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暗黒領域 5


 ラズリーはもう一度、現れた童女を見る。

 少々魔力が強いだけの、竜人族の童女でしかないはずだ。


「こいつ、ラズリーと戦うつもりだ!」


 ゴブリンのうちの一匹が悲鳴のような声を上げた。

 慌てた奴隷たちが娘を押しとどめようと集まるのを見て、ラズリーはようやく心が落ち着いた。何も恐れることはないと。


「……ゴブリンたち。その無礼な童女は何よ。私の庭園を荒らすつもりなら容赦はしないけど?」


「くっ……」


 ゴブリンたちの若き長が、冷や汗を流す。

 この程度の恫喝で恐れるような弱者ならば、犬のように腹を見せればよいものをとラズリーは嘲笑する。


「その童女を献上に来たのなら、褒美を上げるわ。野蛮だけど、珠のように美しい子だし……愛でる甲斐があるというものよ。竜人も私の後宮にはいなかったし面白いわ」

「……ふむ。長よ。おぬしはどうする?」


 童女はぴたりと足を止めて、ゴブリンの長を見た。


「なっ……俺たちが止めるのを無視してお前が来たんだろうが!」

「そうじゃ。ここに来たのは我の意思。そこからどうするかと聞いておる」

「こんなところで内輪もめ? ま、好きにするといいわ。ふふふ……」


 ゴブリンの長が苦悩する。

 苦悩の果てに膝を屈する者を見られるのはラズリーにとっての愉悦であった。


「……ラズリー。この娘はお前の献上品ではない」


 その裏切りの言葉にラズリーは怒気を放った。

 側に侍る子供が怯え、酒を入れた瓶が地面に落ちて割れる。


「……それはどういうつもり? あなた、私に逆らって生きていけるつもりなの?」

「家族は返してもらおう。俺たちは、お前に隷属するのはもう嫌だ」


 あーあ、やれやれとラズリーは肩をすくめた。

 弱者が一丁前に自我を持っているのは好きではない。

 自我を貫く強さを持たない弱者に、それを薄める薬を悦楽と共に与えてやっている。

 感謝は当然であり、そこに怒りを覚える者などラズリーにとって理解の外であった。


「本当にお馬鹿さんみたいね」

「……そうだ。惨めに生きていくくらいなら、槍の一突きでも食らわせて死ぬ愚か者だ。みんな、すまん」

「気にするな。もう俺たちだって我慢の限界だった」

「このままあいつの毒を食らったところで死ぬだけだ。だったら今死なないでどうする」

「……もういいわ。果実酒を飲ませて一生眠らせてあげようかしら。それとも首を絞められるのがお好き? 案外気持ち良いらしいわよ」


 ラズリーの殺意のこもった嘲笑に、童女が反応した。


「やかましいわ! 人質を取って脅しつけるなど獣の時代の系譜にあるまじき行いであろう! 恥を知らぬ愚か者は貴様じゃ! 他の奴隷どももじゃ! ずっと死ぬまで屈したままでいいのか!」


 娘の凄まじく大きな怒声に、場が静まり返った。

 その小柄な体からは思いもよらぬほどの威圧感に、場が支配されつつある。


 だがラズリーは、きょとんとした顔をしていた。


「わっかんないのよねぇ……。魔物だろうと人間だろうと、何かに隷属しているのよ。万が一、人質を連れて逃げおおせたとしても、飢えて死んだり、より強い魔物に襲われて死んだりする恐怖に隷属されるだけの話じゃないの。私の果実を食べて、幸せにおなりなさいな」


 教師が幼子に諭すような口ぶりのラズリーに、娘ーーソルは嘲笑で還した。


「敵をいたぶるのはまだわかる。じゃが貴様は味方を苦しめておる」

「はぁ? なんのことよ」

「庇護と言いながら養分にしておろう。この沼地から張り巡らせた根は、この森でお前に恭順している者から魔力を奪うためだな? 森の片隅で倒れているコボルトを見たが、酔っ払っているように見えて、魔力が欠乏して枯死寸前であったぞ」


 ラズリーはその糾弾に、ぺろりと舌を出す。


「あら……気付かれちゃった。でもいいじゃない? 私はみんなに美味しいものを与えて幸せにさせてあげる。そしてみんなは私に魔力を与える。私は強くなって森を守ることができる。良いこと尽くめじゃない」


 挑発するような言葉に、ソルは動じることなく続けた。


「奪っているのは魔力や肉体だけではない。その果実でここに暮らす者の心と牙を奪っている。いや、果実だけではないな。花粉がひどく匂う。これも催眠か何かの技の一つじゃな」


 ラズリーの催眠は、果実だけではない。

 むしろ、うっすらと漂う花粉こそが本命であった。果実さえ口にしなければ……と思った警戒心の強い人間をじわりじわりと蝕んでいく。


「……なんでそれを」


 ラズリーは恐れつつも、懐かしさを感じた。

 すべてを見通す目は、まるでこの地に顕現した竜のようだ。

 太古の昔、小さな者の姿を見て、声を聴き、匂いを嗅ぐため、竜は鋭敏な姿になって顕現した。


「我の目を誤魔化せると思うなよ」


 その瞳が一瞬、黄金色に光った。

 忘れることはできない恐怖がラズリーの背筋を走り、だがそれを怒りで覆い隠す。

 竜の目が開き、炎の精霊が喜び踊り狂った死の夏。

 そんなことはあってはならないと。


「……許さないわよ」


 ラズリーの美麗な顔が怒りに染まり、地中に広く這わせた根を自分の真下に集中させる。大地が鳴動し、誰もが立っていられなくなった。娘以外は。


「この森は私が永遠に繁栄するための大事な庭よ。ここを脅かすと言うなら……!」


 ぎりぎりと軋むような音が響く。

 根を束ねてより強靭な根を五本作り出し、硬く握りしめた。

 根によって作り出した拳は百年を生きた巨木よりも太く、大きく、力強い。

 ラズリーは手練手管を厭わず策を練る。駆け引きも、魔法や奇術の類も好きだ。


 だがラズリーがラズリーたらしめるのは、命の危機に対する根源的な恐怖であり、恐怖を振り払おうとする純粋な暴力だ。


「死ねぇ!」


 凄まじい質量の拳がソルに襲いかかった。




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