王子の護衛魔獣(後)
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上官からお墨付きをもらったブライトル家の騎士たちは、極めて積極的に翼狼の幼体たちと触れ合うようになった。
勤務中からそわそわしていた若い騎士は、交代直後に飼育室に向かって、結び目を作っただけのロープで幼体たちを魅了したし、手先の器用なベテラン騎士は、メイドたちよりも先にぬいぐるみを作って遊ばせた。
ロープは馬の厩舎から持ってきたもので、ぬいぐるみ第一号は古い制服を解いて布を再利用したもの。グレムは深刻な顔でため息をついていたが、「積極的に」と言ってしまったのはグレム自身だからか、そのまま黙認している。
優美な見かけながら細やかな目配りをするトゥライビス王子は、幼体たちから捧げられたぬいぐるみ第一号を手にすると、感心しながら微笑んだ。
「このぬいぐるみは元々は騎士の制服のようだね。グレム、これは君の部下が作ったのかな?」
「……そのようです」
「幼体とは言え、おもちゃには丈夫な素材を使わなければ長持ちしないようだ」
少し遅れてメイドたちが差し入れたぬいぐるみたちは、あっという間にボロボロになってしまった。それに比べると、第一号はまだしっかりと原型を留めていて、材質の違いは明らかだ。
それはグレムも認めざるを得ないようで、苦笑をもらした。
「やはり、子犬と同じ扱いではだめなようです。部下たちは隠そうとしていますが、どうやら伯爵家お抱えの職人たちに依頼して魔獣対応の素材を使ったおもちゃを作ろうとしているらしく」
「……それは、どんなものだろう?」
「噛むと音の鳴るぬいぐるみのようです」
「それは楽しみだね。でも、職人たちが作るのがぬいぐるみでよかった。実はね、彼らに遊んでもらおうと思って、私もこういう物を作ってみたのだよ」
そう言って、トゥライビス王子は本の影に隠していた物を取り出した。ロープを丁寧に編んだもので、太い輪の形になっている。
「それは、投げ輪ですか?」
「ロープを分けてもらって作ってみたんだ。私が飼っていた犬はこういうのが好きだったが、翼狼はどうかな」
「……ご心配になるまでもないかと」
グレムはチラリと目を動かす。
トゥライビス王子もなんとなくそちらを見ると、翼狼の幼体たちが目をキラキラ輝かせながら座っていた。
その座り方は、いつもよりきちんとしているようだ。
「それを頂戴しようと、待っているようですよ」
そう促され、トゥライビスは手製の投げ輪をポンと投げた。
ロープを巧みに編んだそれが手から離れた瞬間、黒い幼体たちがものすごい勢いで走ってきた。
二頭はぴょん、ぴょんとジャンプする。
しかし、まだ飛ぶことができないために届かない。きゅーん、と悲しげに鳴いて地面に降りたが、その頭にぽとりと輪が落ちてきて、二頭はすぐに元気に引っ張りあいを始めた。
「こんにちは、殿下! おっ、チビたちはいいおもちゃ貰ったんだな!」
今日も翼竜に乗っていたのか、飛行服姿のクレイドが走ってきた。しかし中庭で幼体たちが遊んでいるおもちゃを見て、目を丸くする。
すぐに幼体たちは尻尾を振りながらクレイドの周りを走り回るが、クレイドが手を出しても投げ輪を見せに行こうとはしない。
「あれ、いつもは見せてくれるのに……」
クレイドは少し寂しげだ。
少し目を逸らしたグレムは、笑いを堪えるために咳払いをした。
「仕方がないと思うぞ。あれは殿下のお手製のものだからな」
「えっ、殿下が作ったんですか! あれはいいですね。いっぱい作って投げてやると目一杯遊んでくれそうです!」
「それは楽しそうだね。ただ、やっぱり素材の強度は心配かな」
「でしたら、俺の実家で使ってるロープを使いませんか? 氷嶺山猫の幼体に遊ばせてもしばらく保つくらいに丈夫なロープなんですよ。そうだ、これから戻って明日までに持ってきましょう!」
「それは助かるけれど、クレイド君が大変なのでは……」
「翼竜を使えば余裕です!」
「いや、しかし……」
「クレイド。私用なら、休暇の申請はしておくように」
「あ、そうですね。これから申請してひとっ飛びしてきます!」
まだ来たばかりなのに、クレイドはもう走っていってしまった。彼の周囲を走り回っていた幼体たちも追いかけていく。
見送る形になったトゥライビスは苦笑した。
しかし翼狼の幼体たちは、すぐに嬉しそうに戻ってきた。小柄な女性も一緒だ。
「今、クレイドが走っていくのとすれ違ったのですが、何かあったのですか?」
「これから分家に戻ってロープを持ってくれるそうだ」
「ロープ、ですか?」
オルテンシアは不思議そうに首を傾げた。
その足元では、翼狼の幼体たちがきちんと座っている。ロープで編み上げた投げ輪のおもちゃをくわえて。
「あら、素敵なおもちゃね。どうしたの?」
「殿下のお手製ですよ、お嬢様」
グレムが教えると、オルテンシアは興味を覚えたようでしゃがんでよく見ようとする。幼体たちは尻尾を振りながら投げ輪をオルテンシアの手に押しつけた。
「これがトゥル様のお手製……よかったわね!」
投げ輪を手に取ったオルテンシアは、しげしげと見ながらそう言うと、幼体たちはぱたぱたと小さな翼を動かした。褒められたかのように嬉しそうに見えて、トゥライビス王子は思わず微笑む。
グレムも口元を綻ばせていたが、王子を振り返るとニヤリと笑った。
「あの幼体たちにとって、クレイドよりお嬢様の方が上位のようですね」
「……そうかもしれないね」
接する機会が多いからなのか、騎士やメイドたちが敬意を示しているのを感じ取っているからなのか。
あるいは……トゥライビス王子が優しい目を向ける特別な相手だからなのか。
幼体たちがオルテンシアの足を頭でぐいぐいと押しだした。
きゅーん、と鳴く様子は、何かをせがんでいるようだ。
「えっと……?」
「それを投げて欲しいのではないかな」
トゥライビスが言うと、オルテンシアは大きく頷いてロープのおもちゃを投げた。
投げ輪は遠くまで飛ばず、すぐに地面に落ちそうになる。
しかしその前に幼体たちが競い合いながら飛びついて、もう一度とせがむようにオルテンシアの元へと走っていった。
番外編『王子の護衛魔獣』 終




