サチのお菓子の家
天空王国に瞬間移動で戻ってきたと思ったラズは、どこか見覚えのある部屋を見て不思議に思った。
そして見てしまった。サチがまたやったと。
部屋の持ち主を驚かさないように声をかけようと思った瞬間、サチがやらかした。
「あいじゃっく!」
部屋の主がビックゥ!と身体を跳ねさせた!サチの声に驚いたのだ。
そう!部屋の持ち主はモルートの我らが大司教様!ではなく、めでたく若返って枢機卿になったアイザック様だ!
運悪く、サチの瞬間移動場所が執務室でアイザックの座っている椅子の裏側だった事から、ラズが驚かさないように声をかけようとしたところ、サチが思ったまま声をかけてしまったのだ。
「お!?お、お、お、驚きましたぞ。サチ様とラズではないか。久しぶりですな。今日は何用で?」
とっても驚いた事は指摘せずに普通に話を進めようとする姿に人柄が現れている。いい人だ。怒ってもいいのに。
サチがラズの腕から飛び立ってアイザックの胸に着地した。
久しぶりのアイザックなのだ。存分に甘えたい。
アイザックはサチを抱き止めてから自然にサチを撫でて甘やかしている。
アイザックはサチに甘いのだ。
サチは大好きなアイザックに撫でられてご機嫌さんだ。最近は一緒に寝てなかったから。
アイザックもサチの、家族。
サチ、勝手に家族認定しすぎである。
もちろんラズもエレナもカイザーも家族認定されている。
ライデンはアレだ。元々孤児で、ナタリーと結婚して婿養子に入ったようなものだからサチの中では家族というより、親戚?の兄ちゃんみたいな関係だ。哀れ、ライデン。忠誠だけはきっと誰よりも高いのに……。神聖騎士だから。
「サチ様、枢機卿様も暇ではないのですよ。ご用件を済ませてしまいましょう」
アイザックにだっこされて、父の腕に抱っこされてる気分でぬくぬくしていたサチは、ラズの言葉で正気に戻った。
アイザック的には役得だったのだが。
今日のサチは『甘やかされサチ』である。幼児返りしすぎ。
アイザックがサチをゆらゆらとあやしながらサチに聞く。
「サチ様、今日は何かご用事だったのですか?」
うん、用事なの。
ゆらゆらと心地よい揺れの中で一度正気に戻ったサチがまた赤ちゃん返りしている。
そこでラズが鋭い指摘をした。
「枢機卿様、あまり心地よくしてしまってはサチ様が寝てしまいます。心を魔物にしてサチ様を甘やかさないでください」
飛ぶ為ではなく、心地いい時に出てしまう翼がちょろりと出てしまっている。
サチ、夢見心地である。
「ああ、それは悪かった。つい、嬉しくてな。サチ様、ご用件をお聞かせください」
ゆらゆらと揺らすのはやめて、サチの脇に手を入れて持ち上げた。
急にぬくもりから離されて、心地よさからも離されたサチは「ごようけん……」と繰り返した。
そう、ご用件があって来たのである。
ちょっと頭の冷えたサチはアイザックの顔を見てちゅうしたくなったけど、我慢して辺りを見回した。アイザックはサチの好みの顔だから。
場所はここじゃダメ。お菓子の家を置けない。
「あいじゃっく、いどうしましゅ」
「ん?ここではダメなのですか?ここは執務室ですよ?」
「ごはんをたべりゅとこりょが、いいでしゅ」
何しろ腐らないガラスのケースに入ったお菓子の家である。執務室で落としたら大惨事だ。
アイザックはサチを抱っこし直して立ち上がった。
食堂に行くのである。サチの希望通り、食べる所だ。
アイザック専用の部屋を出る前に、アイザックのお世話係のスクリナがいた。慌てて掃除用具を片付けてアイザックに付き添う。側近の鏡ですな。
スクリナとラズの教会自動ドアを久しぶりに体験しながら、アイザックに抱っこされて食堂に向かう。
うん、ここ通るのも久しぶり。
サチ達が食堂につくと、昼食には早いが交代で食事を食べている教会の神官達や聖騎士、下働きの者達がいたが人数は少ない。
サチはアイザックにいつもの定位置のお誕生日席に座らされた。
まさか、まだサチの椅子があるなんて思わなくてサチは喜んだ。
それを見て満足そうなアイザック。いつサチが来てもいいように幼児用の椅子をサチが座って食事する場所に置いているのだ。
密かに創造神の使徒様が置いていった椅子として崇められているが。
ここならいいでしょ、と頷くサチ。
ちょっと考えて、天空王国の国王様と村長に渡したのよりも豪華なお菓子の家を頭の中で想像して、ガラスのケースはそのままに机の上にドンッと創造して出した。
みんな心配してただろうけど、お菓子の家の入っているガラスのケースは万能で冷蔵機能も持っている。
サチは一度、常温の生クリームのケーキを食べていて、激マズだったのを覚えているのだ。料理は適温で食べてね!
驚いたのはアイザックと食堂で食事をしていた面々だ!
サチが来ただけでざわついたのに、なんかキラキラして豪華な物をいきなり出して驚かない方がどうかしてる。
一見、芸術的な造形に見えるお菓子の家を眺めて、サチは猛烈にアイザックに食べて欲しいと思った。
「りゃず!おかしにょいえをきりわけて、あいじゃっくにたべしゃしぇて!」
ケーキカットの包丁とお皿とフォークを創り出した。
ラズは困った!いや、サチの言っていることはわかっている。だが、芸術品に等しいこの『お菓子の家』をどうカットしていいのか悩んでいるのだ。
ラズはとりあえず、ガラスのケースの蓋を開けた。持ち上げたらガラスの底とお菓子の家だけ残して被せていたケースがカパッと持ち上がったのだ。もちろん不壊である。
そっと、ケースを横に置いて大きなお菓子の家を眺める。
意を決してケーキカットの包丁を手にして屋根から切り込みを入れていく。
アイザックの顔が「アッ」と残念そうな顔になった。
そういやサチ、1日一回ケーキが再生すると説明してない!サチ痛恨のミス!
普通のケーキではないお菓子の家を綺麗に切り取れるわけもなく、じゃっかんグシャっとお皿に盛り付けられた。
ラズはよくプレッシャーに負けずに切ったと思う。
フォークをそっと、添えてアイザックの前にラズが置いた。さすがにサチに「食べさせて」と言われても枢機卿様にあーんはラズには出来ない。
わくわくした顔でアイザックを見るサチ。キラキラしている。
アイザックもサチの期待のこもった視線に耐えきれずに「サチ様、いただきます」とお菓子の家の屋根を崩して口にした。
サチは「おいしい?おいしい?」と言わんばかりの視線で見上げている。
アイザックはサチにお菓子の家の屋根をあーんと食べさせた。
カリッとした歯ごたえにチョコレートの味。それと生クリームと少しのスポンジ。
甘さにサチの顔がゆるむ。
「おいしーい」って顔だ。
サチは追加のフォークとお皿を出した。
「りゃずもたべて!」
美味しい物は分かち合いたい。サチは1人で楽しむのではなく、みんなで分かち合いたい共感したい派だった。
ラズは自分の分を控えめに取り分けて食べる。
サチの出すものはいつも美味しい物ばかりだからそこは安心だ。
「サチ様、美味しいですよ」
ラズはにっこり笑顔で伝えた。サチもにっこりだ。
ラズが食べ終わるのを見計らってサチはお皿とフォークをいっぱい出した。
「りゃず、しょくどうのみんにゃにも、たべしゃしぇて」
もっと、美味しいを分かち合いたくなったサチだった。
ラズはサチの期待に応えてお菓子の家をお皿に盛り付けていく。
お菓子の家を食べ終わったアイザックが立ち上がり大声を出した。
「食堂にいる者に告ぐ!創造神の使徒様のサチ様がお菓子をご馳走してくださる!食したい者はラズの隣に並べ!1人1皿だぞ!」
わっ!と食堂が沸いた!サチが来た時から注目していたのだ!
使徒様からのお下がり品!めったに、いや、きっと一生に一度しか食べれない!と人とぶつからないように、しかし、素早くみんな並んだ。
サチは笑顔で手を振って大盤振る舞いだ!ご機嫌さんだ!
食堂のみんなもひっそりとサチに手を振ってお返しする。それでサチはますますご機嫌だ!
アイザックはこっそりと横抜きしてスクリナの分を確保して食べさせた。実は仲がいいのだ。
スクリナはアイザックの隣に座って、ありがたそうに一口一口を食べた。甘いものは好きだ。普段はストイックだけど、要領はいいスクリナ。アイザックとのコンビも長い。
大きなお菓子の家は少人数だった食堂の者達に行き渡った。少し余った分はラズが気をきかせて厨房に持っていった。ついでにガラスの底も洗ってもらう。
次の日に厨房の者がガラスのケースを重ねたら『お菓子の家』が出現したので飛び上がるほど驚いた厨房の者がアイザックに報告したところ、サチに『1日一回お菓子の家が蘇る』事を知らされていなかったアイザックが駆けつけて、少し悩んだ後「デザートとして食べよ」と告げた為、早飯を食べにくる者限定で配られて、それを知った者達が昼食を早く食べにくることが流行った。
食べても食べても次の日には蘇るお菓子の家はモルートの教会で平等に食べられるのだった。
ただし、サチが創造した食べ物をたくさん食べると神力が手に入るのは数年後に気がつかれて、限られた者たちに配られ管理されることとなる。




