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【11/5発売】桜の嫁入り 〜大正あやかし溺愛奇譚【一二三銀賞・書籍化&コミカライズ】  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
終章

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番外編『温泉旅館とカニのお話』6

 時は少し遡り、桜子ともみじが旅館内を見ていた頃。

 うしまると犬彦は、館内着に着替えて桜子たちを尾行していた。


「今、後ろに誰かいたような」

「あるじさま、あっちにおみせがある!」

 

 桜子に引っ付いているもみじが気付かれないように注意を逸らしてくれる。

 もみじの支援に感謝しながら、犬彦とうしまるは気付かれないように後ろをコソコソと付いていった。

 

 妖狐の耳をぴこぴこさせて、犬彦は食い入るようにお土産選びを見守った。

 

 最中の詰め合わせに伊勢海老の干物と温泉まんじゅう、おこわに珈琲ゼリー。

 次々と品物を見て吟味する桜子の表情が真剣で、かつ楽しそうなので、犬彦は嬉しくなった。


「うしまる。桜子様、僕のお土産を選んでくださっています!」

「ハハハッ、犬彦用とは限りませんぞッ!」

「うしまる? なんで水を差すんです? 意地悪でございますか?」

 

 従者たちがギスギスし始めたのを察してか、もみじが桜子を温泉に誘導していく。

 温泉の中には入れないので、二人は外で警護して頭を冷やした。

 耳の良い妖狐の犬彦には、風に運ばれてくる桜子ともみじの会話が聞こえている。

 楽しそうだ、と微笑ましく思うのと同時に、謎の背徳感めいたものも心をざわざわさせて、微妙に居心地が悪い。

 

「いやはや、犬彦はお年頃ですなッ、顔が赤いですぞッ? 抹茶でも飲んで落ち着くことにしましょうかなッ」


 うしまるは二人分の抹茶をもらってきて、穏やかな笑顔を向けた。

 

「ふう。犬彦、さっきは失礼しましたな。ふう」 

「ふう……僕は別に怒ったりしておりませんよ。僕は寛容な狐でございますから。ふう」

 

 熱い抹茶の湯飲みを抱えてふうふう言っているうちに、桜子ともみじが出てきた。

 湯上りの上気した肌を団扇(うちわ)で軽く扇ぐ桜子を見て、犬彦がふわふわとした顔になる。


「桜子様は館内着が本当によくお似合いでございますね、うしまる。なんだか見ていたいような見てはダメなような不思議な感じがしませんか?」 

「フッ……」

「うしまる? 今なぜ笑ったんです?」


 うしまるが顔を背けて笑い声をかみ殺すので、犬彦は心配になった。

 様子がおかしい。何かの病気かもしれない――、

 

「犬彦もお年頃だなと思いましてなッ、ハハハッ」

「よくわかりませんが、からかっているのですね! むう!」


 従者二人の絆に再びヒビが入る中、桜子たちは管狐に導かれ、人助けを成し遂げたのだった。


「うしまる。桜子様はご立派でございます。迷わず人助けをなさるんですよ」

「すっかり信奉者ですなッ、犬彦ッ! ところで我々、本当に見ているだけの仕事しかしていませんがいいのですかなッ」


 二人がたまに喧嘩しつつ仲良く尾行していると、桜子は青年と一緒に町歩きし始める。それを見て犬彦はショックを受けた。


「うしまる。こういうのは浮気と呼ぶのでしょうか? 僕、割って入って邪魔するべきでしょうか……」

  

 犬彦が悩んでいる間に、桜子たちは神社へと移動していく。

 そして、神社のシンボルである大楠(おおくす)の周りを歩き出す。

 「1周すると寿命が1年伸びる」「心に願いを込めながら1周すると叶う」などと人間たちに信じられている大楠は、樹齢二千年以上と言われている。

 京也の側近である犬彦とうしまるは、その大楠が当代の陰陽師たちの力を測るものだと知っていた。

 

「おや、奥様が陰陽師に霊力を貸していらっしゃいますぞッ」


 うしまるが興奮気味に呟き、長い前髪を指で持ち上げている。

 普段は前髪に隠れている双眸は、カッと見開かれていた。

 犬彦は再びショックを受けた。


「霊力測定はおひとりの力で競わないといけないのではありませんか? 桜子様の霊力を足すのは、不正では?」

「フッ。お子様ですなッ。天狗帝の敷いた決まりに『協力してはいけない』という文言はありませんぞッ」

「そうなのですか?」

「古くから、名門名家の誇りをかけて親類一同が代表者である当主の魔払い承事師に霊力を預けることはよくあることでしたぞッ」


 うしまるは何歳なんだろう。

 犬彦は一瞬、興味を持ちかけたが、すぐに好奇心に蓋をした。

 鬼の年齢など、わかったところで何の役にも立たない。

 それより、目の前の珍事と後ろからやってきた『主君(京也)』が気になる。

 

「俺の行き先に桜子さんがいるだと。こういうのが運命なんだよな。おっと、お前らもいたのか」

「京也様、浮気を疑われていましたよ」

「何っ、桜子さんが嫉妬してくれたのか?」

「……」


 桜子は全く嫉妬していなかった気がする。

 しかし、主君はきらきらした期待に満ちた目で犬彦を見て、「そうだよな。そうと言ってくれ」という熱を向けてくる。

 

 犬彦は葛藤した。

 嘘も方便という言葉がある。

 他愛ない嘘で主君を喜ばせてあげてもよいのではないか……?

 

「はい、京也様――」


 犬彦が忠臣として主君好みの言葉を捧げようと口を開いた、まさにその時。

  

「ハハハッ、奥様は全く嫉妬なさっていませんぞッ!」

「う、うしまるー!」


 うしまるはあっさりと真実を告げ、京也をがっかりさせたのだった。

  


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