ちょっと大人な夜
食事を無事に終えて頭の地図に食堂と客室をチェックする。迷子にならないようにだ。
なんか浮遊している大陸だからか日本の天気予報みたいに沖縄だけ別になってるかのように頭に浮かぶ。
いや、現在地はどこ?ってなったら地図が重なるイメージで浮かぶから地上からは迷子にならなくてすむのが救いだけど。やっぱり考えなしだったなぁ私。「行ってみたい!」ってだけで勢いできちゃったからなー。でも天空王国に行かないと後悔してたね。
それと良いところは、次の目的地、ラズの運命の相手を探す為に西の小国・パラナラ王国に行かないといけないんだけど、この天空王国が西に進んで動いてくれてるんだよね。いやー距離を得した感がある。
つまり、西の中・小国家がある場所まで天空王国で運んでもらえれば危険が回避される訳で、楽していけるのさ〜。いひひっ。
これは天空王国に何かお返ししなくちゃいけないよね?
「はーい、サチ様、温まりましたからあがりますよ」
「うい」
あ、考え事してたから変な返事になっちゃった。
そうです、今、ラズとお風呂に入ってました。抱っこされて上がるよー。
綺麗にふきふきされて、パンツを履いて服を着る。今日は水色の服ね。原点に帰るって感じ。
あ!ぴこーん!ときちゃったよ!閃いちゃったよ!アレだね、関係ない時に忘れ物を思い出す感じだね!明日みんなに相談しよーっと!
あー、頭が乾かされるー。気持ちいいー。
「それでは、サチ様、おやすみなさい」
「おやしゅみぃ」
幼児ボディは眠気に逆らえんとです。すぅ。
「サチ様は寝たかー?」
「はい、よくおやすみですよ」
「今日はつっかれたわねー」
カイザーとラズとエレナの大人3人。
ライデンが居ないのは新婚だからだ。特に意味はない。
「サチ様からの秘蔵の酒だぞー。少し飲んだら快眠だ!飲め飲め、奢りだ!」
サチが以前に用意した小さいコップ。強めのお酒を飲む為に用意した物だ。3つ並べて琥珀色のお酒を注ぐ。
カイザーがお酒を趣味にしているだけで、ラズとエレナが飲めない訳じゃない。ただ、お酒に大金を出してまで飲む気がしなかったからだが、たまにはこういう時間も悪くはないかなぁとサチとの旅で思っただけだ。
刺激的な日常。
サチと始めた4人の旅は5人になってなお刺激に溢れている。モルートにいた頃には考えられなかった事が起こっている。
3人で乾杯して、カイザーはグイッと、ラズはチビっと、エレナは味わうように飲む。
そう、この3人とサチとで旅が始まったのだ。
ラズは孤児だった。小さい頃の記憶はあまりない。だが母らしき人がいたことは朧げに覚えている。
モルートの教会で院長先生に保護されて、同じ年頃の子供達と育てられた。
冷たいけど温かな場所。
ラズが孤児院に対して思っている事だ。
院長や先生達は温かくも厳しく育ててくれた。そこに愛情は疑う事無くあっただろう。今でも院長先生の事は母に近い感情を抱いている。
だが孤児だ。
肉親に最も近い親がいない。
死んだのか?それとも捨てられたのか?孤児に孤独は隣り合わせだ。何処かに冷たい感情が、埋められない孤独があった。
モルートは良い領地だ。それは自信を持って言える。
15歳になって神聖魔法を授かって教会で働けて。自分は恵まれていたはずだ。なのに心が冷たかった。
心の隙間にするりと入り込んできた幼くあったかい幼児。
「りゃず」と幼い声で呼ばれて信頼された目で見られて、お世話しているのに、逆にお世話されているようで、心の冷たい部分がポッと火が灯ったようで、小さい身体を抱っこしているようで抱擁されているような温かさがあって。
離れたくなくて、モルートを出た先には刺激が沢山あって、あの子しか見つめられなくなってしまった。
子供のようで、赤子のようで、前世は母であったあの子に家族というものをみているのかもしれない。
だけども、ラズは今とても幸せだ。
あの子がいるから生きる目標が出来た。
人の温かさを感じることが出来た。
戸惑いなく手を伸ばせることが、どれだけ幸せな事か思い出させてくれた。
ラズは今、サチのために生きている。いや、サチに生かされているのかもしれない。
少し感傷的になるのは酒のせいか夜のせいか。
「美味い酒だよなぁ。サチ様にまた買ってもらわんと。でも、もう竜の時に空は飛ばんぞと思ったが、また飛ぶとはなぁ。今回は気分も悪くなるし、もう空は飛ばんぞ!」
「たまに飲むお酒もいいわねぇ。でもカイザー?私達、地上に帰る為に多分また空を飛ぶわよ?」
風呂場の前にあるソファに座る3人。
カイザーとエレナが並んで座って、ラズが対面に1人。
ラズも大人だ。
カイザーとエレナの友人以上、恋人未満な雰囲気を何となく嗅ぎ取っている。少し生ぬるい目で2人を見てしまう。
「かー!憧れの物語の天空城に来れたのは嬉しいが嫌になるなぁもぉー!」
「カイザー、まだ一口よ。酔うのは早いんじゃない?」
そうしてエレナは二口目を飲む。美味しそうだ。
もう2人で飲んでしまえとラズもちびりと飲む。夏より冬に飲みたい酒だ。胃が温まる。
「ラズは天空城に来てどうよー。また空飛んでどうよー?」
カイザーが聞いてくる。今日の事を思い出す。主のキラキラした目を。
「サチ様が楽しそうでなによりです」
「それ自分の事じゃねーし!サチ様の事だしー!」
「ラズってサチ様、至上主義ね。気持ちはわかるけど、ちょっといきすぎてる気もするかも。でも聖騎士って点では神様至上主義と言えるかもねぇ。私達も」
「エレナは神様を信じるキッカケがあったのですか?」
ラズは何となく聞いてみただけだったが、エレナが遠い目をした。
「そうねぇ、私は小さい頃に聖騎士様に助けられた事かしら?なんか、こう、凄く胸に焼き付いてるのよね。格好よくて女性で……噂では結婚して子育てしているみたいだけど」
みんな酒で昔を思い出してしまうのかもしれない。
また一口酒を飲んだ。
カイザーが酒のおかわりをする。静かだと思えば酒を飲んでいたらしい。
「カイザーは何で聖騎士になったの?カイザーの性格だと違う職業を選びそうだけど」
カイザーがグイッと酒を飲んで言った。
「俺はなぁ、神聖魔法の能力があったけど神官様ってがらじゃねぇしなぁ。でも母ちゃんがよぉ「能力ってことは適性があるんだ」ってバカな俺にはこれ以上ないチャンスだって勧められて入隊したって感じかなぁ。そんな高い志なんてねぇよ」
「あんた親孝行してんじゃない。親はモルートにいるの?」
「ああ。父ちゃんは死んじまって馬鹿なオヤジでな、趣味が酒だ。俺と同じだな。母ちゃんは食堂で働いてるよ。多分今も。弟がいたから多小、援助してたけど、今の給料だと楽させてあげれるなぁ。今度サチ様に里帰りさせてもらおうかなぁ」
やっぱり酒は感傷的になるのかもしれない。
少し湿っぽい雰囲気になりながらも、仲間の絆が深まるようで、そう悪くない夜だ。
カイザーは努力してない風を装うが、筋肉が詰め込まれた身体で「母親に言われたから聖騎士してます」も説得力が無いな。
今日のサチ様の寝ぼけた結界だってすぐに反応していたし。
「ふーん、サチ様なら連れて行ってくれるよ、きっと。私も実家に顔出すかなー」
コップの酒を全部飲んだエレナが少し叫ぶように言う。
帰る場所があるのはいい事だ。
ちびりと酒を飲んでラズは思う。
自分の帰る場所は『おうち』で『サチ様』の元だなと。




