益するものであり、魔物や獣は大きくその力を削がれることとなった」
「……神話の話か?」
唐突な我の話に、ジェイクが首をかしげた。
だがそれを、白髪頭のおっさんがちっちっと指を横に振った。
「小僧。こりゃあ現実の話だぜ。聞いておきな」
「お、おお……」
「だがそこに、立ち上がった一人の巨人がおった。ただ図体ばかりが大きく一族の中では、でくのぼうアーガイラムなどと言われておったそうな」
「そうだなぁ……仰々しい名前ではなかった」
「アーガイラムは、戦うのではなく助けを請うた。巨人族の多くは、そんなことをするなら人間と戦って死ぬべきだと言っておったそうな」
「たくさんの兄弟も姉妹もそれで死んじまったな」
「それでも巨人は、同胞を助けるために七日七晩、叫び続けた。巨人体を更に魔力で大きくして、やがて喉が潰れて血反吐を吐いても、大いなる太陽竜ソルフレアに直訴した。なぜ魔物を見てくれないのかと。その大いなる声は、仲間の巨人たちの心を変えた。一人の声が、二人の声となった。二人の声が四人となり、だがそれらは重なり合い、束ねられ、一人の声へと戻った。巨人たちは叫び続けた男に力と存在を委ねた。石の化身たる巨人たちは進化を果たし……山の巨人となった」
「おい、もしかしてそれって……」
「その大いなる声はやがて空を貫き、太陽に届いた。大地に根ざす一匹一匹の生き物を認識した。こうしてソルフレアは魔物の庇護者となり獣の時代が訪れた。獣の時代の始まりの礎。美しき銀嶺。直訴の巨人アーガイラム」
その言葉に、ジェイクを始めとするゴブリンたちが驚愕した。
アーガイラムの名を知らぬ魔物はいない。
その巨大さと偉大さは伝説を超えて神話の領域にあるのだから。
「ちびとかでくのぼうと呼ばれてた方が気楽なんだがな。お前らもそう呼んでくれ」
「まったくじゃ。千年前から全然成長しておらぬじゃないか」
「あんたには言われたくないぜ。なんだそのナリは。ガキじゃねえか」
「ふん。この愛されボディはすくすくと成長してやがては百メートルくらいになるに決まっておる」
「ないない、それはない」
ジェイクのツッコミをスルーして、我はアーガイラムを見上げる。
今の我の二倍、いや、三倍はあるかもしれない。
「……本当に久しぶりだ。死んじまったのかと思ってたぞ」
「我が死ぬはずはあるまい」
「そうだな」
アーガイラムの目が潤む。
我もちょっと泣きそうになるが、それを拭う。
そのとき、我の体をアーガイラムが掴んでひょいと肩に乗せた。
「復活だ! ソルフレア様が復活したぞぉ!」
「その通り! よぉし、おぬしら! 宴じゃ! 戦にも勝利したのだからな!」
(おめーはダメだ。まだ酒が呑める体じゃねえよ)
ミカヅキがやれやれと言うが、そのくらい我もわかっておる。
「牛の乳で我慢するわい。ともかく、こういうときは盃を飲むものじゃ!」
(ジェイクを顎で使うなまったく)
「流石に巨人王アーガイラムが来て宴も何もしないわけにはいかねえよ。気にしないでくれ」
そしてゴブリンたちが宴席の用意を始めた。
この慌ただしい空気に、不思議な懐かしさを感じる。
昔はよく宴を開いたもので、この気さくな偉丈夫も宴会隊長であった。




