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いつか思い出す日 2




 槍の修行の無い日はフリーである。


 学校もまだ始まらぬし、エイミーお姉ちゃんと遊ぶこともあれば、拠点防衛に出かけることもある。


「こいつらまたおいでなすったぜ!」


「やっちまえ!」


 今日も今日とて死体啜りの森は元気に戦争をしていた。


 ラズリー軍は相変わらず樹木系モンスターで構成されており、決して弱くはないが攻撃手段がちょっとワンパターンになっておる。


「ボムベリーとカースベリーが来るぞ! 退避っ! 退避ぃー!」


 ラズリー軍の人面樹が、自分の枝に成る実をもぎとって投擲してくる。

 それは地面に落下する瞬間に爆発したり、あるいは呪詛を撒き散らすという傍迷惑な果実だ。

 だが、すでにゴブリンたちは土塁や防壁を増築して問題なく対処していた。


 しかも人面樹は、さほど賢くない。


 強力な肉体と長い寿命を持つが、そのせいかどうにも鈍重でのんびりした気質を持っている。ラズリーのように飽くなき欲望を持っている方が例外なのだ。


「へっ、こんな攻撃で何とかなると思ってるのか。舐められたもんだぜ」


「またぶっ倒してやろうぜ!」


「おうとも!」


 若いゴブリンたちが血気盛んな声を上げる。

 このまま爆撃が続けば、おそらく小休止のタイミングが来るだろう。

 果実をとにかく投擲するだけ投擲して、息切れするまで猛攻するのがパターンになっている。

 単調さゆえに見切られている。


「ジェイク! そろそろ隙が出てくるぞ!」


「……妙だな。フレア様、どう思う?」


 ゴブリンたちがいきり立つ中、リーダー格のジェイクは喜ぶことなく櫓から人面樹たちを見下ろしていた。

 我もその隣に立ち、同じ違和感を感じていた。


「簡単すぎるというのじゃろ?」


「ラズリーは腐っても死体啜りの森の元支配者だ。飽きっぽいし、敵を舐めて掛かるところはあっても、叩き潰そうと思ったときの執念深さや執拗さは普通の魔物とは比べものにならん」


「そうじゃな」


「そうじゃな、じゃなくて、気付いたなら言ってくれ」


「我とて予感を感じたまでであって、具体的にどういう動きをするかまでは読めぬよ。むしろ違和感に気付いたおぬしの方こそ予測の精度は高いであろう」


 ジェイクが難しい表情を浮かべた。

 責任者の重さを感じているのであろう。


 死体啜りの森は今、少しずつ秩序を取り戻している。ラズリーが去ったことでゴブリンたちは自由を手に入れた。家族や友人の絆は深まり、ラズリーが独占していた森の恵み、つまるところ食料も安定的に手に入れられるようになった。ラズリーに支配されていたコボルトのような小規模種族も取り込んで、小国の形を為そうとしている。


 その実質的なリーダーと目されているのはジェイクだ。


 我は皆の旗頭やシンボルではあっても、ジェイクのように細やかな采配をしたり、民と常に接することはできぬしの。

 だからこの集団の命運を握っているのはジェイクであり、その判断は重い。


 だが重さに怯んではならぬ。


「予想を外したら取り返しがつかん、みたいなことは考えるな」


「フレア……」


「お前が外れたら誰も当てられなかったであろう、そういうことじゃ。そのときはそのときよ」


 我の言葉に、ジェイクが静かに頷いた。


「……あのときお前がラズリーを倒してから、あいつは自分の眷属を動かすだけでずっと表には出てこなかった。接ぎ木による分身が一度来ただけだ」


「うむ」


「戦闘のダメージが回復していないんだろうと思ってたが……あいつのしぶとさといやらしさはよくわかっている。俺たちが倒れて絶望する瞬間を、自分の目に焼き付けたいって思うタイプだろうよ」


「その通りじゃ。だが大事なのはそこから」


「眷属が単調な攻撃を繰り返す。それが成功すればよし。成功しないなら、その単調さに慣れて油断したところに奇襲を仕掛ける」


「それはどこからじゃ?」


「陣地の穴」


「ここは背後も堅牢じゃぞ」


 死体啜りの森に死角はない。

 木々の一本一本が魔力を帯びており、炎の魔力を防ぐ結界となっている。

 光が遮られるほど森は深いが、音を立てずに森を進むことは不可能だ。例え音を殺せたとしても魔力が波打ち、森は侵入者に怯えてその震えを住民たちに知らせる。異能者のような魔力にあまり頼らない例外もいるが、ラズリーはそうではない。


「だから来るとしたら背後じゃない。下からだ」


 そのとき、ぐらりと地面が揺れた。


 地震ではない。

 大地そのものが震えるような規模感がないのに、森の内部の地面が明らかに隆起している。


「あーっはっはっはっは! 気付くのがちょーっと遅かったようねぇ!」


 森の中央の木々がまるで王に傅くかのように退いていき、ぽっかりと円状の空間ができあがった。

 その空間の大地が隆起したかと思うと、凄まじい勢いで何かが飛び出してきた。


 一つは、上半身裸の妙にギラついた三白眼の、人間の男だ。

 いや、人間の姿をしているだけで実際はなんらかの魔物とは思うが。


 そしてもう一つは、一本の奇怪な樹木であった。

 固く太い幹は上に行くほど細くなり、そしてくびれとなって人間の臀部のようなまろみを帯び、さらにその上は貴婦人の姿をしている。下半身が大樹、上半身が人間の姿は間違いなくあやつだ。


「ラズリー! もう一人はだれじゃ……!?」


「へへっ、俺は巨人族のアルマン。戦争の助太刀ってところだな」


 三白眼の男はラズリーの枝の一つにぶら下がり不敵な笑みを浮かべた。


「巨人族だと!? しかしどう見ても人間じゃ……」


「巨人は普段、巨大な体ではなく人間と同じ肉体を構築して活動する。あの姿で侮ってはならぬぞ」


 この暗黒領域における最大派閥にして、最強の種族である巨人。

 そして巨人の多くは頑健な肉体を持つと同時に、土や重力を操る魔法に長けている。

 土中を潜航して道を作り、ラズリーをここまで導いたのだろう。

 我らの目を出し抜いたのだから、それなりに熟達した魔法使いと言える。ラズリーめ、なかなかの腕利きの傭兵を雇ったようだ。


「だが奇襲に成功したとは言えぬ。我らを倒さねば無意味なことよ。そこな巨人も、ラズリーに与しておいて無事に帰れると思うなよ?」


「威勢がいい嬢ちゃんだなぁ、嫌いじゃないぜ。だが俺はここに来るまで力を貸しただけで、後はお前らが勝手に戦うがいいさ」


「なるほど。若造がラズリーの色香に惑わされただけであろうが、戦う気がないならばさっさと去るがよい。戦争(ケンカ)する気もない臆病者は邪魔なだけじゃ」


 巨人の男が我の言葉に赤面する。


「てっ……手前! 巨人を舐めたらただじゃおかねえぞ!」


「だったらかかってくるがよい」


 恐らくこやつは戦いに参加はしてこないであろう。


 今の巨人国の情勢にはまだ詳しくはないが、暗黒領域の主要な国は戦争の禁止を申し渡している。そして巨人国はもっとも勢力の大きい国であり、その民にも戦争の禁止を申し渡しているであろう。


 そして今目の前にいるアルマンとかいう巨人、決して弱くはないしむしろ強いが、だとしても巨人としてはなんか……格好悪い。我の知る巨人はもっと雄大で、おおおらかで、そして強いものだ。


(よせフレア! あんなのでも巨人には変わりない……下手をしたらラズリーより強いぞ……!)


(だって、なんなんじゃあいつは。巨人だとしてもラズリーに嬉々として協力してる時点で下の下であろうが。どうせ二三百年しか生きとらん若造じゃぞ)


「小娘の挑発に乗るんじゃないよ。後で可愛がってあげるから大人しくしてなさい」


 ラズリーがぴしゃりとたしなめる。

 やっぱり色香に惑われたタイプではないか。


「なんでもいいわい。さっさとやるぞ」


「迂闊に近寄るのはやめときなさい。少しでも衝撃が加えられたら……ドカン! よ」


 ラズリーの姿を見ると、枝からは果実がたわわに実っている。

 大量のボムベリーとカースベリーだ。


「他種族の力を借りたうえで自爆戦術とは、おぬしらしからぬ振る舞いではないか……。いや、耐性を付けておるな?」


 恐らく、ラズリー自身にはダメージを与えぬような属性になっておるのであろう。

 ラズリーは長い年月を生きている。

 自分の得意な魔法属性を一時的に変更し、火と呪が効かぬ体になっておるはずじゃ。そして隣りにいる巨人も、自分の枝や幹で包んで守ってやる腹積もりであろう。あるいは巨人であるならば何か防御魔法なり何なり、身を守る術を持っているのかもしれぬ。


「さあて、答えてあげるほど優しいと思うかしら?」


「魔法を主体にスイッチした分、物理攻撃や物理防御は以前ほどではあるまい。我が本気で踏み込んでおぬしの首を刈れば、今度こそ終わりじゃぞ」


「はっ! やってごらんなさいよ! そのときはこの森すべてが道連れだけど。そうなった瞬間、私の枝についている果実はもちろん、子どもたちの果実も全部爆発するわよ」


「ママン! ちょっとそれはねえよ!」


「聞いてないんだが!?」


「ガキを武器に使うのやめてくれよまったくもー!」


 後ろの方から半狂乱気味の文句が飛び交った。

 人面樹たちはどうやらこの作戦を聞かされておらんかったようだ。


「うるさいわね! あたしの子どもなら誇らしく爆発しな!」


「爆発に誇らしさとかねえよ!」


「ド根性で耐えたら瀕死で済むわよ!」


 こんなところで母子喧嘩が始まったが、狙われている我らにとってはたまったものではない。


(ジェイク。ミカヅキ。あやつを倒せても爆発までは防ぎきれぬ。どうにかならぬか)


(……竜の涙を使うってのはどうだ?)


(呪いまでは防げぬ。爆発の熱には効いても瞬間的な風圧も殺せぬ。強大な魔法防御でラズリー全体を包むか……)


(あの巨体を防ぐような大魔術は使えねえよ)


(となると約束を破ってでも【竜身顕現】で高火力の技を……)


(やめろ、誘爆して森が全部焼けちまう)


(ぐぬぬ……誰ぞ、重力魔法は使えぬか? 巨人族の得意技なのじゃが。恐らくアルマンとかいうやつもそれで身を守るはずじゃ)


 重力魔法とは土属性の高等スキルで、その名の通り重力を操る。

 爆発や風属性の魔法、あるいは物理攻撃など幅広い攻撃を受け切ったり、あるいは重力を倍加させて敵を押しつぶしたり坑道を阻害したりと、幅広い応用力を持つ魔法だ。


(そんなやつがいたらラズリーに支配されてねえよ……!)


(それもそうじゃが!)


(あ、いや、待てよ。巨人族の得意技って言ったよな?)


 ジェイクが、なにか思いついたような声を囁いた。

 同時にこのとき、後ろの方からふあーあぁと、とぼけたあくびが響いた。


「なんだなんだ、やかましいなぁ……ゆっくり寝てたのに、まったく」





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