サチ ボケる
「サチ様。サチ様、起きてください。夕食ですよ。サチ様」
サチはピクリと『夕食』という言葉に反応した。食欲はあるようである。
サチはコロリ、コロリと転がるが、いつもの寝床と違う違和感に覚醒を促される。
急激に意識が浮上してきた。寝台が硬かったのだ。
「んむ?むう〜、むう〜」
「サチ様、起きましたか?」
ラズがサチのお腹をぽんぽんと叩く。ちょっといい音が鳴った。
サチが寝起きとは思えないほどす速くラズの手を捕まえた。無意識でもイタズラされたのがわかったのだろう。
ラズは捕まえられた手を浮かせて、ゆ〜らゆ〜らと揺らした。サチの意外に強い握力がラズを掴んでいる手に揺られてふりふりされる。
「む?む〜?うむ〜?」
サチの目が少し開いた。効果はあったみたいだ。
すかさずサチを起こす為にラズがサチの脇に手を入れて身体を起き上がらせる。
サチの力の入ってない身体のせいで首がカクンと後ろに倒れてラズが少し慌てた。サチの天使ボディは強いので、そんなのへでもないのだが、普通は赤子の首がカクンとしたら慌ててしまうのである。
「サチ様!大丈夫ですか!」
「うあ〜〜」
「サチ様!!」
サチがたまたま変な声を出した事でラズが慌てた。
いつものように抱っこして首元を確かめる。一応、神聖魔法で治療もする。
ホッとしたラズだった。
シンジュがいないからサチの寝起きが良くない。今度から寝る前はシンジュを外に出してもらおうと心に決めたラズだった。
一度抱っこから下ろして、サチに靴を履かせてから再度抱っこして、そのまま夕食の会場に行く事にした。
準備万端の聖騎士達はいつもの事だと生暖かい目で見ていた。
こんなサチでも守るべき主なもので。
部屋から出ると、案内をしてくれるメイド?じゃないな。村人と言った方がしっくりとくる案内人について行き案内してもらう。
ちなみに、みんなの格好は旅装から着替えていない。
みんなの荷物を持っているサチ本人が城につく前に寝てしまったので、おうちも出してもらってないまま時が過ぎ、久しぶりにおうちじゃない城のトイレにお世話になった面々だった。使い古されたトイレに、清潔なおうちのトイレに慣らされた聖騎士達は現実を突きつけられて、いかに自分達が恵まれているのかを自覚した。
サチのありがたさを再認識したという点では良かったかもしれない。
スタスタと歩くラズの振動にサチの意識はだんだんと覚醒してきた。
ぼーっとする頭でラズの肩越しに見覚えのない景色を見上げる。
あれ?今どこにいるの?
なんとなくサチに危機感が襲った。
たまにあるアレである。
夢見が悪かったとか、寝起きが悪かったとかそういうやつである。
まさにサチ、寝起きが今回に限り悪かった。
一気に覚醒したサチは無意味な危機感を感じて結界を張ってしまった。それも強力なやつを。それが一般人の目で見えたのも失敗だった。
聖騎士達が一瞬で臨戦態勢になり、訓練の賜物で腰にある剣に手をかけたからだ。
それに驚いたのは案内人とラズ。一体何が起きたのかわからなかったのだ。
一瞬で見構えた聖騎士達も周囲を見渡して異常を探っていたが、何も起きない。
もしかして、と思ったカイザーがサチの顔を見て呆れた顔をしたあと、サチのほっぺを引っ張った。
「あにしゅりゅんでふか」
いつのまにか我らが主サチが目を覚まして、寝ぼけたのを理解したからだ。
「あのなぁ、サチ様よ。いきなり結界を張ったら驚くだろうよ。何に反応したんだ?」
サチのほっぺから手を離した。
「しりゃにゃいばしょでしゅ」
「そりゃ知らねぇだろうよ。寝てたんだからな。いいか?ここはサチ様が連れて来た天空城の上の天空王国で、その城の中に友好的にご招待されて、今から夕食をご馳走になるんだ。理解したか?」
「う?」
いや、サチはまだ寝ぼけてるのかもしれない。ボケ。
カイザーは、またサチのほっぺを引っ張った。
「りーかーいーしーたーかー?」
「う〜〜〜〜」
結界が消えた。サチは理解できたようである。
カイザーの手が離れたら、キョロキョロと周りを見回している。現状認識に努めているようだ。
エレナもライデンも何事も無かったとホッとして、案内人に謝っている。
サチのボケは、いざという時の訓練になったと思うしかない。あまりにアホだからだ。サチが。いざという時は頼りになるんだけどねー。
気が抜けたラズはサチの背中をポンポンと叩いた。気持ちは、めっ!である。
一行はサチの気持ちだけ置き去りにして歩き出した。
あれである。夢を見て起きたら現実と区別がつかなかった経験はないだろうか?多分誰でもあるはず。サチはそれになってしまったのだ。幼児がえりしすぎだ。
「りゃず、ここはそりゃにょうえでしゅか?」
「そうですよ、サチ様。ちゃんと起きてくださいね。今は空の上の城の中ですからね」
「……しょりゃにょうえにょしりょ」
自分で空に浮いてる大地目掛けて勝手に車でみんなを空に飛ばしておいて、都合よく頭から忘れ去っていたのである。さっきまで。やっと思い出してきたようだ。
ちょっと恥ずかしくなったサチは、心なしか体を縮めてむんむんしている。
まぁ、広い城の中をラズに歩いて運んでもらっているうちに自分を取り戻していったが。
そうなのだ。広いのである、この城。無駄に王族の親類縁者が皆住んでいるだけある。
最近、車移動で足が鈍っている一行にとっては良いウォーキングである。
たまに飛ぶ乗り物で城内を移動している者を見かけるだけである。
みんな興味津々だ。だって地上ではそんな乗り物ないもの。あ、サチの車は浮いてるけどね。
実は案内人も乗り物に乗っている。個人的な移動手段があるようだ。
サチも恥ずかしさから立ち直り案内人を見た。
浮いている。
例えるのならば、地球のセグウェイのタイヤが無い状態だろうか?器用に乗りこなしている。
聖騎士達の視線が羨ましそうだ。『乗ってみたい』と目が訴えている。
客室から約30分程歩いたところで、やっと食堂についた。多分、世界で1番大きい城なんじゃないだろうか?
案内人は気軽に開いてる扉の中に声掛けもなく入っていくので、サチ達一行も続けて入ると、何とも広い一室である。
畏まった晩餐かと思いきや、各々好きなように並べられた食事を皿によそい、それを机に持っていって食べているではないか。
アレだね、食べ放題、バイキングだね。
城で、庶民的な、バイキング。いや、ある意味豪華かもしれない。好きな料理を好きなだけ食べていいのだから。
地球で生きた経験のあるサチはそう理解したのだが、ラズ達一行は初めての食事体系に驚いていて動けなかったのだ。
そう、この世界・アラタカラではバイキングは一般的ではない。食料は貴重だからバイキング形式で食事を提供しようものなら代金の元がとれないからしないし、多分王宮のパーティーくらいでしか見たことがないだろう。
肉が貴重な世界でバイキングなんてしようものなら、肉だけ食べられて野菜や芋が残ってしまうと分かっているから富裕層以外は『やりたくても出来ない』が一般的な考え方である。ようはマナーが良く無いのである。
そういう訳で一行は入り口で固まってしまった。




