様々な夜
サチに天空王国から屋敷に帰してもらったザイデンは、今日もエリーとサンティを労って、夕食で父と母と娘に果物を振る舞った。
今日もとても喜ばれた。
その後、父のリベンダーと2人、部屋に籠った。
「父さん、今日はいろんなことがあったよ」
天空王国との果物の取り引き、赤ワインをお城の祭壇に供えたら守りの神の石を授けてもらったこと。
「この取り引きが決まったら使徒様に守りのネックレスを大量注文する予定だったんだ。リー商会から大量の果物が何種類も販売されたら、仕入れ先を求めて、それこそ1国が敵になってもおかしくは無いと考えていたからね。
狙われるのは当家は勿論、リー商会の従業員とその家族。
人はどこまでも残虐になれるからね。脅しは当たり前。誘拐に拷問。他国からの間諜がやってくるのは当然だと思うよ。
だからこその『守りのネックレス』だったんだ。
それを天空王国の小神様はお見通しだったみたいだ。貴重な『持ち主を守る石』を大量にくださった。
この石で本店支店の従業員とその家族の身は安全だ。
そこで、父さんに相談だ。
この『守りの神の石』を加工してくれそうな工房に当てはある?」
大量の情報を理解したリベンダーは沈黙した。
リベンダーの交友関係でも、情報の横流しや石の鑑定をしそうな工房しか思いつかない。そして、その情報は売れる。
金で結びついた関係は脆いものだ。宝飾関係は信頼が命だが、だからこそ権力に弱い。顧客のほとんどが富裕層で権力者だからだ。当然いろんな情報が飛び込んでくるし、情報を操る。そうしなければ、この業界で生き残れないからだ。
リー商会は神聖教国だから生き残れた商会だ。
王国、貴族などに怯えていては大きくなれなかった。
今も国の名前に守られている状態だ。
リベンダーは口を開いた。
「使徒様、に、加工を、お願いするのは、どうだろう?秘密を守ってくれそうではないか?」
「大量にあるのですよ!?ご迷惑ではないですか!」
リベンダーは苦笑した。
「言うのはタダだ。駄目なら断られるだろう。他に頼れる相手はいるか?」
ザイデンは顔を崩れさせた。
感情をこうして表に出せるのは父の前だけだ。
「使徒様には、返しきれない恩があります。その恩をまた積み重ねるなんて……」
ザイデンは熟考した。
自分1人じゃ、答えが出なくて、相談した父が言うのだ。
『言うのはタダ』
確かにそうだ。
言うだけなら、あの、可愛い使徒様は考えてくれるだろう。
ザイデンは雲の上の人にお願いする重圧と戦うと、気を引き締めた顔をした。
「父さん、もしもの為に、金を積んで秘密を守ってくれる所を探しておいてくださいね」
父は息子の覚悟を理解して、また苦笑した。
「妖精との取り引きを進めてくれる使徒様だぞ?断られる確率の方が少ないとは思うがなあ」
「それに次は天空王国だ!」と笑った。
心が決まれば、ザイデンの気も楽になる。
父と、これからの『妖精の里』と『天空王国』との取り引きに希望のある意見が飛び交う。
何処かに後ろ盾が必要だと思い、使徒様なら、その後ろ盾も何とかしてくれそうだと笑えた。
天空王国、礼拝堂。
『地上のお酒なんて初めてだよ』
『いや、お酒を飲む事じたいが初めてだ』
『前の可愛い天使ちゃんのお酒は大神様達が待って行っちゃたからね。あれは残念だったなぁ』
みんなでため息を吐く。
そうなのだ。サチがお供えしたお酒は良いものすぎて小神達に回ってこなかったのだ。
そんな小神様達にもチャンスが巡ってきた。
大神様にマークされていない信仰に厚い地上人が地上のお酒をお供えしたのだ!
これ幸いと、お酒を頂戴して、お供えした本人が欲しい物を交換として渡したのだ。
『さて、みんな準備はいいな?飲むぞ?』
小神様3柱とも水を飲むように飲んだ。
『なんだこれは!酒とは、酒とは、こんなにも美味しいものか!』
天空の神が叫んだ!
『天空人も作ってくれないかなぁ?無理かなぁ?』
水の神がちょびちょびと酒を飲みながら希望を言った。
『これは、気分がいいのう』
守りの神は酒に弱かったらしい。
ザイデンは神様に安酒をお供えしたりしない。良い酒だったようだ。
こうして、小樽の酒が無くなるまで、密かに小神様達の酒宴は続けられた。
さてさて、そのサチはと言えば。
我らが枢機卿様のアイザックの元で、すよすよと寝ていた。
サチ自身は気がついていないが、サチの近くにいると人や動物は気分が良くなる。
「今日は空気が美味しい」とか「気分が良い」とか「調子が良い」とか、人によって感じ方は違うが、サチの身体から漏れ出る神力の効果でそうなってしまうのだ。
と、言うわけで、サチと一緒に寝るとすこぶる良く眠れて快眠で体が健康である。
アイザックはその恩恵を受けている真っ最中にいた。
サチは大好きな大司教、あ、違った。枢機卿のアイザックといれて嬉しい。
アイザックも推しのサチといれて嬉しい。更に恩恵付き。
ここに、win-winの関係が出来ていた。
夜は穏やかに過ぎていく。
だが、穏やかで無い家庭があった。
「父さん!やだ!戦争なんて行かないでよ!やだ!」
父に縋り付く娘。
父が家を出ると母と幼い弟の3人で暮らしていかなければならなくなる。
それ以上に大好きな父に死なれたくなかった。
「あたしが!あたしが戦争に行くから!だから、母さんの側にいてあげてよぅ……」
娘の最後は涙声だ。
母は、病だ。
それも、助かる見込みのない、病。
父が戦争に行ってしまったら、考えたくはないが、最悪の場合、弟と2人きりで生きて行くことになる。
最愛の両親がいなくなるなんて、考えたくない。
「駄目なんだ。もう、村には徴兵に出来る若い男は居ない。父さんが行くしかないんだ」
泣く娘にせめてもと、希望的観測を言う。
「父さんはな、火魔法が使えるから、きっと後方所属だぞ。大丈夫。生きて帰ってくる」
父子は涙で抱き合った。
互いの無事を祈りながら。
父が旅立った後、追加の徴兵があった。
もう、村には女子供しかいない。
娘が戦に旅立った。
家には、幼い弟と病の母だけが残された。
「ふふ、サチ様、朝ですぞ」
「ぶふっ」
近頃のシンジュのアタックは強すぎて、ちょっとだけウザい。
サチ必殺!ゴミのペットボトル!
シンジュが食いついた!サチへの攻撃が止んだ。
サチは薄目を開けて、アイザックの首元に潜り込む。
それを優しく支えるアイザック。
サチ、夢のような時間である。
それを、アイザックの無情な声が断ち切る。
「さあさ、起きましょうね。きっとラズが待ってますよ」
優しく支えられて、起こされる。
無理矢理じゃないので、逆らえない。
アイザックに靴を履かされて、抱っこされる。
「はい、サチ様、おはようございます」
「うぃ、うはよう」
シンジュが弾みをつけてジャンプしてサチの胸元に収まる。置いていかれてはたまらないのだ。
「枢機卿様、おはようございます。サチ様は、まだ、おねむですか?」
「起きられてるよ。シンジュのおかげだね。サチ様、さようならです。よい一日を」
寝ぼけた頭でアイザックのほっぺにちゅうをする。
ちょっと、髭の生えた顎だったかもしれない。
お別れのちゅう。サチ、大胆!
ちょっとだけ、ラズがジェラった。
そんな、かわいいこと自分にはしてくれないのに!
ラズはサチをサッと回収して、アイザックに挨拶したあとに扉を閉じた。
ジェラったままだったので、サチが覚醒する前にサチの柔らかいほっぺに口付けた。食べちゃいたい。
ラズの心は落ち着いた。
調子に乗って2度3度とキスをする。
もっと早くにしておくべきだった。日課にしよう。
サチのほっぺにキスすることによってラズの心は安寧を取り戻したようである。
そして、洗面所に運ばれるサチ。
朝の支度をして、お目目もぱっちり。
シンジュは森林空間にお肉と水とゴミを放り込んで空間を閉じる。
もう、シンジュは立派な目覚まし係だ!
朝食を食べに出発!
城の中を移動する時ばかりはラズもサチを抱っこできない。両手が塞がっているから。
飛ぶサチ!自由だ。
食堂に着いて、朝食をモリモリと食べたらザイデンを迎えに行く。
瞬間移動でザイデンの屋敷の玄関前に着いたらノックするが、誰も応対してくれない。
ちょっと来るのが早過ぎたみたいだ。
好き勝手にザイデン宅の朝の庭を散策する。
緑の匂いがして清々しい。
ガゼボで勝手にお茶会をする。
ここを何処だと思ってるんだろうね?
むふん、と癒されたところで、また玄関に行く。
ノックをしたら、執事の応対があった。
この間、サチはずっとラズに抱っこされたままである。
ラズが離してくれない……。




