結婚の儀式の練習 領主館に突撃!
自然に目が覚めた。大きなあくびをしてゴロゴロする。もうちょっとだけまどろんでいたい。
小さな、ほんとに小さな笑い声が聞こえた。
むにむにと起き上がったらラズがいた。ラズが笑ったの?
「サチ様、おはようございます。良い天気ですよ」
「りゃず、おはようごじゃいましゅ。しょとにいけましゅね」
柔らかかったラズの顔が困り顔になった。昨日で記憶の上書きはできなかったか。
ラズが首にネックレスをつけてくれている。嬉しいな。チェーン部分はイメージしなかったからプラチナだと思うんだけどな。
ラズの前に飛んで行ってネックレスに手をかざす。
〈ラズを守ってくれますように。〉
「サチ様?」
「かおをありゃいましゅ」
机に飛んで水で口をすすいでから、顔を洗う。ラズが布を渡してくれた。顔を拭く。鐘の音が聞こえた。1の鐘だ。みんな目を覚ます。
「朝食に行きますか?」
「いきましゅ」
飛んでいる私をラズが抱っこした。過保護め。胸に顔を埋める。うん、男の人。柔らかくない。幼児の身体が乳を求める。母性がね、欲しいんだ。父性もいいけどね。
食堂に着いたら、いつもより人が少なかった。鐘が鳴ったばかりだから。
大司教様が来た。大司教様はいつも朝早い。
「おはようございます、サチ様。いい朝ですな」
「だいしきょしゃま、おはようごじゃいましゅ」
「今日は一緒に食事が出来ますな。嬉しいです」
「いっしょでしゅ」
ラズが来た。大司教様に挨拶している。今日のごはんはすいとん?食べてみればわかるか。
「サチ様、あーん」
「あーん」
小麦粉を練った物だろう。もっちもっちしてて美味しい。
「サチ様、今日の午後は礼拝堂で結婚の儀式の練習をしましょう。大丈夫。すぐに覚えられます」
「もちゃもちゃごくん。わかりました。りぇんしゅうしましゅ」
「勤勉でよろしいですな」
「サチ様、あーん」
「あーん」
朝食を食べたら礼拝堂で大司教様となむなむする。
大司教様のお祈りはいつも長い。私よりもずっと使徒みたい。だから創造神様も近くに落としてくれたのかな?実際に神託を大司教様は賜った。まぁ、私が孤児院にいたからだけど。
午前は先生とお勉強。
休憩にチーズケーキを食べる。ふわっとしたのじゃないよ。しっとりぺったりしたの。おいしいんだ。先生とラズも「新しい味だ」と食べていたよ。もちろんホール。腹に溜まる。
昼食を食べたら、大司教様と礼拝堂へ。
信者の方々が、大司教様を見て「ありがたや。ありがたや」ってしてた。すみません、ちょっとお邪魔します。私はちゃんとマントを着てるよ。
「はじめはですな、結婚の儀式を受ける2人と親類縁者がそこのあたりに立っています。主役の2人だけ祭壇の前に来るので、そこでサチ様の出番です。祭壇に出て『神に誓うは結婚の儀。そこに偽りはあらんや』と問いかけます。主役の2人はそれぞれに誓いの言葉を述べます。それを『許す。汝らに幸あれ』と締めくくります。流れはいいですか?」
「たぶん」
「ちょっと難しかったですかな?それでは言葉の練習をしましょう。『神に誓うは結婚の儀』はい、言ってください」
「かみにちかうはけっこんのぎ」
「そうです。『そこに偽りはあらんや』はい」
「しょこにいつわりはありゃんや」
「ちょっとだけ、頑張ってみましょうか。『そこに偽りはあらんや』はい」
「そ!こにいつわりはあら!んや」
「う〜ん、それでいいでしょう。『許す。汝らに幸あれ』です。はい」
「ゆりゅしゅ。にゃんじりゃにしゃちありぇ」
「う〜ん、難しかったですか。もうちょっと噛まずに言えますか?」
「ゆ!る!す!な!ん!じ!ら!に!はぁ、さ!ち!あ!れ!」
「う〜ん、惜しい。もうちょっとですな。あとは入場の練習をしましょうか。私とラズが主役の2人をしますから」
入場と退場の練習をした。が、これは安請け合いをしてしまったかもしれない。言葉を噛まずに話せないぞー!!!暗礁に乗り上げた。
大司教様も微妙な顔してたし。
◇◇◇
部屋に戻ってベッドにダイブ。靴はラズが脱がせてくれる。
分かりやすく落ち込んでる私に、ラズは言葉もないようだ。
そら落ち込むよ!何だよ最後の「にゃんじりゃにしゃちありぇ」って。言葉かよ!宇宙語だよ!主役の2人が笑っちゃうよ。それか儀式を台無しにしたって怒るよ!一生に一度だよ?後から思い出して泣くわ!
魔道具屋で買ってきたウサギちゃんを抱きしめる。む〜ん、癒し……。ぐぅ。
起きたら夕方だった。明日やる事が出来た。本番で失敗する訳にはいかない。がんばるぞ!おー!ラズに根回ししておく。
次の日の午後。
聖騎士に守られて馬車で走っております。
馬車に乗っているのは、ラズと私。ラズの膝の上だよ。振動が来ないように。
向かうは領主館。たのもー!
ラズに先触れは出してもらったから大丈夫!突撃!領主館!
領主館の門を無事に通過して、領主館の前に馬車が停止する。
『使徒様!領主館に到着でございます!』
外から声をかけられたので、ラズが馬車の鍵を外すと外からドアが開かれた。ラズに抱っこされて馬車から降りる。
領主館の玄関には初老の男性が控えていて、私達に深々とお辞儀をしてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、スメラギ様。我が主の元へご案内いたします」
「よろしくおにぇがいしましゅ」
「はい。それでは、わたくしについて来てくださいませ」
「はい!」
ラズが私を抱っこしたまま執事らしき男性について行く。過保護がまだ発動しております。どうしたラズ。
執事が一つの扉の前でノックした。
護衛が扉の前に立って、私達をじっと見ていた。
「スメラギ様がご到着いたしました!入室してもよろしいでしょうか!?」
『よい!入れ!』
「失礼します!さぁ、どうぞ、スメラギ様お入りくださいませ」
扉を開けて道を譲ってくれる執事らしき男性。優しい。
「ありがとうございましゅ」
ラズがスタスタと入って行く。領主様が立って歓迎してくれた。領主様に似た若い男性も一緒だ。
「ようこそいらっしゃいました、サチ様。サチ様からいらしていただけるなんて感激ですぞ!」
「きょうはおじかん、ありがとうごじゃいましゅ」
「なんの!サチ様の為ならば時間も作りましょう!ご紹介します。私の息子にございます」
「はじめまして、スメラギ様。領主の息子、ライアン・モルートと申します。お会い出来て感激にございます!」
「はじめまして、さちでいいでしゅ。いっしょにいるのはりゃずでしゅ。よろしくおにぇがいしましゅ」
「はじめまして、ラズと申します。サチ様のお世話係でございます」
お互いによろしくとした後にソファを勧められた。
「ささ、お掛けになってお話しましょう。今日は何か用事がお有りとか?」
「しょうでしゅ。だいじなはにゃしでしゅ。けっこんのぎしきのことでしゅ」
「結婚の儀式ですか?何かございましたか?」
「もんだいがはっしぇいしましゅた。きいてくだしゃい」
「はい、いいですが」
「かみにちかうはけっこんのぎ、しょこにいつわりはありゃんや、ゆりゅしゅ、にゃんじりゃにしゃちありぇ。けっこんのぎしきの、ことばがいえましぇん。もんだいでしゅ」
「これは……どうしたことか。サチ様が幼い事が原因ですな」
「父上、どうしましょう?」
「しかし、一生に一度の事。サチ様にお願いしたい。う〜む、どうした事か」
「わたちにていあんがありましゅ。きいてくだしゃい」
私は昨日の夕方に考えた妥協案を伝えた。
「おお!それなら式も荘厳なものになりましょう!なんとありがたい!ライアン、それでも良いか?」
「私はそれで結構ですが、チャーシャが何と言うか……」
「おお、そうだな。サチ様、ライアンの結婚相手を連れてきてもよろしいですかな?」
「だいじょうぶでしゅ」
「バルツ!チャーシャ嬢を呼んで参れ!」
「かしこまりました」
「さて、サチ様、女性の支度は時間がかかるもの。私共とゆるりとお話しいたしましょう」
メイドさんがお茶とお菓子。パウンドケーキだろうか?机に置いてくれた。
領主が1番に食べて飲む。私達に配慮してくれたんだな。
フォークを魔法で浮かせて食べる。素朴な味で美味しい。この世界は素材の味がそのままで美味しいものが多い。無添加で身体に良さそうだ。
「お、我が家の菓子を気に入ってくれましたかな?美味しいでしょう?」
「もぐ、おいしいでしゅ。もぐもぐ」
「以前にサチ様にご馳走になった菓子も美味しかったですなぁ」
「たべゆ?」
「は?いいのですか!?はい!いただきとうございます!」
息子が興奮している父親を見て驚いている。
この間と同じじゃ芸がない。でも、この間のフルーツケーキと同じようなものを食べたいだろう。フルーツタルトを出すことにした。
〈いでよ!豪華なフルーツタルト!〉
「「おお!」」
領主と息子がいきなり出て来たフルーツたっぷりのタルトに驚いている。ごくんと唾を飲み込む音がした。
「この、お菓子をカットせよ!サチ様、食べられるんですよね?」
綺麗すぎて食べられるか不安になったようだ。もちろん食べれる。
「たべりぇましゅよ。きりゅにょはりゃずにしてもりゃいましゅ」
一度タルトを切った事のあるラズにタルトナイフを渡す。ラズが形を崩さないように綺麗に切ってくれる。少し1つが大きい気がするが。
お皿を能力で生み出してタルトを乗せてもらう。領主と息子の前に置いた。領主と息子は目を輝かせてフルーツタルトを見つめている。私とラズの分も用意出来たようだ。
「たべていいでしゅよ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
食べる前に神に感謝を捧げていた。祈らなくてもいいのに。いや、創造神様に貰った能力だから祈ったほうがいいのだろうか?
領主と息子は味わいながら食べている。目が輝き、顔色が凄い良い。美味しいのだろう。
「サチ様は凄いですな!美味しいです!」
「本当に美味しいです。チャーシャにも食べさせてあげたい」
「そうだな。私もイザベラを呼ぼうか?サチ様、妻にもこのお菓子を食べさせてあげてもいいですか?」
「いいでしゅよ!たりにゃけりぇばだしましゅ」
「おお!ありがとうございます!誰か!イザベラを呼んで参れ!」
メイドさんが1人、部屋から出て行った。呼びに行ったのだろう。
私もフォークを操ってタルトを食べる。美味しい。フルーツもみずみずしいし、素晴らしい再現力だ。ラズも美味しそうに食べている。
メイドさんがお茶のお代わりを入れに来てくれた。その口に涎が光った。フルーツタルトが食べたいんだな。
「りょうしゅしゃま、こにょやかたには、にゃんにんひとがいましゅか?」
「この館の人数ですか?下男下女も含めて?そうですな。大体130人はいますぞ。警備兵もおりますからな」
私は能力でマジックバッグのボストンバッグを作り、バッグの入り口を開けて能力でぽぽぽぽんとフルーツタルトを多数作りボストンバッグに入れていった。
領主と息子が驚いたように見てくる。タルトの行進だ!130人だから、ホール一つに8人としても大量にいるぞ!
ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃとタルトの行進が終わったら、バッグを持って領主様の近くに飛んでいく。あ、息子さんが驚いている。
「りょうしゅしゃま、こにょやかたのみんにゃでたべてくだしゃい」
「こ、これはこれは、ありがたく受け取らせていただく。鞄はどうしましょうか?」
「あげましゅ。つかってくだしゃい。じかんていしでしゅかりゃにぇ」
「おお!ありがとうございます!家宝にしますぞ!」
最近、家宝が多い。そんなに大げさな物でもないのに。いや、地球なら戦争ものだ。やっぱり凄いのかもしれない。
席に戻る。
トントントンとノックの音が聞こえた。
『チャーシャ様が参りました!』
「入れ!」
「お呼びとのことで伺いました。お客様、チャーシャ・ミルアリスと申します。お見知り置きを」
「ていにぇいにゃあいしゃつ、ありがとうごじゃいましゅ。サチ・スメリャギでしゅ」
「サチ様のお世話係のラズと申します」
チャーシャ嬢は成人したばかりなのだろう、若々しい身体に、可愛らしい女性だ。
私と目が合うとぱっと顔を輝かせた。小走りで近づいてきて抱きしめられた。
「まあ!まあ!とても可愛いらしいわ!ライアン様、私もこのように可愛らしい赤子が欲しゅうございます!」
あ、息子さんが息を吹きだした。領主が納めにかかる。
「チャーシャ嬢、それはライアンと2人の時にお願い出来ますかな?」
「まぁ、私ったら。申し訳ありませんわ。それで、お義父様、お呼びされた用事は何だったのかしら?」
「そこのサチ様から美味しいお菓子をいただいたので、チャーシャ嬢も一つ如何ですかな?」
タルトの残りを指差す。
「まあ!美しい!これは食べられますの?」
「たべてくだしゃい」
「まあ!ありがとうございます。いただきますわ!」
ラズがカットしてチャーシャ嬢に渡す。フォークはメイドさんが準備してくれた。
「まあ!なんてみずみずしい果物かしら!素晴らしいわ!」
トントントン またもノックの音が聞こえた。
『奥方様のお越しにございます!』
「入れ!」
「失礼いたします。わたくし、領主の妻のイザベラにございます。お見知りおきを」
「おお、おまえもこちらに来てソファに掛けなさい。サチ様から美味しいお菓子をいただけるぞ」
「まあ、そうですか。ありがとうございます。失礼しますわ」
上品なご夫人が来た。領主様から聞かされているのだろう。私を見てにこりと微笑んだ。
ラズがタルトを切り分けてお皿を渡している。
「まあ!芸術ですわ!食べるのがもったいない」
「食べても美味しいぞ。無くなってしまうがな。腹の中に」
ははっ!と領主様が笑う。
みんなタルトを食べて満足顔の時にさっき領主と息子に話した、結婚の儀式の妥協案を話す。
「わたくしはそれで構いませんわ。サチ様が儀式をしてくださるとは何とありがたいのでしょうか。素晴らしい儀式になりますわ!」
「わたくしも、本人達がいいのなら、それで構いませんわ」
「そうか。それではサチ様、本番はよろしく頼みましたぞ」
「もちりょんでしゅ」
賑やかな領主館を後にした。よかった、受け入れてくれて。
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