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お互いが好みじゃなさすぎる魔王と勇者

作者: 小松 愛梨

雷鳴が轟く城の最奥。

息も絶え絶えに辿り着くは、一人の若き青年。

迎え打つは魔物を統べる絶対の王。


「ふはははは!!よくぞ我の元まで辿り着いたな!勇者よ!」


「魔王め!人類をなめるなよ!」


 伝統的なまでに、正しくお互いを紹介し合ったところで、形容し難い沈黙が場を支配した。


「......」

「......」


 お互いに上から下まで舐めるように確認したところで、口火を切ったのは魔王の方だった。


「ちょっと待ってもらえる?」


「はい」


 迎え打つ姿勢で腰に手を当てていた魔王は、勇者に手のひらを見せながら背を向ける。

 対する勇者はその背に攻撃を入れるでもなく、キョロキョロと玉座の間を見回した。その緊張感の無さは、さながらお上りさんのようだ。


 半分素に戻っている二人の後ろでは、最早場にそぐわなくなってきた雷鳴が轟き続けていた。


「もしもし?人間の王?」


 通信用の水晶を取り出して、人間の王へと呼び掛ければ、すぐさま王の顔が水晶へと映り込んだ。


「なんか全然好みじゃ無いのが来たんだけど。え?人類最強?ここまで来られる人材が彼しかいない?いやいや。そんなことないでしょう。もっとマッチョとか、ひげとか、坊主とかさぁ。人間はそういうのが強いんでしょ?ヒョロくて強い黒髪は魔界でお腹いっぱい。え?政略結婚にわがまま言うな?そりゃそうだけどさぁ。でも好み聞かれたから通ると思うじゃん」


 散々な言われようだが、それなら自分にも言いたいことがある。と、顔に出ていたのだろうか、魔王が気がついたように勇者を手招きした。


「あ、待って、なんか勇者も言いたそうにしてる、代わるわ」


「......お気遣いありがとうございます」


「いえいえ」


 横からヒョイと水晶を覗き込んだ勇者には、先ほどの勇ましさはかけらもなく。困ったように眉を下げた、普通の好青年だった。


「あのぉ、王様。ちょっとですね、事前に聞いていた話と違うというか。ええ。あの、ツルペタロリ魔王は?いや、はい、わかります。理想ですよね。巨乳の美女魔王。でも好みってあるじゃないですか。というか、事前に聞いていたのと話が違うっていうか。いやいや、不満っていうか、あのー、知ってますよね?俺ロリコン拗らせて彼女できたことないって知ってますよね?合法ロリって聞いてたから死ぬ気でここまで来たんですけど。は?前会った時はロリだった?姿変えられるんじゃ無いかって?......首横に振ってます。無理そうです。は?いい感じに説得してきて?あ、ちょっと切らないでください!ちょっ!!」


「......とりあえず、カメラ止めようか」




 100年に一度、魔族が暴走する世界。

 ある代の魔王は、勇者を愛し、勇者もまた魔王を愛した。強大な力を持つ二人は、力づくで二人の関係を周囲に認めさせたが、その結果、魔族を暴走させる瘴気が収まったことに気がついた。

 神に問えば、人間と魔族が歪み合わないための初期設定だと神託が降った。「ご先祖様にはちゃんと伝えてあったのに、蔑ろにしすぎ!ぷんぷん!」と、ご先祖様の分まで叱られながら頂いた神託によれば、結婚に限らずとも同盟関係にあることが重要なのだと。


 しかし民衆は同盟を簡単には受け入れられない。


 人間側は、暴走した魔物に殺された憎しみを忘れない。当然、姿形の違う明らかに自分よりも身体的に優れる魔物への恐れも大きい。


 魔族側は、なぜ身体も魔力も劣る人間と対等な同盟を結ばねばならないのかと、矜持を捨てられない。瘴気で暴走する者が弱いのだ、と。気合いが足りないのだと多くの者が嘯いた。暴走したとて、弱肉強食の魔族である。負けた自分が悪いし、負ける人間が悪いのだ、と。


 あまりに価値観の異なる二つの種族で、力技で結婚した勇者と魔王は、死後も続く永続的な同盟を諦めた。次の代で頑張れ、と放り投げた。


 代わりに次の魔王と人間側の王で密かに(今となっては公然の秘密ではあるが)交わされた同盟の形が、先代に倣っての「愛の力(物理)で認めてもらおう作戦」だった。


 勇者が旅に出るところから、魔王と出会い運命的な恋に落ちるところまでを、ダイジェストで全国的に放映する。


 見目麗しく、実力者の男女の異種恋愛は、人々の、そして魔族たちの大いなる刺激となるようで、多くが肯定的に受け取られた、というのは建前で。底にある本音「強者2人が手を組んだなら誰も敵わないだろ」を、「大恋愛なら仕方ない」というオブラートに包むことで、強制的に同盟を受け入れさせてきた。


 もちろん、実力者でなくてはならないので、人間側は魔族をしっかり倒しながら魔王城へ向かう。その様は、人間側の、異形を見下しながらも敵わない、鬱屈したストレスを解消し、魔族側の、上に立つものは強くなければ認めない派閥へのアピールにもなる一石二鳥の案だった。


 何代か続く中で、後に遺恨を残さないよう、勇者の剣で斬られても死なないし、勇者の鎧を着ていれば魔族に殺されることもない、画期的なアイテムも開発された。負ければ勇者の資格を失うだけだ。


 ここ最近は長命な魔族といえど代替わりが進み、歪ながらも交流が増えてきて、魔王と勇者の結婚は一大イベントとなりつつあった。


 そろそろ100年というところで、うまい具合に飛び抜けて強い勇者、それも若くて好青年が出てきた、と人間側は大喜び。


 一方で魔物側も、久々の強くて美しい女王に期待が高まる。


 両者共に、好みではありませんでした。解散!は許されない状況だ。


「どうする?」


「どうするって、こちらの台詞ですよ」


 はぁ、と二人揃ってため息をつくと、パチリと指を鳴らした魔王が雷を止めた。

 

 これ、人為的なものだったんだ、いや魔王は人では無いけども。と頭の片隅で思考する勇者に、ついてこい、と魔王が手招きして、玉座の間の奥へと案内された。


「まぁ、とりあえず座りなさい。お互いのことを知ることから始めましょう」


 お茶入れるから、と友達の家に来たような気やすさで高級ソファへと促される。ドロドロの装備で座っていいもんか、と一瞬の逡巡の後、ドロドロにしてきたのは魔王の部下だしな、と気にせず座ることにした。


「私はリリアナ。今代の魔王よ。魔王になってから50年?ぐらいかな。魔族の中でも長命種なの。好みのタイプは坊主のヒゲマッチョ。魔王になったのも、ガチムチ勇者と結婚できるかも、って思ったから」


 居並ぶ将軍を倒して、最終的には先代魔王と一騎打ち、圧倒的な戦闘力を持って玉座を手にした彼女のファンは多い。魔王は世襲制では無いので、常に魔界で最強の者が王に立つ。50年君臨し続ける圧倒的な覇者の動機が、そんなギャルみたいな理由だなんて誰が思うだろうか。


 あっけにとられる勇者に、魔王リリアナは紅茶のカップを差し出した。頭を軽く下げて受け取る。王宮で、王女様と飲んだ物よりも格段に深い香りがした。

 

「......魔族の方が、紅茶の茶葉を作るのがうまいんですね」


 リリアナの話と全く関係の無い言葉がするりと落ちた。それに気を悪くするでもなく、「人間の王女からの贈り物よ」と、あっさりと返された。


「祝祭の日の贈り物、人間はするのでしょう?人間の飲み物だから貴方の口にも会うだろうと思って用意させたの」


「それは......ありがとうございます」


 思いがけない優しさに触れて口ごもる。

 いやいや、騙されるな。これはヒゲマッチョのために用意されたものだぞ。


 しかし、王女様、仮にも国を代表して戦いに行く勇者に出す茶葉が「そこそこ」というのは、なんとも複雑な心境である。


 この状況を想定して、里心をつかせないためだとすれば相当の策士だが。


「それで、貴方の名前は?」


 思考に沈んでいた勇者は慌てて顔をあげた。


「あ、アーサーです」


「ア・アーサー?アが名前でアーサーが名字?」


「アーサーです。名字はありません」


「人間って全員名字があるわけじゃないのね」


「はぁ、そうですね。あるのは王様や、貴族、一部の平民もですかね。名字無い人も全然いますよ」


 ダラダラとした雑談をしつつ、リリアナはだんだん姿勢を崩していく。とうとうソファの肘掛けに腕をついて、だらんと寝そべりながら世間話のように聞かれた。


「ふーん。それで、アーサーは何で勇者になったの?」


「まぁ、そうですね。生まれた時から勇者の痣があって。俺は孤児院育ちなんですが......勇者を募集された時に神父様に推薦されたんです」


 そんなリリアナに少々面食らいながらも、ここ、と首の後ろを指差した。


「でも、断れるわよね?」


 魔王と結婚、という側面を持つ以上、適性以上に本人の自由意志が尊重される。無理やり勇者にさせられて魔王を憎んだら、全面大戦争となってしまうからだ。


「募集されて王宮に行くと10人ぐらいいて、総当たり戦をするんですが、1位から順番に面接を受けるんですよ」


「へー、そうなんだ!ヒゲマッチョいた?」


「いましたけど、10番目でしたよ?」


「そうなの?えぇ〜」


 ガバリと、一度は起き上がったものの、残念そうにまたソファへと沈み込む。


「まぁ、それで、俺は一番だったんで王様と適性面談を受けて、好みのタイプが合法ロリって言ったら魔王も合法ロリだよって言われて」


「ははぁ、なるほどね」


「全然ロリじゃなく無いですか?」


「あのね、魔族も成長するのよ。そんであの王様が最後に会った時のロリィ私は、魔族の基準でいくと合法じゃないのよ」


 小人のような種族もいるが、アーサーが言ってるロリとはそういうことでは無いだろうし、子どもの時点で魔王になってしまったから、結婚適齢期になるまで待っていたのだ。王様が見たのは戴冠式の時の魔王だろう。


「うわぁ、王様に騙されたんですかね」


「悲しい勘違いってやつね」


 手で顔を覆って俯くアーサーに、頬杖をついたまま気のない声で慰めた。


「恋愛結婚という建前である以上、お互いにパートナーを見つけましょう、というわけに行かないし」


「俺に至っては、合法ロリが存在しないことが確定しましたからね」


「諦めるしか無いのかしら」


「諦めるしか無いんですかなぁ」


 二人のため息が豪奢な部屋に落ちた。


「......まって、あなたがガチムチ髭になれば解決じゃない?」


「はー?それって俺に何のメリットもなく無いですか?」


「魔族の秘術に、変化の術がある」


 ゴクリ、とアーサーが唾を飲む音が聞こえた。


「つまり、それが使えるようになれば」


「ええ、......合法ロリが誕生するわ」


 ガタッ、と同時に立ち上がった二人は熱く握手を交わす。


「頑張りましょう」


「はい。お互いの未来のために!」


 爽やかな笑顔でお互いを鼓舞し合う二人は、しかし腹の中ではそれぞれ別のことを考える。


(変化の術って難易度高すぎて秘術扱いになったやつだし、私レベルじゃ厳しいだろうなぁ)


(まぁ、俺って髭生えにくいし、筋肉も付きにくいから魔王様の理想のガチムチにはならなさそうなんだけどなぁ)


 相手の理想は難しいだろうと承知しつつ、モチベーションを下げないようにそれぞれの本音は腹の中にしまっておいた。


 二人が相手の理想を体現できるのかは、誰にもわからない話である。


男女の魔王と勇者で、恋愛にならないのってどんなパターンだろう、と考えました。

二人がどうなっていくか、気になる方は評価頂けたら嬉しいです。

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