#6 少年とその正体
千尋と別れた次の日から、俺は歩く練習を始めた。
医者からは筋肉の損傷も、アキレス腱の断裂もよくなっているとは言われていた。
治りが早いとも褒められた。
だから、すぐに歩けるようになる――。
そう思って久方ぶりに地に足をつけた途端、まるで崩れ落ちるかのように俺は地面へと倒れ込んでしまった。
まるで、足の神経がなくなったかのような感覚だった――。
現状を受け入れることができず、俺は言葉を失った。
またこのまま歩けなくなるのではないかという恐怖が俺を襲い、絶望した。
だけど、そんな俺に看護師は優しく声をかけて励ましてくれた。
そして、ゆっくりと現状を説明してくれた。
まず、俺の脚は胴体を支えることが出来ないほどに筋肉が衰えていることを教えてくれた。
だから、崩れ落ちるかのように倒れてしまったのだと――。
原因は数ヶ月もの間、歩くことを怠ったから――。
歩かないと後々後悔するとは聞かされていたが、こうなるからだったのか――。
だが、ここで俺はふと疑問に思った。
実は病室にいるときは看護師から脚のストレッチをされていた。
てっきりあれが筋トレだと思っていたのだが――。
俺の疑問にも看護師は優しく答えてくれた。
あれは筋トレではなく、脚の血流が滞らないためのただのストレッチであると――。
長期間、脚を動かさないとエコノミークラス症候群というものになり、それが後々大きな病気の原因に繋がることがあるらしい。
さて、次に歩くためにやらなければならないことを教えてくれた。
それは、まず脚の筋肉を取り戻すこと――。
そのために俺は毎日、軽い筋トレに励んだ。
だけどずっとベッドで寝ていたせいか体力も衰えていた。
そのせいで数分身体を動かしただけで息が切れる始末――。
だけど、脚を触ってみるとすごく太くなってて実感を獲られた内心喜んだ。
まぁ脚が太くなっているのはただ単に脚が浮腫んでいるからで、見た目は完全にゾウさんとか言われたときは、さすがにショックを隠せなかったけどな――。
しかも、ゾウみたいな脚とか千尋に見られたらたまったもんじゃないぞ――。
そんな想いから、俺はさらに必死に筋トレに励んだ。
その努力が報われ、俺はやっと直立が出来るようになった。
看護師からも歓喜の拍手をもらったときは本当に嬉しかった。
しかし、この直立が出来るようになるまでに1か月もかかってしまった――。
この間に千尋が現れなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない――。
さて、直立が出来るようになれば次はやっと歩く練習だ。
だが、これがまた大変だった。
なぜなら右足に体重をかけると再びアキレス腱が断裂する可能性があるため、その右足に体重をかけないように歩かなければならなかったからだ。
だから松葉杖というもので頑張って歩く練習をしたんだけど、まず松葉杖を思うように使うことが出来なかった。
それに身体が右に傾いていると何度怒られたことか――。
俺的にはまっすぐに歩いてるつもりなんだけどな――。
おまけに全体重を腕で支えているため、日に日に腕が悲鳴を上げた。
それでも、俺は千尋と一緒に歩きたいという一心で頑張った。
その頑張りが認められたのか、とうとうその日が来た。
だが、俺に与えられた時間はたったの15分――。
つまり、一分一秒でも時間は無駄に出来ない――。
「――瞳くん。そっちに行ったら病室だよ?」
「えっマジで?!」
くっそ――。
いきなり時間を無駄にしてしまった。
やっぱり目が見えないって不自由だな――。
「瞳くん、回れ右」
「は?」
「ほら、早く。回れ右」
「あぁ――」
簡単に言ってくれるけど、松葉杖を使った状態で方向転換ってすごく体力を使うんだぞ――。
まぁそれを簡単にやってのけるのが俺だけどな。
「はい、じゃあそのまままっすぐに進んで!」
だが、そんなことなど知らない千尋は次から次へと指示を出してくる。
まぁそんな指示にも簡単に応えられるのが俺だけどな。
そうやってしばらく歩くと、やがて風を感じることができた。
たぶん、室内から外に出られたんだと思うんだけど――。
「あれっ?」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんか今日はやけに熱を感じるなと思って――」
「そう?あぁでもずっと部屋にいた瞳くんからしたら暑く感じる気温なのかな?」
違う――。
そもそも、俺はずっと部屋に引きこもっていたわけではない。
嫌嫌、外には連れ出されていた。
ただそのときに暑いとか寒いとか、そういう感覚が全くなかっただけだ。
音も何一つ聞こえてこなかった。
なのに今はたくさんの人の話し声や鳥のさえずりも聞こえてくる。
本当にここは病院の外なのか――。
「おいっ、あいつが動いてるぞ!」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声は謝ってきた少年3人のうちの1人だな――。
あーあ、一気にテンションが萎えた。
あのとき、俺の前に二度と現れるなって言っておくべきだったかな――。
「本当だ!めっちゃ動いてる!!」
「うわっ!マジでヤバいって!!」
残り2人の声も聞こえてきた。
こいつらはいつも仲良く3人で過ごしてるんだな。
羨ましくてマジで腹が立つ――。
「ほら、やっぱりあいつはここの医者が造りあげたゾンビだったんだよ!!」
俺が医者に造られたゾンビ?
そんなバカな――。
でも、もし俺が医者に造られた存在であるのならば俺に過去の記憶がないのも合点がいく。
俺が造られた存在ならば、目が不自由な原因が不明なことにも合点がいく。
「とりあえず、急いでここから離れよう!!」
「あいつの近くにいたら襲われるぞ?!」
俺が人を襲う?
いや、今まで俺は人を襲いたいなんて思ったことはこれっぽっちもない。
そんな想い抱いていたら今頃、とっくに看護師たちを襲っている。
そういえば、ガキどもが病室に来たとき心がモヤモヤした覚えがある。
もしかして、あれが人を襲いたいという感情だったのか?
「諦めろ。あのゾンビが生きている限り、俺たちが襲われるのも時間の問題だ――」
俺が生きているとあいつらを襲うのか?
まぁあいつらを襲う分には問題ないが、もしかして千尋を襲ってしまうかもしれないのか?
「残念だが、この国の未来はもう終わったも同然だ――」
あぁ――。
だから、あいつらは俺を池に突き飛ばしたのか――。
この世界を守るために――。
悪いのはあいつらじゃなくて俺だったのか――。
「瞳くん、どうしたの?」
ふと、千尋の声が聞こえてきた。
その声は少しだけ震えていた。
「やっぱりしんどいじゃないの?今日はおとなしく戻ろう?」
そう言って、俺の手に触れてきた。
その瞬間、俺の心臓がこれでもかというほどに跳ね上がった――。
「バカッ!触るな!!」
俺は思わず千尋の手を振り切った。
それと同時に松葉杖から手を離してしまった――。
「瞳くん!!」
千尋の叫びを最後に、俺の意識は途絶えた――。