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33、運命の番のお話

 幽世(かくりよ)皇宮(こうきゅう)の夜。

 

 その日の夕食は、かにみそ豆腐、かに甲羅揚げ、帆立て貝のバター焼き、かに釜飯、そして季節野菜の炊き合せなど、贅沢な会席料理で、桜子もお手伝いをした。

 夕食会場は『かがみの間』である。


 かがみの間は、優雅さと格式を兼ね備えた空間だ。

 入浴を済ませてから案内され、浴衣で座椅子に落ち着いた桜子は、京也が眠そうに目をこすりながら「ずっとご褒美をもらい損ねている」と言う声に『ご褒美』の内容を思い出した。

 

『俺の花嫁、俺の愛しいお姫さま、あの引き立て役を今から追い出すゆえ、格好良かったら褒美にキスしてくれたまえ』

 

(キスだなんて)

 桜子は頬を染めた。 


 京也はそんな桜子に目を細め。

「近いうちに家族に会わせたいが、その前に頭に入れておいてほしいことがある」

 と、彼の秘密について語り始めた。

 

「説明しないといけないと思ってね。俺が結婚に関する問題児で心配されていたことを」

「結婚に関する問題児……、ですか?」

 

 あの『妄想執筆癖』の問題だと言うならわかるのだが、結婚についての問題とはなんだろう。 桜子は目を瞬かせた。


「ああ。一族の者しか知らないことだが、天狗は、生涯の伴侶が運命で定められている。……その伴侶のことを、『運命の(つがい)』というのだ」

 

(『運命の(つがい)』?)

 それは、『おお、大帝都にあやかしの旗は燃えて』に出てきた言葉だ。あやかしの中には、人間を『運命の番』と呼び、伴侶として選んで溺愛する種族がいるという――夢のような話だと思っていた設定だ。

 

「そもそも、俺は桜子さんが推定三歳くらいのときに運命を感じていたのであり……」

 

 京也は平天目型のぐい飲みで酒を煽り、目元をほんのりと上気させる。


「さ、さんさい?」

 

 幼すぎるのではないか。桜子はびっくりした。

 

「ああ、そうだ。覚えていないだろうね。目の前の鏡に桜子さんが映って見えたんだ。すぐに消えてしまったのだが……ひと眼見た瞬間、運命だと思ったよ」


 京也の声は、本気だ。冗談を言っているようには聞こえない。

 

「不思議なことに他人には見えなくてね」

 

 その大きな手が、桜子の頬に触れる。

 自分を見つめる京也の瞳の熱に煽られたように、桜子の頬が赤く上気する。

 

「姿が見えなくなってからも、桜子さんのお父さんが御伽噺(おとぎばなし)を語っている声はしばらく聞こえていた。桜子さんが喜んでいる声も。だが、その声も俺にしか聞こえないようだった……」


 京也はそう言って、信じてもらえなかったときの淋しさや辛さを匂わせた。

「人によっては、俺が白昼夢を見たのだと言うような者もいた」


 切なそうな表情と声に、桜子の胸がずきりと痛んだ。


「鏡に映った桜子さんは、瞬きする間に消えてしまった。特徴を伝えて探させても、見つけることはできなかった」


 頬にあてられた手に自分の手を重ねれば、京也の指先がぴくりと震える。


 美しい紫水晶(アメシスト)の瞳が感情を持て余すように伏せられる。

 大きな手は躊躇(ためら)ってから、桜子の頭に移った。

 宝物を愛でるように、年下の子を慈しむように撫でてくれる手付きは、どこまでもやさしい。

 

「天狗の一族は、運命の番が見つからないと短命だ。そのため、一定の年齢に達して望みが薄ければ『死ぬ前に子どもを作れ』と言われて、政略結婚を勧められることも多くなる……。だが、俺は一瞬出会った桜子さんという運命の番に心を縫い留められてしまい、政略結婚をずっと拒絶し続けていたのだ」


 なにせ『運命の番』と主張していたのが「他の誰も見ていない、鏡に数秒だけ映った三歳ぐらいの人間の娘」だ。京也は親族内でかなり心配されていたのだという。


「にゃんこ甘味店(かんみてん)で桜子さんを見たときは驚いた。その……実在したのだな、白昼夢ではなかったのだな、と思って、感動した」

 

 京也は純情な気配をのぼらせた。

 

「しかし、桜子さんのことを俺はなにも知らない。まずは身元やどんな人物なのかを調べようと思った。そして、プロポーズしようと思ったのだが、あの書生姿でプロポーズするのもしまらないと思い……また、桜子さん側に俺が認知されていないのもどうかと思い、犬彦やうしまると作戦を練っていたのだな」

 

 薔薇はうしまるの提案らしい。

 犬彦は俺と同じで恋愛に疎いのだ、と言う京也の眼差しは、犬彦への信頼と絆を感じさせる温度感だった。

 

「いざ告白、と機会を見計らっていたところ、桜子さんが売られそうになったのだ。あれには驚いた。とても焦った……俺がもたもたしていたせいで、悲しい体験を防げなかった。反省している」

 

 京也はそう言って、桜子から手を離した。

 居ずまいを正して言う言葉は、まっすぐだった。

 

「そういうわけで改めてプロポーズするが、俺と結婚してほしい」

 

「京也様……」

 

 胸に歓喜が湧きあがる。

 求められるというのは、こんなに心地よいことなのだ。

 

「わ、私でよければ」

 

 頷くと、京也が屈託のない笑顔を浮かべる。その笑顔がほんとうに嬉しそうで、桜子は幸せな気分でいっぱいになった。


「あるじさま、らぶらぶ!」

 

 もみじの声に、桜子は頬を染めた。


「もみじ、茶化してはいけない。俺と桜子さんがいちゃいちゃしているときは空気のように静かにひかえているように」

「やだー」

「やだ、ではない」


 京也が真剣に言い聞かせると、もみじは楽しそうに葉っぱの体を揺らした。

 

「あいっ!」


 元気いっぱいの声は可愛くて、京也と桜子は同時に笑みをこぼした。

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