ザイデンと明日の約束
どうにもならなかった。
応接室で待っていると、ザイデンの奥さんのエリーさんがやって来た。
「使徒様、いらっしゃいませ。ご無沙汰しております。ザイデンの妻のエリーです。
リー商会の本店に行きたいとお聞きしました。僭越ながら私がご案内いたします」
なんか、凄い畏まられた。
庭で親しくお茶会もした仲なのに。
サチは飛んでエリーの胸の中に着地した。
「ひしゃしぶりでしゅ、えりーしゃん。げんきでしゅたか?」
「はい、お久しぶりです、使徒様。元気でしたよ。相変わらず、お可愛いらしいこと」
サチを抱っこしてくれた。
2人のお母さんだもんね?子供の相手は慣れてるよね。
ラズが話し出した。
「さて、時間も無いですし、リー商会の本店まで、エリーさんがご案内してくれるということでよろしいでしょうか?」
エリーさんが頷いた。
「もちろんです。そのつもりで来ましたから。それでは行きましょうか?」
エリーさんがサチを抱っこしたまま立ち上がって扉に行くと、メイドさんが扉を開けて「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
そして歩いていると、執事が寄ってきて「奥様、馬車のご用意をしてあります」と言ったのをエリーさんがお礼を言った。
車を2台買ったはずだけど、2台共出払っているのかな?
私の不思議な視線にエリーさんが気がついた。
「使徒様からくるまを購入しましたが、赤いすぽーつかーは主人が毎日乗っていますの。お気に入りでしてよ?使徒様のくるまと同じくるまは、今日はお義父様とお義母様がお出かけで乗って出かけているので、馬車しか残っていませんの」
疑問を解決してくれた。
ふむ、そういう事だったのか。
玄関から外に出ると馬車が玄関前に横付けにされていた。
サチはエリーさんの胸元から飛び立って、収納から自分達の車を取り出した。
護衛達が素早く乗る。
サチはラズにキャッチされて、チャイルドシートに座った。
馬車にはエリーさんが乗り込んで、しばらくすると動き出した。
ライデンの運転でサチ達は徐行の速さで後ろをついて行った。
馬車の中ではエリーが1人で寂しくしていたそうな……。(使徒様と一緒に乗れると思ったのに)
街中では馬車はあまり速度を出せない。
それは何故か?
人身事故がおこるからだ。
高所得者の屋敷の近辺は馬車が通る前提で道が作られているが、全く人が歩いていない訳では無い。
庶民が多い地区などは、混み合っていて人が大勢いて危ない。
リー商会は高級品も扱うが、人々の生活に密着した商品を多く取り扱う商会だ。
薄利多売という訳ではなく、適正な価格での購入販売をして堅実に稼いで来た商会なので、庶民から富裕層まで幅広い層に親しまれている。
そんなリー商会本店は富裕層のお店近くの庶民街にお店を構えていた。
支店は、神聖教国の街に6店舗構えている。
馬車は一際賑わう大通りの一本後ろの道に入ると、店舗の馬車止めの土地と倉庫が立ち並んでいた。
エリーさんの乗っている馬車は、馬車止めに止めると中からエリーさんが降りてきたので、サチ達も下車した。
車は収納にしまう。
「お待たせしました。裏口からですが商会の中に入りましょう」
エリーさんについて行って、とても裏口とは思えない門番が居る出入り口を通り(エリーさんの顔パス)、階段を登って3階に着いた所を奥に進んで行った。
そして、ある扉の前でエリーさんがノックをして扉を開けて中に入る。
開けっぱなしのドアから中を覗き見ると、事務員の人が書類と睨めっこして働いている。
全体を見回せる位置にザイデンが後継のサンティに何か話しかけている。
エリーさんが声をかけたのか、驚いた顔でエリーさんを迎えるザイデン。自然とエリーさんの腰に手が回される。
そして、ザイデンがこちらを見て驚いた顔をした。
ザイデンが何事かをサンティに行ってから、エリーさんと2人でこっちに来た。
「使徒様方!ようこそリー家の商会へ!応接室にご案内いたします!」
「しゅみましぇん、しごとちゅうに」
「なんのなんの!いつでも使徒様方なら歓迎ですよ!」
事務室?の扉を閉めて2階に下りる。
そして、店の顔なの!と言わんばかりの応接室に通された。リー家の屋敷の応接室に並ぶほどの金の賭けぶりだ。
ザイデン1人が部屋から出て行き、エリーさんとサチとラズはソファに座った。
サチは日本にいた頃からソファにはあまり座った事が無かった。
このアラタカラの世界に来てから、よく座る機会があるけれど、良いソファという物がわからない。
硬い、柔らかいとは座る人の好みだと思っているので、どれだけそれに金をかけたのかはわからないのだ。
10分ほど待っているとザイデンが入って来て、その後ろからカートを押した女性がやって来た。
お茶の準備をしてくれてたのか。あ!お菓子もある!
サチがザイデンの屋敷に宿泊していた時に料理のレシピをいっぱいあげたから、ザイデンがそれを利用してクッキーなどの日持ちのする物を商品として売っているとは思わないのがサチだ。
綺麗な服を着た女性が飲み物の入ったカップとクッキーを目の前に置いていってくれる。
女性が退室したところでザイデンがカップに口をつける。それを見てからサチとラズも飲み物を口にした。
おお!これはフルーティーな香りだ!まだ青いと表現してもいいかもしれない。とりあえず鮮度が抜群の茶葉で入れてくれたのは確かだ。気遣いが感じられる。
クッキーもいただく。
リー家のクッキーよりは味が落ちるけども、一般的なクッキーの品質は維持されている。
まあ、一言で言えば『普通に美味しい』。
リー家は料理人の腕が良いので、量産品と比べては失礼だ。
店売り、庶民が気軽に食べられる品質と考えれば十分なのだ。
サチ達に出されたクッキーは富裕層向けだけれど、そこはザイデンの気遣いなので、言わなければサチ達にはわからない。
一息ついたところでザイデンが話を切り出す。
「それで、使徒様方。今日本店までいらしてくれたのは、どんな要件なのですか?」
サチはクッキーを飲み込んでから話す。
机から顔が半分しか出ていない。流石にここには子供用の椅子は無いようだ。
「きょうは、じゃいでんしゃんに、てんくうおうこくにょとちにょ、したみにきてもりゃいたいにょでしゅ。できりぇば、くだもにょをこうにゅうして、もりゃいたいでしゅ」
ザイデンは一応は頷いて見せた後、ラズの方へ顔を向けた。
サチの言葉を理解できなかったのだ。エリーも同じく。
ラズは、もう当たり前になりつつあるサチの通訳を勤めた。
「サチ様が今日、ザイデンに用事があったのは、天空王国の果物を購入していただけないかとの相談と、天空王国に地上と繋がる扉を設置する為の土地の下見をしていただきたいからです」
これには、ザイデンもエリーも驚いた!
【天空王国】
『天空城』や『浮遊大陸』の名前は聞いて知っていたし、実際に飛んでいる大陸を見た事もあるが、そこに到達する為の手段が無く、指を咥えて見ているだけの権力者と関わったこともある。
そして、『天空城』はお伽話として幼児向けの本になっていて有名だ。
そしてサチ達は【天空王国】と言った。
『天空城』や『浮遊大陸』ではなく。
そこに【王国】があると言うのだ!
そこの果物を購入出来る?
いきなり理解できなくても仕方がない。それこそ『夢物語』だからだ。
ザイデン達は現実と脳と心の理解を問われている。
でも、ザイデンはサチ達の異常性を知っている。
共に行動してきた中で理解している。
【天空王国】が存在して、行けるものと確定して話し合わなければいけない。
ザイデンは飲み物を飲んで、目を瞑り、心を落ち着けてからサチを見た。
「天空王国の果物が買えるなら、是非とも購入させていただきたいです。
そして、地上と繋がる扉の説明をお願いします」
その後、サチが一生懸命に説明したけれど、ラズの通訳との二度手間になるので、説明はラズに任せてサチはソファの上でいじけていた。
ふーんだ。サチの言葉は理解されませんよ。仕方ないんですよ。ふーんだ。
そこにエリーが来てサチを回収すると、サチを撫で回した。
サチは可愛いのだ。
そんなサチがいじける姿も可愛い。
子供を2人産んだ母のエリーが飛びつかない訳がないのだ。
「使徒様はとてもお可愛らしいわ。私が老いたら、きっととびきりの美人さんになっているわね」
優しく撫でられて嬉しい事を言われたら、落ち込んだサチだって気分が浮上しちゃう!
柔らかい女の人の体を堪能しながら、撫でられるサチだった。
その隣では、ラズとザイデンが話し合っていた。
ザイデンは忙しい。
それはもう忙しい。だって商会長だもん。
でも、サチ達が持ってきた、超!超!!極秘!!の話しは、とてつもなく美味しい話だ。儲けの匂いがプンプンする。
それに、よくよく聞けば天空王国に行けると言うではないか!!
それはザイデンを夢見る男の子に戻してしまう力がある。
しかも!天空王国で商売出来る!?なんて!なんて、美味しい話だろうか!!
このビッグウェーブに乗らなければ一流の商人じゃない!
今日は時間がもう夕方だから、明日の早朝にサチ達に迎えに来てもらって、天空王国を案内してくれると言う。
ザイデンの頭が高速で回転する。
新規事業!後継のサンティは連れて行って、後々の商売の為に面通しをしておきたい!
では、本店の責任者は父さんにお願いするか。
ザイデンの頭は高速で回転する。
その間に、サチが今日のお礼にエリーの首にザイデンとお揃いの『守りのネックレス』をこっそりつけて、ザイデンとエリーに明日の約束をして帰った。
気がついたエリーが歓喜したのは言うまでもないだろう。




