モチと紹介された工房に行こう!
サチ達は、方向音痴じゃないカイザーの道案内によって職人街に来ていた。ザイデンの家から随分と歩いた場所だ。
そこら中から何かを作る音や怒号が聞こえてくる。
サチは、ちょっとの好奇心とちょっとの怯えによってラズにへばりついていた。
この辺りはエレナとカイザーとライデンの護衛の出番である。
モチも空気にビビって縮こまっていた。
カイザーが複雑な作りの職人街に通りかかる職人達に何度か聞き込みをしてたどり着いたのが、職人街の端の辺りの『マウイの靴屋』だった。
外観はボロ一歩手前であった。
紹介状を持って、カイザーが1人で中に入って行くのをサチ達はまとまって見ていた。
歳のいった女性の声とカイザーの大きな声が聞こえてきた。
職人街だから雑音が大きいのだ。
カイザーが入り口まで出てきて「問題無い。中に入ろう」と声をかけてきたので、エレナ、サチとラズ、モチ、ライデンの順番で中に入った。
ライデンはふと普段は思わないが、今日のような時は護衛が少ないと思ったのだった。
その分、自分が頑張らないとと気合いが入ったが。
サチ達が中に入ると、思ったよりも中は広くとられていて、入り口に近い部屋の中に入って、年配の女性がドアを閉めると、幾分か音が静かになった。
ソファ、とは、とても言えないような布張りの椅子に、年配の女性が座り、「座ってください」と促されて、サチを抱っこしたラズとモチが遠慮がちに座った。
「それで、リー様の紹介状は見せてもらった。上客だから丁寧にもてなせば見返りがあると書いてあった。あの方は嘘は言わねぇ。が、教会と繋がっていると聞いた事は無い。要件はなんだい?わたしゃ、まどろっこしいのは苦手でね」
強気な顔の50代くらいの女性は堂々と座り、サチ達を見てきた。
サチはやっと自分の出番!と翼を広げて飛び立とうとしたが、ラズにガッチリと抱っこされていて飛べなかった。
「うあ〜」と情けない声を上げるサチだった。
だが、広がったサチの翼を見た女性は目を剥いた!子供が!背中に羽が!!
ここは神聖教国。
神々の教えを子供の頃から教育される土地だ。
大人になって、教会には良い神官と悪い噂が常にあり、妄信することはなくなった。
だが、小さい頃からの教えは身についている。
女性は教会の権力には負けんと店主として対等にラズ達に向き合っていたが、1ヶ月ほど前から囁かれている『創造神の使徒様』の噂について知っていた。
いわく『小さい』『神々しい』『魂が浄化される』などなど、事実から嘘っぽい噂だって聞いてきた。
目の前にいる翼の生えた子供は『小さい』。『神々しい』、かもしれない。『魂は浄化』されないが。でも、普通の子供では無い。
ラズが口を開いた。
「こちらにいらっしゃいます創造神の使徒様のサチ・スメラギ様のお世話係をしておりますラズと申します。横にいますのがリー家から紹介状を書いてもらった要件に関わるモチと言います。よろしくお願いします」
サチはせめてもと、トモモのジュースを座っている4人分出した。小さめのコップはサチの為の物だ。
サチはラズに抵抗してテーブルに向けて座る事が許された。お腹にラズの腕が回っているが。
「にょんでくだしゃい。とももにょじゅーしゅでしゅ」
理解出来たのはラズと護衛達だけだ。
ラズが言い直す。
「飲んでください。サチ様が出されたトモモのジュースですよ」
ラズはサチに飲まそうとしているが、嫌がられてショックを受けている。
今日のサチはモチの責任を負わないといけないと言う自立心があるのだ。闘志と言ってもいいかもしれない。
さっきは職人街にビビっていたが。
と、いうわけで、自分でジュースを飲んでいる。
サチの目の前で拝んでいる女性がいるが。
信心深いたちだったようだ。
モチは緊張と歩いてきて喉が渇いていたので恐る恐るコップを持ち上げて中身を飲んだ。
爽やかでフルティーな甘さに緊張と疲れが取れるようだ。
拝んでいた女性にも欲が出た。
ここまで近くに創造神様の使徒様がいるのなら触りたい!
「使徒様、お、お手を、よろしいでしょうか?」
恐る恐る手を伸ばして問いかける。
サチはトモモのジュースを机に置いて、机に乗り上げるように女性の手を小さな手で包み込んだ。
女性が昇天したかのように固まった。
刺激が強すぎたようだ。
サチは固まった女性の手を触りまくる。
硬い手。職人の手だ。色も黒ずんでいる。独特の匂いもする。信用できるかもしれない。
サチ的に女性を分析していた。
物騒だが、ライデンだけは、サチに女性が無礼な真似をしたら手を切り飛ばしてやろうと剣に手をかけていた。
カイザーとエレナはどちらかと言えば穏健派だ。
カイザーはサチが傷つかないのを知っていたので、何かされてから室内なので腕力でカタをつけようと考えていたし、エレナは身の軽さでラズとモチの前に出る気持ちは持っている。誰が非戦闘員か理解しているのだ。
それを踏まえるとライデンは過激派だね。
真面目な男が1番危険。
護衛としては頼もしいが。
女性が強い精神力で現世に帰って来た。
サチに自分の手が遊ばれている。
もう一度意識が飛びそうだったが、ありがたく手を引っ込めた。感触は忘れないように努めたが。
とにかく、『可愛い』で頭が支配されそうだった。
リー家からの紹介状をもう一度読んで心を落ち着かせる。
一息ついてから、声を出す。
「使徒様、ありがとうございました。
して、ご要件を伺ってもよろしいでしょうか?」
サチに触れた事で扱いがランクアップされている。上客認定だ。
サチが話そうとしたが、ラズが口を開いた。
「サチ様はとある寂れた木靴を履いている農家に心を痛められまして、その村で革靴職人になりたい青年を連れてきて勉強させたいとお考えです。
教育費用は出しますので、初歩的な事から最終的には1人で革靴を作れるまで、こちらのモチを育てていただけませんか?できれば、皮のなめし方の勉強もさせてください」
一気に現実的な話になったので、女性の顔が引き締まり、モチをガン見した。
モチは小さい頃から木靴職人になるべく教育されてきたので、最低限の胆力は持ち合わせている。
直感で目を逸らしてはいけないと拳を握り締めた。
女性とモチの睨み合いが始まった。
「何歳だい?」
女性が威圧的に聞く。
「19歳です!」
「靴を作ったことは?」
「木靴ならあります!」
それから、1分ほど睨み合ったが、女性がラズの方を向いた。
「いいでしょう。気概はありそうだ。モチを教育します。費用について話し合いましょうか?」
人1人を一人前の職人にするって、どれだけ費用がかかるんだろう?
サチはサチ検索で調べた。
サチ検索でわからないことはないのだ!
ふむ、宇宙飛行士になるまでに5千万はかかるとな?
サチはこの世界ではなく、地球で1番お金がかかる職種を選んでしまった!
次点では医師かパイロットだ!
そして、アラタカラの靴職人は金額が出てこない!純粋な靴職人の教育費など出ないからだ!下積みと雑用をして材料や仕事をして必要な事を覚えて安い給金で働き、目で仕事を盗みステップアップしていくのだから。
サチは悩んだ。悩んでいるように見えないが。
モチは天空王国人だから悪意に鈍い。生活の面倒を信用できる人に見てほしい。(天空王国と扉を繋げるにも拠点は必要だ)
サチは目を開いた。
「もちにょ、おしぇわをしてくりぇりゅ、ひとはいましゅか?」
珍しく女性にサチ語が通じた!
女性は悩み部屋を出て行った。
こんな所は職人だ。
作業場に行くと、1番若い子に声を掛けた。
「おい!ライジ!お前!妹がいたよな?若いの!仕事を探してるとか!」
作業中に無駄口はたたかない。簡潔に述べる。
「はい!妹が仕事を探してます!」
「給金は!?」
「理想は2万リンです!」
「わかった!」
親方は出て行った。
職人仲間たちはみんな???だったけど、親方は意味のない事はしないから、それぞれの仕事に戻った。
気にはしながら。
そして、女性・親方は戻ってきた。サチ達の元に。
ソファと言えない椅子に腰掛ける。
「2万リン出せるかい?世話人だ」
「だしぇましゅ」
いつのまにか気のおかない話し方になっていた。
「モチの革靴職人としての教育費だが、ウチでは多分3年。なめしは口利きしないとわからないな……」
サチは黙って収納から手にお金を移した。
そして、机の上に置く。
ミスリル貨3枚。
ラズがサチの意を汲んで親方の前に出した。
親方は大金に目を剥いた!
出しすぎだ!サチ!
「お!ま!こんなにいらねぇ!」
親方が叫んだが、サチはラズの太腿に仁王立ちして声を上げた!
ラズにお腹を支えられているが。
「もちにょきょういくを!てあちゅく!してくだしゃい!」
サチ!格好良く決めたかったのに、肝心な部分で噛んだ!でも、親方には通じた!
そして、サチは思い立って、良い場所の紹介状を引き当てたみたいだけど、他の紹介状はどうかな?と思い、出してみた。この職人気質の女性なら大丈夫だろうと。
「これは……紹介状だな。5通も。ウチ以外にもあったんだな。……これと、これは、やめておけ。世代が変わった。先代は良かったんだがな、今は付き合いもない。奴等は人を選ぶ。ウチとは合わん」
残り5通の2件は除外された。
サチの目で見ても、それだけは黒ずんで見える。創造神様の仕業かな?
いや、サチの神力の集まった目の仕業である。
サチは2通の紹介状を消滅させた。他はまた使う時があるかもしれない。




