表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/58

辺境地区の特質(前)

本編後の、二年目の日常。


「……オルテンシア様? いかがしましたか?」


 急に足を止めた私に、付き従っていたメイドのナジアが声をかけてきた。私の視線をたどろうとしても、よくわからないようだ。

 それも当然かもしれない。

 特に集中しなくても、私は普通の人間よりも目がいいから。


「別に問題があったわけではないのよ。ただ、少し気になることがあって。向こうの柱のところにトゥル様がいるでしょう?」

「柱……あ、本当ですね」


 私が指し示すと、ナジアもやっと気が付いた。

 まばらに柱が並ぶ回廊にトゥル様がいる。柱に寄りかかってのんびりしているように見えるけれど、最近よく見かける特徴がある。


「……まあ、あの子たち、ご夫君様がいらっしゃるというのに」


 ナジアがため息をついた。

 そうだ。トゥル様がいる場所から少しだけ離れたところに、若いメイドたちがいて、回廊の床や窓の掃除をしながら楽しそうに話している。

 手はしっかり動かしているし、賑やかなおしゃべりだって長時間でなければ特に問題はない。普段なら見なかったふりをするくらいのことだ。

 でもトゥル様はちょうどメイドたちから見えない場所でじっと立っていて、その口元は楽しそうな微笑みが浮かんでいる。


 最近、こういうトゥル様をよく見かけるようになった。

 メイドたちのおしゃべり。

 騎士同士のすれ違いざまのやり取り。

 そういうものの近くに、散歩の途中と思しきトゥル様がいる。屋敷を訪れた商人たちが、お父様に丁寧に挨拶している様子を眺めている時もある。

 今もそうだけれど、特に目を向けていない時もあるから、耳を澄ましているのだろう。


「メイドたちのおしゃべりを聞いているのかしら?」

「……失礼な内容でなければ良いのですが」


 ナジアはまたため息をついたけれど、トゥル様のあの表情を見ると、問題は何もなさそうだ。

 敢えて言うなら、庶民的な表現が明け透けすぎていないか、と言うだけだ。

 視線の先で、トゥル様が動いた。

 おしゃべりを続けているメイドたちに気付かれないまま、するりとその場を離れていった。



     ◇



 それから三日後。

 従兄弟のクレイドが、魔の森近郊の定期調査の報告書を携えて屋敷にやってきた。

 お父様に一通りの報告を終えると、すぐにトゥル様のところに挨拶に来た。これはいつものことなので、私も一緒にトゥル様のお部屋にお邪魔して、のんびりとお茶を楽しんでいる。


「これが、先日頼まれていた、ナムドルの新芽と落ち葉です。枝についたままのも持ってきましたよ」

「ありがとう。実の形はドングリに似ているのに、葉の形と樹皮の色は全く違うんだね。ん、でも別の木に似ているかもしれない。見覚えがある気がするが、何の木だったかな……」


 クレイドが手土産として持ち込んだものをテーブルに並べると、トゥル様は目を輝かせつつも、悩んでいる。

 私もお茶を飲みながらナムドルの枝を眺めた。

 ナムドルは魔の森近辺によく生えている木だ。大人の指先ほどの実がなる。その実の形は、王都では「ドングリ」と総称するものに似ているそうだ。


 でもナムドルは葡萄のように実をつける。

 そうお伝えすると、トゥル様は葉の形などに興味を示した。それでクレイドがこうして持ってきたのだ。

 辺境地区にも「ドングリ」と呼ばれるものはある。でもこのナムドルの実をその中に入れることはない。硬い殻の内側にあるのは、柔らかくて水気をたっぷりと含んだ果肉だから。

 酸味が強すぎて、人間はほとんど食べない。でも一部の魔獣が好んで食べるから魔の森の周辺ではよく生えている。


「酸っぱい実だったよね? もしかしたら、魔の森周辺で育つと酸味が強くなるのかもしれない。本来は酸味が少なくて、硬い殻に包まれていて……ん、そうか。殻も異界の空気のせいかもしれないのか!」


 トゥル様は何か思いついたようだ。

 立ち上がると棚に何かを探しにいった。あの美しい図鑑で調べるようだ。

 私たちが当たり前として見ていたものが、トゥル様にはとても珍しいもの、というのは多い。トゥル様が驚いているのを見るたびに、私も心が踊る。

 他にも何かないかと考えていると、クレイドが左手でカップを持っていることに気が付いた。

 いつものクレイドは右利きなのに。


「クレイド。右手を怪我したの?」

「うん、そうなんだよ。翼竜の世話をしていたら、干し草の中に玉石蟹タマイシガニがいたんだ。思いっきり挟まれたから、ほら、見ろよこのアザ!」


 クレイドは手袋を外して右手を出す。

 剣と手綱を持ち慣れた手のひらに、青黒く玉石蟹に挟まれた跡がついている。


「くっきりとついているわね。気を付けなさいよ。大切な右手なんだから」

「これでも、ちゃんと気を付けていたんだよ。革手袋もはめていたし。それでもこれなんだ。あいつら、どうして人間だけ攻撃するんだろうなぁ」


 クレイドはそう言って嘆く。

 どうしても何も、翼竜より弱いと思われているからではないだろうか。そんなことを考えていると、トゥル様が戻ってきた。

 でもすぐには座らない。

 なおもぶつぶつ「先月は足を挟まれた」とか「まだ痛い」とか「翼竜の反応が冷たかった」などとこぼしているクレイドをじっと見ている。

 どうしたのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メディアワークス文庫様より『辺境領主令嬢の白い結婚』に改題して発売中
(書籍版は大幅に改稿しています)
2巻 3/24発売予定!

コミカライズ連載中
コミックス1巻 2/17発売中!
連載はこちら→ カドコミ
(FLOS COMIC様)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ