いつか思い出す日
強い。
今まで戦ったどんな相手よりも強い。
「はい、隙あり」
「ぬわわわわわわ!?」
重いもよらぬところから、長い木の棒の尖端が襲いかかる。
そこでようやくママの姿を見て取れた。
自分の額に接触する寸前、必死に身をよじって避ける。
「てやっ!」
「まだまだ」
カウンター気味に刃を外した槍……つまり棍を振るうが、かぁんという快音を立てて華麗に弾き返された。
暗黒領域を襲ってきた女、赤手のような圧倒的なパワーやスピードはない。
焔と呼ばれた少年のように炎を操るわけでもない。
だがそれでも我は、ママンお槍さばきにひたすら翻弄されていた。
「ソルちゃんは、ちゃんと相手のことをよく見ること。我が、我が、ばっかりじゃお友達もできないわよ」
「お友達いるもん!」
「なら、もっとちゃんと相手のことをよく見る……竜夏槍術、竜酔歩」
ママの優しい声が響く。
だがそれは恐怖の訪れだ。
一切の無音の中、槍の閃きだけが襲いかかる。
(これじゃ……何故かは知らぬがママは一切の音を立てず、姿さえ晒さず攻撃できる)
地面を伝わる震動さえもフェイクだ。
ステップは決して激しくはないのに、目で追うことができない。
槍さばきも決して速くはないのに、なぜか避けられない。
まるで幽霊。
夢か現かもわからない、人のものとも魔物のものともわからない玄妙な動き。
耳をそばだてる。
だがそこに一切の気配がない。
よく見ろと言われても見ようとした瞬間にやられる。
ママの姿を求めて動けば、その瞬間に死角から攻撃が来ていつも敗北している。
(よもや、短距離転移か?)
だが魔力の動きはまったくない。
この訓練風景を見ているミカヅキは、「しんぷるにおめーがやられっぱなしだっただけだ」と残酷な事実を告げた。
ではどうするか。
死角から攻撃を放ってくるなら、あえて死角を作り出してそこを攻撃すればよい。
「てやっ」
「はわっ!?」
そう思って行動した瞬間、正面にママが現れてぽこんと木の棒で軽く顎を撫でられた。
「ぬ……ぬぬぬっ!」
意識が飛びそうになるのをぐっと堪える。
すでに敗北は確定しているのだがそれでも地面に倒れ伏すのだけは必死に堪えた。
「……うん、最後の方は悪くなかったわ。よく考え、よく耐えました」
ママが我の頭をなでなでする。
対戦相手にこんなことをされたら怒るところではあるが、ママの掌は甘露である。
「……でもずるいのじゃママ」
「槍の技にずるいも卑怯もありませーん」
「倒しに来るなら必殺技を言うべきなのじゃ」
「そっち!?」
ママが驚き、そしてくすくすと笑った。
「相手を倒すだけが技じゃないもの。ただの歩き方だって極めたらすごいのよ」
「でも竜酔歩は、自然体で歩いて防御にも攻撃にもスイッチしやすい器用貧乏な構えだってママが言ってたのじゃ。ああいうチートな技ではないのじゃ」
「丁寧な歩き方を極めたらソルちゃんもいずれできるようになるわ。ただ、相手が限定されるけど……」
「む?」
「私、ソルちゃんのことなんでも知ってるもの」
えっへんとママが豊かな胸を張る。
「わ、我だってママのことなんでも知っておるし!」
「私が知ってるソルちゃんのことの方がたくさんあるもーん」
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
なんだか悔しい。
負けていられぬところで負けた気がする。
悔しげに膨らむ我のほっぺが、ママの両手でむぎゅっと挟まれた。
「ソルちゃん。同い年の子に比べたらあなたは多分……天才。いや天才って言葉じゃ言い表せないわね。至高の存在とか……才色兼備の奇跡の子とか……荒野に咲く一輪の薔薇とか……」
「そういうのはともかく」
「ともかく、あなたに才能があるのは間違いないの。私が最近訓練をサボってるせいもあるけど、単純な力とか、槍の威力とかだけならソルちゃんの方が強いかもしれないわ。竜身顕現したら一流の冒険者だって危ういかも」
確かに我も、ディルック先生とユフィ―先生をボコボコにしていた。
人間の中ではかなりの強さではあったが、流石に本気を出した我の敵ではなかった。その二人よりママのほうが強いのおかしくない?
「ママってもしかしてめちゃめちゃ強いのじゃ? 冒険者だと何級なのじゃ?」
「出禁だからわからないのよね。けっこういいところまで行けると思うんだけど」
「できん?」
荒くれ者が出入りする冒険者ギルドでさえ出禁ってどーゆーこと?
「あっ! ソルちゃん変な想像したでしょ! ママは天地神明と太陽邪竜ソルフレア様に誓って恥じることは一切してませんから!」
「じゃあ何したのじゃ?」
「だって冒険者パーティー5人がカツアゲといじめしてたのを木の棒で叩きのめしたら『新人が萎縮するから来ないでくれ』って慰謝料もらって……あ! これパパには内緒にしててね……!」
しまった、とママが自分の口を抑えた。
どうやら秘密の話だったようだ。パパならママの武勇伝に喜びそうな気がするがのう。
「そういえば、なんで木の棒で槍の訓練をするのじゃ? それに【竜身顕現】も使っておらぬし」
「下手したら死んじゃうからに決まってるからじゃないの」
何を言ってるんだか、と呆れ気味にママが答えた。
「でも、どーしても戦わねばならぬときは加減できぬのじゃ。迷っていたら自分はもちろん、守らなきゃいけない人がいたらかえって危ないのじゃ。もっと使いこなさねばならぬ」
自分が使いこなしたいのもあるが、ママの【竜身顕現】は、なんかこう、かっこいい。
シルバーの角とか、鋭角的でメカメカしい翼とか、我みたいな野生の竜っぽい雰囲気とは違った洗練された佇まいがある。もっと見せてほしいのにママはあまり使いたがらない。
「ソルちゃん。竜の力は使っちゃだめ」
「えっ」
「だめでーす。禁止。NGね」
ママが指でばってんを作って微笑む。
「どーしてなのじゃ! 我は偉大なる太陽竜ソルフレアの生まれ変わりであるからして、竜の力を使って戦うのはかけっこで足を使うのと同じようなものなのじゃ!」
「でも竜の力を使わなくても槍とか棒で戦うことはできるでしょ? もっと自由で、しなやかにならなきゃ」
「そーだけどぉ」
「魔力とか馬力に頼る戦い方でママに勝てるなら、どーぞやってごらんなさい」
「むぅ……」
我が本気を出せばただの人間などひとたまりもない。
だというのに、なぜかママには勝てるイメージが沸かぬ。
「それに体が小さいうちに安易なパワーアップに頼るのは健全な成長によくないってママ友グループで話し合ってたのよ」
「安易なパワーアップ!?」
「そうよ。血筋とか最初から備わった才能に甘えてたら、大人になったときにぐうたらになっちゃうのよ。強いとか強くないとかよりも、真面目に生きていけるかどうかが大事なの」
「まっ、真面目じゃし……! ぐうたらじゃないし……!」
でも前世ではめちゃめちゃぐうたらで、定命の者に迷惑をかけたのも事実。正直、あまり否定できぬ。
「それに、竜の力を使いすぎると……」
「使いすぎると?」
ママが何かを言いかけ、そして止まった。
「……空をカッ飛んでどこかに行ったり、強いモンスターと戦ったりして、みんなに心配ばかりかけてたら学校でも問題になっちゃうわよ」
「そっ、そんなこと……!」
ないもん!
と言いたいところではあるが、さっきからミカヅキがジト目で見ている。
お前ママの言ってることが正しいってわかってんだろ? と責めてきておる。
「ずっとだめとは言わないわ。ちゃんと修行して、体ができあがってきて……そうね、成人の儀式をするくらいになったら……つまり、15歳になったら許してあげる」
む?
それくらいならば我慢できなくもないかのう。
あの赤手くらいの猛者でなければ使うこともなく基本勝てるわけじゃし。
「うーん……わかったのじゃ」
「うん、いい子いい子」
ママが小指を差し出し、指切りをした。
プレゼントを買ってもらう代わりに毎日早起きして羊の餌やりをしたときもこうしたものじゃ。一回忘れたら怒られてパパに取りなしてもらったものである。
この約束を守りたいと思うが、同時に難しいとも思う。
例えば死体啜りの森のゴブリンが死に瀕したときに加減をしていられるであろうか。エイミーお姉ちゃんや友達が野良の魔物に襲われそうになったとき、竜の翼でカッ飛んでいきたくなる。
ここぞというときはきっと存在する。
「あ、指切りしたのに迷ってる」
「そそそ、そんなことないのじゃ!」
「言ったじゃないの。私は、ソルちゃんのこと、なんでも知ってる」
勝ち誇るようでいて、優しい響き。
我はママが何を考えているかわからぬのにこっちはすべてを見透かされている。そんな不公平感があるはずなのに、ちっとも嫌じゃない。
友達はみんな、ママから生まれた。ついでにパパも手伝ったようだ。だが我はあくまで山で拾ってもらったにすぎぬ。正直、拾われた直後のことはあまり覚えておらぬし、ぼちぼち覚えていることも、曖昧な光景を覚えているだけだ。
「それじゃ、今日はここまで! 帰ってご飯にしよっか!」
手を繋いで、夕焼け空を見ながら帰路に付く。
ママの手が火照って熱い。
夕暮れの日差しもまた熱い。
光景がおぼろげでも、このぬくもりが変わらないことだけはわかる。
前世を思い出したことが少しだけ恨めしい。
我が我であることを思い出さなければ、もっと鮮明にママとの思い出を心の中に取っておけたのではなかろうか。ママが本当のママではないことなどっ気付くこともなく、このぬくもりこそが世界で一番確かなものであると信じたままでいられたのだろうか。
「……あらあら、珍しく甘えん坊」
ぎゅっと手を握ると、握り返してくれる。
その手は記憶よりも小さい。
いや、我の手が大きくなっていく。
成長することも、自分を取り戻すことも、この上なく嬉しいはずなのに、今この瞬間が永遠であれと願ってしまう。
「大丈夫、ママはどこにも行きませんよ」
「我がどこか行っちゃいそうで怖いのじゃ」
「じゃ、もう一つ約束ね。こっちは、絶対に絶対に、ぜーったいに、守ること。もちろん最初の約束も大事だけど」
「むう?」
何度も念を押す割に、口調はあっけらかんとしている。
不思議な物言いに首をひねった。
だが疑問はすぐに解消した。
「ちゃんとおうちに帰ってくること」
その約束だけは、絶対に絶対に、ぜーったいに、違えることはない。
自信をもってそれだけは言える。
「うん。ちゃんと帰ってくるのじゃ」
太陽と手のひら、二つの熱が我に染み渡っていく。
こうして、修行の一日が過ぎ去っていく。




